私は宮廷プリンセスナイト<2>

 それからは何を話したのかあまり覚えていない。「じゃあな。お互いがんばろーぜ?」と残してソラトが赤いマントを翻し病室を出ていく――待って! 布団をはねのけて、手を伸ばした。だが当然、閉まりかけた病室の扉には手が届かない。


「私にも……まだ」


 心が急ぐ。手続きをする時間も、正装に着替える余裕もない。番子はふらつく体を起こして立ち上がる。一瞬にしてプリンセスナイトに変身。窓に手をかけ、開け放つ。白く衛生的なカーテンが膨らんで、真ん中から二つに割れた。まぶしい日差し。ひさびさの飛翔。風が寒い。でも、なぜか跳ねかえせる。目指すは城の最上階。そのヘリに降り立ち、そっと、中をうかがう。上座の赤椅子に一人、腰かけているのは、痩躯の影。真っ赤なローブの後ろ姿。どうやら、お一人のようだ。番子は宙に浮いたまま、コンコンと、窓ガラスをたたいた。小さくゆっくりと、二回。そもそも無礼にもほどがある入り方にもかかわらず、ノックにすごく気を遣った。


「王様……お父様」


 その後ろ姿がゆっくりと振り返った。窓ガラス越しに目が合う。何をしに来た。そう、こちらを試すような空気。でもそれは前にも一度体験したことのあるものだった。


「入ってもよろしいですか……?」


 しかし、番子には今、どうしても国王に直接会ってお願いしたいことがあった。聞こえているのかいないのか、あまり声を張り上げるわけにもいかず、口の動きで伝える。王は一度だけ頷いた。番子は一礼して、窓を開けた。足をかけて中に入り、窓ガラスをきっちりと閉め、非礼を詫びた。


 促されるまま席に着くと、王は手元のベルを鳴らした。すぐに高人専属のメイドが駆けつけてくるのを見て、番子はつまみだされるのかと覚悟したが、メイドは何も聞かずに温かいお茶を出してくれただけだった。そして、彼女はすぐに下がって二人きりになる。


 何から切り出したらよいだろう。


 飛翔している間に話す手順を考えて頭の中で繰り返し確認していたというのに、会ったら何もかもが飛んでいってしまった。


 外で鳥がチチチと鳴いている声が聞こえた。静かだと思ったが、ここは城の中央最上階だ。


「最近、鳥の声を聞くことが多い」


 王が誰にともなくつぶやいた。


「あ……わ、私も……です」


 相槌を打つので精いっぱい。どうしてここにこんな風に来たか、話さなくては、と思うのに、うまくいい出せなくてまた沈黙が訪れてしまう。


「ユカリコが国政をやっているからな。まあ……まだ私の助けが必要だが……」


 その時、ずきりと胸が痛むのを感じた。


「あ、あの……っ!」


 言葉が口をついて出る。


「私……私も、あの……その……」


 緊張に胸が痛くなる。


「ユカリコとハル王子の、二人を、私もまた支えたい……と思って、います」

「ふむ」


 でも、今の自分にはもう、その力は残っていない。


 けれど。


「私、きっとお役に立てます。プリンセスナイトとしては、もう国を守る必要はないかもしれないけど……でも、そうでなくても、たとえば、ユカリコは表舞台、私は裏で頭を使えば、この国はもっとよくなります! そうは思いませんか? お父様」


 王は驚いたように目を瞬かせると、


「おまえはもう、十分にプリンセスナイトとしての使命を果たしてくれた。好きに生きて、よいのだぞ」


 と一言。しかし番子は首を横に振った。父を困らせる駄々っ子のように。


「それでしたら――」


 私は王之はんなこ。


 いつだって、王家の人間として、この国を守る存在でいたいの。そうありたい。そうして毎日を必死に駆け抜けている姿こそ、私のあるべき姿だと思えるから。


「もう一度私をこの国の姫にしてください。いいえ、姫になれなくてもいい。王家を名乗れなくなっても構いません。もう一度、国のために生きたいんです」


 できれば父様、母様、ユカリコの傍で。


「おまえから成績表を貰った時にも、同じように驚いたが……さすがは、……誇り高き我が娘か」


 王の顔はどこか穏やかだった。


「いいだろう。明日から、ここに通いなさい。ユカリコが動いてくれて、私も暇になっていくだろう」

「ありがとうございます!」


 なんだか久しぶりに、心に灯がともったような感覚だった。

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