最終話「閃治郎、武士道トハ異世界ト見ツケタリ!?」

 ロキ神殿での死闘は、終わった。

 そして、剣士としての閃治郎センジロウもまた、その生をまっとうしたのだ。もう、天然理心流てんねんりしんりゅう零式ゼロしき抜刀術ばっとうじゅつを振るうサムライはいない……はずだった。

 こうして寝台に身を横たえていると、悪夢の夜が嘘のようである。

 現実には閃治郎は、あのあと意識を失い半日間眠っていたのだった。


「しかし、悪運の強い男じゃなあ……土壇場どたんばでソウルアーツを出しよるとは」

「我々のソウルアーツも戻ってきましたしねえ。源義経ミナモトノヨシツネ……恐ろしい敵でした」


 閃治郎の部屋には今、将門マサカド足利アシカガが訪れていた。

 二人共、包帯塗ほうたいまみれの閃治郎に笑顔を見せている。

 それも、どうにもまらぬを浮かべていた。

 身動きの取れぬ重傷者なので、ただただ笑われるままである。


「で? 傷はどうかのう? その、剣も握れぬ身体になるほどの、苛烈かれつな技を使ったと聞いておるぞ」

「やだねぇ、若いんだからよしなさいよ、君。人生五十年って言うし、先が長いんだからさあ」

「ま、両腕は大丈夫じゃろ。骨はいだし、左手もほれ、少しは動くであろう?」


 言われて、わずかに、閃治郎は左手に力を込める。

 鈍い痛みと共に、ちゃんと思うように指が動いた。まだ傷はふさがったばかりだが、リシアの決死の看病のおかげである。

 そのリシアが、閃治郎の足元で寝台に突っ伏して寝ていた。

 隣には、一緒に手当してくれた真琴マコトもいる。

 二人がおおいかぶさるように寝入っているので、閃治郎は身動きが取れないのだった。


「将門殿、足利殿……その、二人を起こしてはくれまいか」

「なにを抜かすか、色男め。のう、足利」

「ですねえ。うーん、焼けちゃうなあ。もう、めとっちゃいなさいよ。どっちを側室そくしつにするかも含めて、考えちゃいなさいよ」


 なにを言うかと思えば……思わず閃治郎は閉口へいこうしてしまう。

 それより、あの戦いの顛末てんまつのことが気になった。

 将門と足利は交互に、要点のみをまとめて説明してくれた。

 その後の調べで、義経をこのヴァルハランドへと導いたヴァルキリーが判明した。名を、ラーズグリーズという。この娘は、ヴァルハランドの女がエインヘリアルとの間にもうけた子だったという。ゆえに、勇者庁うゆしゃちょうでは軽んじられ、しいたげられていたようだ。

 そして、世界を救う者ではなく、自分を救う者を探して人間界を彷徨さまよった。神々と巨人の間に生まれた邪神ロキが災厄を呼び込んだように、義経を連れ込んでしまったのである。


「確か、ラーズグリーズとはヴァルハランドの言葉で……、という意味だねえ」

「ま、今は拘束されておる。が、無体よな……親のことなど子には関係あるまいに」

「まーくんの言う通りだねえ」

「それと、もう一つじゃ。セン、お主……妙な男に、サムライに抱き抱えられて神殿から出てきおったぞ? とびきりいい男じゃたが、何者じゃ?」


 その者は、遅れて到着した将門たちに閃治郎をたくすと……その場でかすみのように消えてしまったという。閃治郎と同じ羽織はおりを着込んだサムライたちも、霧散むさんしてしまった。

