私は宮廷プリンセスナイト<3>
王、王妃、ユカリコ姫、そしてハル王子が立席する朝の定例会議。貴族たちが居並び、最新の報告と議題を用意する場であるここに今日は、見慣れぬ影があった。首元でリボンを結んだだけのすっきりとしたブラウスにタイトなスカート、短めの外套を纏った、国王と同じ色の金の髪を頭上で一つにまとめた少女――
「番子と申します」
番子だった。
「質問がございます」
若い貴族が不満そうにふんぞり返って座ったまま挙手をし、値踏みするように番子の立つ下座を見る。
「そなたの苗字は。――お家はどちらで」
番子は毅然と起立したままそれに答える。
「苗字はございません。ただ、番子と」
しんと静まり返る。新しすぎる風に、戸惑っている者、露骨に嫌悪感を示す者――
「紹介は以上だ。では、定例会議を開始する」
王の言葉が響き渡った。
「次」
「はい。南之リユウでございます。南家は現在、関所周辺および青き国――失礼、元・青き国、現・青き地方との調整を主に受け持っております。それでは現時点でのご報告をいたします――」
あの日から番子は毎日勉強の日々が始まった。まずは朝一番に開かれる会議で、国内でその日に起きた事件の報告や問題提起を、貴族たちから王や王妃、ユカリコ姫やハル王子とともに聞く。ユカリコ姫やハル王子が嬉し恥ずかしな視線を送ってくるが、番子は心を鬼にして無視せねばならない。混乱を防ぐために、番子が王家の血筋であることは伏せられ、建前上の参加理由は――統一試験において、歴代最高点数を出したことから、国民の代表参考人として新たに抜擢された、となっているのだから。
会議の後番子は、会議室から番子のために用意された教室へと部屋を移動する。
「つまり、関所を開放した場合、街の治安が一気に崩壊する恐れがございました。武力で押さえつけている間に関所を開くための細かな制度を徐々に整えていくしか方法がなく――」
そこで、専任の指導者から、番子に不足している基礎情報を学ぶ。監督――見物するようにお茶菓子をつまみながら、王もそこに立ち会っている。
「しかし、緑豊かな青き国が彼らを受け入れてくれたことで、彼らにもできる専門性の必要ない仕事が増え、貧困の問題が、命にかかわるほど切迫したものから食いつないでいられるもの、にまで解消されました。その反動で、国民はひとまず満足しており、黒入道の出現も極めて少なくなりました」
現在起きている国の問題をさらさらとメモし、番子は一つ一つ覚えていく。
「前よりマシになったとき、人は等しく幸福感を覚えるものだ」
王が口をはさむ。番子は納得して頷き、
「それに加えて二国の統一により一時的に仕事が増えていますね」
と思ったことを口にする。
「ああ、それもあり、今この国は一時的に平穏を取り戻している。が、時間の問題だ。余裕と力をつけた関所の外の人間は、今度は原始的な方法だけに頼らず、それを理性で活用して向かってくるだろう。本当の意味での戦争と解決はこれからだ」
そして王はわずかに目を伏せた。金の髪と同じ色の長いまつげが揺れる。
「だが我々は、彼らと戦いねじ伏せなければならないのではない。良い方向へ導かねばならないのだ。それが王家の使命だ」
番子は王の言葉を胸に刻みつける。指導者は軽く一礼をして、講義を続けようとする。だが、
「それにしても」
と、王はお茶を飲んでふうと一息つく。
「さすがに、おまえは理解が早いな。国で一番の成績を出したのだから当然か。基礎的な知識もある。生きた物の見方もできるし、国の実情まできちんと理解しているではないか。関所の外も、見たことがあるからか――」
王が番子への賞賛の言葉をぺらぺらと並び立てはじめ、講義は中断。指導者は困り顔で待っている。番子はにこ、と微笑んで、そっとペンを置いた。
「やあ。はなちゃん」
貴族たちとの会議後の、ユカリコ姫との会合を終えたらしきハル王子が、国王執務室から出た番子に向かって小走りに駆けてきた。
「ハル王子……」
呼び名に驚くが、あたりには誰もいない。ハルくんが周到に人払いしたのかもしれない――なんて想定は、おこがましいと心の中で打ち消す。
「この後、一緒に食事でもとらないか」
変わらぬ調子でそう言って、優しく微笑みかけてくれる彼に、一瞬心が跳ねた。
「だめですよ。ユカリコ姫と近日結婚されるのでしょう……」
そして……痛む。もう、この人は私を愛してくれるハルくんではないのだ。他ならぬ自分が、それを望んだのだから。そして番子は、やはり後悔していなかった。
「どうした。それはただの噂だろう?」
噂は噂でも現実味のありすぎる噂だ。誰が見ていなくとも自然と口調も、隣国の王家に対するものに変わっていた。もう、以前の関係には戻れなくなった。でも、これでいい。そう自分に言い聞かせていた時だった。
「ユカリコ姫との結婚は延期している」
「えっ……」
弾けるように顔を上げた番子は、ハル王子の顔を穴が開くほど見つめた。
「まあ、まだお互い若いからとかいろいろ理由を付けてね」
ハル王子はにやっと微笑んだ。
「僕と結婚するのを期待されているのは、元・光の国の高位者なんだよね……」
なんてこと、と番子は思った。ハル王子は、これが目的で光の国を変えたの……?
誰でも、どこまでも行ける国に――
「待っているよ、新しい
やれやれ。呆れる。番子は笑った。この人も大概、どこまでも行く人だ。
「それじゃあ、待ってて」
そう言って、番子は手を振って手早く別れる。ハル王子は止めることなく手を振り返して送り出してくれた。――早く自室に戻って、今日の会議内容と講義の復習を始めなくてはならないと番子が思ったのを、わかっているのだ。
番子は歩き出すと決めた。昔の名前は捨てた。
番子を受け入れ、番子として歩く。
そして番子のまま、この国を支えるプリンセスナイトになってみせると。
宮廷プリンセスナイト 友浦乙歌 @tmur
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