19歳ー春ー


頭上を鳥が囀って飛び回る。

雪は目を細めてそれを見上げると、またふらりと森の奥へ進んでいった。




………カタンと音がして、月は微睡みから浮上した。

麗らかな春の日差しが差し込む窓辺。

月はパシパシと目を瞬かせて、それからちょっとだけ首を傾げた。


「………魔女様?」



すぐに空気に溶けて消えてしまうほど小さな声で月は魔女様を呼んだ。

返事が返ってくることもなければ、物音一つしなかった。


別に月も返事を期待していなかった。

魔女様は思い出したかのように、時折森を出ていった。

すぐに帰ってくることもあれば、ずっと帰ってこないこともある。

それは、昔からずっとそう。

花も雪も、月だって魔女様がいなくなればしょんぼりする。

三人はそれぞれ寂しがり屋だけど、一緒にいれば魔女様を永遠に待っていられる気もしていた。




………でも今はもう、ただ帰りを待っていた子供ではなくなった。





雪も月も花も19歳になった。

雪と月はこの4年間で身長が伸びて、月は少しだけ雪に追いついた。

花は相変わらずちびっ子のまんま。


雪は野性味を帯びた精悍な面立ちに。

月は怜悧な目が際立つ美青年になった。

花は四年前からフードで顔を隠すようになった。

その頻度は年々増し、今では殆ど顔を隠して生活している。

たまに晒される面差しは、あまり変化していないようにも見られた。



月は束の間、暫く会っていない二人を瞼の裏に描いてまたパチリと瞬いた。

それから、手元の書類に目を落とす。

辺りは他にも書類の山が広がり、そろそろ海へ変化しそう。

その合間合間に死屍累々、文官達が倒れ伏せていた。

「もう、春か」

書き込まれた日付に吐息を吐いた。

「帰らないければ。僕達の家に………」






花はそっと空を仰いだ。

果てまで続く青に、ぽっかりと白い雲が浮かぶ。

春の昼中の空。

けれど花の目はちゃんと星を読んでいた。

(………四年前から変わりはない)

花は声には出さず、ただズレたフードを直した。

(………予兆、大乱、代替わり、偉大なる死)



四年前、花が霧の森に帰ってきた時から星は同じ未来を示し続けている。


まるで、どう足掻いても変わらないと嘲笑うかのように。



(………恐ろしいほど簡単に、なおかつめちゃくちゃに星を動かしてしまう人は知っているけど)


花はくたびれて棒みたいな足を引きずって歩き出す。



(でも、駄目。あの人さえも星図に組み込まれている………)




運命と言うには、あまりに強制力が強過ぎる。


(この四年間かかっても変えられなかった。多分これは、魔女様にも無理)



緩やかではあるけれど、概ねは星図通りに進んでいる。


進んだ先の未来には、二つの選択肢があった。

花は、どちらも選ぶ気は無い。



心が半分しか残ってない魔女様。

花は彼女を探すのと同時に、もう一つ欲しいものがあった。

そのためならば、心を半分と言わず全てを差し出したって構わないほどに。



(雪と月は元気かな)



いっそう花は、フードを深く被った。

小さな背をさらに縮めてゆっくりゆっくり歩き出す。

もっと早く歩かなければ、約束の時間には間に合わないけれど。

花はもうヘトヘトだった。









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