 恐らく、副長の土方歳三ヒジカタトシゾウと新選組の仲間たちだろう。

 今、彼らは閃治郎の中に生きている。

 常に新選組たらんとする、閃治郎のたましいに息づいているのだ。


「……その人は、なにか言ってましたか」

「いや? ……ただ、笑って消えおったわ」

「そう、ですか」


 その時、足利の背後で扉が開いた。

 顔を出したのは、エルグリーズだ。


「どもっ! 閃治郎さん、起きましたかぁ? あの、できたら勇者庁の方まで、そのぉ……顔を出してほしいなーって。エヘヘ」

「ふむ、わかった。エルグリーズ殿、すぐに……いや、後ほどうかがおう。二彼らを少し、このまま休ませてやってほしい」

「あ、はいっ! そうですよねっ、真琴ちゃんもリシアちゃんも、すっごく頑張りましたから! ヴァルキリーの先輩たちには、伝えておきますねっ!」


 とびきり明るくて大きな声で、エルグリーズがにっぽりと笑う。

 将門と足利は、二人揃ってくちびるに人差し指を立ててみせた。

 恐縮しつつアハハと笑って、エルグリーズは去ってゆく。彼女もまた、辛い思いをしたかもしれない。神々の黄昏ラグナロクに備えて、人間界より勇者を招く……それは、神話の時代が続くこのヴァルハランドで計画された、未来の救済策なのだ。

 それを破壊せんとした者は、同じヴァルキリーとして働く少女だったのである。

 そして、ラーズグリーズが招いた義経は、邪神ロキにも劣らぬ災禍さいかだったのだ。


「どれ、ではワシらも残りの仕事を片付けるとしようかのう。足利、お主はガンナーやアーチャーの屋敷を頼む。ナイトたちの城には、ワシが出向こう」

「挨拶回り、ですねえ。ま、桜蘭ロウランちゃんも一命をとりとめたし、ヨロシク伝えてねん? 私は私で、この機会に他の座の者たちにコネを作っておきましょ」

「そういう訳じゃ、セン。お主ももう少し寝ておれ」


 それだけ言うと、二人は行ってしまった。

 恐らく、今も王都ヴァルハランドは後始末で大忙しだろう。

 眠りこける二人の少女を見やって、閃治郎はようやく勝利の実感を知った。いくさのために戦い、戦うために戦を求める……飢えた修羅のごとき義経は倒された。

 きっと、真琴が未来で学んだ源義経とは、全く異なる素顔だったのだろう。

 それでも、あの獰猛どうもう慇懃無礼いんぎんぶれいな姿だけが英雄の全てだとは思わない。

 義経は確かに、兄の為に平家の世と戦い、輝かしい勝利の中で生きてきたのだ。


「ん……センジロウ、様。駄目、ですぅ……」

「おっと、起こしてもまずいな。どのみち僕はしばらく動けないが……二人には助けられてばかりだ」


 少し眉根まゆねひそめつつも、穏やかな笑みを浮かべてリシアは眠っている。

 一方で真琴も、ムニャムニャとなにかをつぶやきながらほおゆるめていた。

 眠れる乙女たちを起こさぬよう、そっと閃治郎は手を伸ばす。枕元の机から、冷えた夜などに羽織はお褞袍どてらを引っ張り出した。傷は痛むが、泣けてくるほどじゃない。

 それをそっと、並ぶ二人を覆うようにかけてやる。

 だが、リシアが目を覚ましてしまった。


「……あら? まあ、私ったらいつのまに……! セッ、センジロウ様っ! お怪我はどうでしょうか、まだ痛みますか? 腱は繋いでみましたが、魔力が途切れそうになってしまって」

「あ、いや、うん。平気だ、大丈夫。ありがとう、リシア殿」


 閃治郎も、先程の二人にならって唇に人差し指を立てる。

 あっ、という顔をして、リシアは両手で口をふさいだ。彼女の長く広がる耳が、翼のようにパタパタと羽撃はばたいていた。

 普段と同じ、可憐かれんな笑顔を見せてくれたリシア。

 だが、彼女が義経にはずかしめられたかと思うと、閃治郎は許せない。間に合わなかった自分さえ、許せそうにないのだ。乙女の純潔、貞操ていそうの危機を救えなかったのだ。

 だが、神妙な顔をしたので察したのか、リシアは恥ずかしそうに小声で喋り出した。


「あ、あのぉ……センジロウ、様。私、なにも……あ、いえ、なにもという訳では。でもっ、本当です! ……ちょっと、いいですか?」


 閃治郎の手を取り、そっとリシアが枕元に屈んだ。彼女は、包帯を巻かれた手に自分の耳を触らせる。彼女はエルフ……それも、ハイエルフという種族の娘だ。エルフは男女を問わず美しく、非常に長寿で、そして耳がとがっているのだ。

