サクラ 舞う 宙

みづき あおい

サクラ 舞う 宙

 耳の奥で打ち消し合うように響くのは、--酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す肺の音のない悲鳴と、久しぶりの運動でバックンバックンと身体の中で容赦なく響く心臓の悲鳴。


 周りは美しい桜並木のはずだけれど、酸素が足りなくて狭まった視野では、足元に落ちた木の影と淡い花弁しか目に入らない。きゅうっと締め付けるように頭が痛むけれど、それでも自転車を漕ぐ足を止めなかった。


 行きがこんな坂道なんだから、帰りはきっと爽快だなんて事をのんきに考えているから、全く余裕がないわけでもない。そんなよく分からないことを考える思考のループ。


 不意に途切れた桜並木の影に、目的地についたことを教えられて顔を上げると、目の前には巨大なパラボラアンテナ。


 何に使われているのかは知らない。宇宙ステーションに電波を送っているのだとか、宇宙人からの電波を受け取るためだとか、近隣諸国の電波を傍受するためだとか、はたまた他国の電波を妨害するための電波をだしているのだとか……。いろいろ言われているけれど、私はこの巨大なアンテナが誰が何の為に作った物なのか、全く知らない。


 だけど、ここからなら少しでも強く届くかもしれない。そう思うから、彼にメールを送る時はいつもここに来る。


 振り返って、今通り抜けてきた桜並木と遠くに見える街並みをカシャリと一枚写真に収めてメールに添付すると、巨大なパラボラアンテナにむけてメールを送信した。


 メールのアイコンが旅立つのを見届けると、今度は颯爽とノンブレーキで桜の舞う長い坂道を自転車で駆け抜けた。




 *


         *


    *



               *


『〓かしい写〓 見つ〓た〓!!』


 そのノイズだらけのメールを受け取ったのは、この星でのサンプルの回収もだいたい終えて次はどうするのか上からの指示を退屈しながら待っていた時だった。


 この4光年なんて距離のある中で連絡を取り合うなんて、端っから現実的な話じゃないのだ。互いに互いの事を気が向いた時に一方的に報告する程度が良い。そう、俺と彼女みたいに。


 届いたのは中学の入学式の時の写真と懐かしい街の写真。どちらの写真も桜の木が写っていたが、データは超長距離転送の間に減衰し色褪せて、花吹雪のようにノイズが舞っていた。


「ロブ、この写真復元できる?」


 隣に居たロブに呼びかけると「ぁん?」と退屈そうに視線を投げてきた。スレートPCをポートに置くと、プロジェクターから中空にノイズだらけの写真が投影される。


「お、若いねぇ。彼女か?」


「まさか。続く訳ない」


 だよなぁと苦笑したロブに苦笑いを返しながらも、それでも彼女の心の片隅にまだ自分の居場所がある事が嬉しくなかったと言ったら嘘だった。


 「んー、やっては見るけど減衰によるノイズだから期待すんなよ」


 復元をかけてもらった写真は、相変わらずノイズの桜吹雪が舞っていた。俺だって綺麗に復元されることなんて端っから期待していなかった。ただほんの少し、元通りになる可能性があるか試してみたかっただけなのだ。


 それに、この写真なら記憶に残っているから、復元されなくたって構わなかった。


 俺と彼女の付き合いは、生まれる前まで遡る。マタニティクラスで一緒だった俺達の母親は、一日違いの出産予定日に意気投合し、 最終的に俺と彼女は同じ病院で、同じ日に、3時間違いで生まれた。 その後、小学校に上がる前に俺が一度引越しをして、中学入学のタイミングで同じ街に帰ってきた。


 入学式の前にやたらハイテンションの母親達に言われるままに俺と彼女は並んで写真を取らされた。だけど、幼稚園以来の再会は、はっきり言って初対面同然で「ちょっと、二人とも笑ってよ」と言われたって幼稚園児の様に無邪気に笑える訳もなく。互いに戸惑いの表情を浮かべた俺と彼女が並んでいた。


「ここの写真1枚貰っていい?」


「ここのってこの砂地か?」


 頷いて、ロブが適当に開いた赤茶けた砂地のサムネイルの1枚に触れるとクルリと回転するモーションと共に拡大される。俺が選んだ1枚は、ゴツゴツした赤茶けた岩が転がる荒野の中で、1人の宇宙飛行士がカメラに向かってピースしているもの。


「これ、お前じゃないだろ」


 そんなの言われるまでもなく俺だってわかってる。だけど、俺だろうと誰だろうと、スーツを着ていたら見た目は変わらないはずだ。


「外行ったら写真撮ってやるぜ?」


「いいよ。どうせスーツ来て出たら顔なんてわかんないし」


「薄情だなぁ、お前」


 そう言いながらロブは俺のスレートPCに画像を転送してくれた。


「今なら特別サービス、超光速回線に乗せてやれるぞ?」


「マジ?」


「おう、お偉いさん方、多分色々もめてんだろ。もっと情報収集するか、もう跳ぶかで」


 『今』ここで観測している結果から、12年後を予測して跳ぶ。蓄積した情報から予測するしかない以上、判断が難しいのは判るが、待たされるこっちとしては退屈極まりない。行けば『現在』の情報を採取できるのだから行ってしまった方がスッキリするのになんてことを無責任にも考えてしまう。だけど、次のワープをしたら、俺たちは地球から16光年離れた星に行く事になる。ますます遠くなるな、と苦笑いがこぼれた。


「送るか?」


「いや、いいよ。普通に送る」


 メールに写真を添えて送信ボタンをタップする。


 これでいい。


 4年後、君にこの写真が届く時。きっとこの殺風景な荒野にはノイズの桜吹雪が舞っているはずだから。


 君にケンタウルスの、桜を送るよ。




    *


                *


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