 閃治郎が触れると、リシアは「ふぁ……ッ!」 と鼻から抜けるような声を漏らした。


「私、駄目なんです……耳を、触られると。だから、ヨシツネ様に耳を触られただけで……でも、それ以外、許しませんでした。こ、こぉ、魔法で! バババッと! 凄い魔法で!」

「わ、わかった、うん……その、でも、よかった。リシア殿が無事で、本当によかった」

「危ないとこではありましたぁ……唇を奪われそうになって、必死に抵抗したんですぅ。だって」


 ぐっ、と両の拳を胸の前で握り、恥ずかしげにリシアは頬を朱に染めた。


! そんなことになったら、私」

「……あ、ああ。うーん、まあ……なにはともあれ、よかった」

「あ、あああ、あのっ! 私ったらなにを……そういうのはでも、センジロウ様には知っててほしくて、はしたないけど……センジロウ様と、なら」


 なにかを言いかけて、突然リシアは立ち上がった。


「と、とりあえず! なにかお食事を持ってきますね! センジロウ様は休んでてくださいっ!」


 バタバタとリシアは、部屋を出ていった。

 そして気付けば……頭から褞袍をかぶった奥で、真琴がニハハと笑っていた。

 酷く気まずくて、閃治郎は腕組み目をらす。

 すでに目覚めていた真琴は、起き上がると寝台に腰掛けた。


「赤ちゃん、できちゃうってさ。キスすると」

「キ、キスとは、確か、接吻せっぷんのことだな。バカバカしい! ……が、リシア殿はうぶなのだな。純真で清らかな乙女だ。真琴殿と違って」

「そだね、っておい! でも、ちょっとお嬢様育ちだしさ。でも……ここは異世界だよ? ひょっとしたら」

「む、僕たちのいた世界とは違うことわりがあるというのか?」

「だったりしてね! なんて! ……試して、みる?」


 ぐい、と真琴が身を乗り出してきた。

 ドキリとしたが、答えは決まっていた。


「いや、やめておこう。この歳で父親になど……僕はまだまだ、未熟だ」

「そういう意味で断るのかぁ。セン、ほんっ、とぉ、にっ! 残念な子だね。あの土方歳三だって、若い頃はアレコレやんちゃして、子供ができてもお金で解決なんてしたりして」

「……それは本当か? あのトシさんが?」

「もち」


 にんまり笑って、真琴はそっと唇を寄せてきた。

 柔らかな感触が頬に一瞬触れて、次の刹那には離れてゆく。

 まるで火を灯されたように、顔が熱くて閃治郎は真っ赤になってしまった。


「ほっぺにチューなら大丈夫みたい、だね? ねえ、セン……わたしももう少し、剣術とかも習おうかな。教えてくれる?」

「あ、ああ……だが、真琴殿。真琴殿には剣よりも、筆や書物の方が似合う。それでもと言うなら、僕がこれからも真琴殿の剣になる。勿論もちろん、リシア殿やみんなも守って戦うさ」


 それだけ言うと、閃治郎は意外そうに目を丸くする真琴を、抱き寄せた。

 そして、腕の中にそのぬくもりを感じながら、仲間たちにちかう。

 かつての仲間たちにも、これからを共に生きる仲間たちにも……寄り添い守って、常に前を進むことを決意する。

 それが閃治郎にとって、これからを生きるための武士道なのだった。

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武士道とは異世界と見つけたり!? ながやん @nagamono

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