第32話「閃治郎、再会ノ中デ新選組トナル」
そして、
だが、どこまでも冷たくなってゆく肉体は、上手く言うことをきいてくれない。
そんな閃治郎に、
「やってくれましたね……この私を! ここまで追い詰めるとは! 素晴らしい、素晴らしい力です! 強い、本当に強い!
どうにか顔を上げれば、
それは、常に戦いを楽しむ愉悦の笑みではなかった。余裕も威圧感も感じない。ただ、彼は初めての興奮に身を震わせている。閃治郎にはそう見えた。
恐らく、ここまで追い詰められたのは、義経には初めてなのだろう。
急いで立とうとするが、閃治郎は
「
「恐るべき技、まさしく
「ま、まさか、そんな……!」
「あらゆる法を捻じ曲げ、
信じられないが、現実だ。
こうして目の前に、義経は生きている。
そして、なにが起こったかを閃治郎は突きつけられた。
「まさに秘奥義、必殺剣……そう、必ず殺す剣故に、私は生き長らえた」
「そ、そうか……ソウルアーツの力で」
「ええ。一撃必殺、必殺必中……そう定義され、逃れ得ぬ死が確定した法則ならば、ひっくり返せるんですよ。たった一つの答でしかないのなら、その逆もまた選び
そう、今まで義経は『烈華外法の益荒男』によって、あらゆる条理を覆してきた。ソウルアーツがエインヘリアルの生き様、前世に根付いたものであるということ。それが一人に一つであるということ。死者となった
それは言うなれば、奇跡。
だが、悪意と害意のために
「必ず殺す剣を受けても、必ず死なない剣にできるんです。まあ……死ななかっただけで、だいぶ痛手を
最後の力を振り絞って、閃治郎はどうにか立ち上がった。そのままよろけつつも、まだ右手に握っていた剣を義経へ向ける。
しかし、
乾いた音を立てて、刃が床に突き立つ。
次の瞬間には、酷く冷たい義経の半裸が密着してきた。あっという間に右腕を捻じ上げられ、そのまま逆関節に折り曲げられる。ミシリと骨が
「いい悲鳴ですね……これでもう、右腕は使い物になりません。左腕は……まあ、いいでしょう。その出血、骨まで達して
「っ、ぐ! 義経、待て……僕は、まだ」
「終わりですよ、貴方は。いい戦でした……今までにない、最高の大一番でした。最後に私の勝利で終わるのですから、最高としか言いようがありません!」
倒れる閃治郎に背を向け、義経は歩き出した。
その先に、
裸のリシアを抱き寄せ
「待て、義経……僕と、戦え……まだ、僕は――」
だが、無残にも目の前で惨劇が始まった。
巫女たちの魔法も、
短く悲鳴を叫んで、大広間の
それでも真琴は、再びリシアを奪った義経へと叫んだ。
「わたしの知ってる義経は、お前なんかじゃないっ! もっと勇敢で、勇気があって、日本じゃ
「おや、そうですか? ですが、私には関わりのないこと……死んでからの評判など、今この一瞬の快楽を前には、無意味」
リシアの細い首を、義経は片手で握って軽々と吊るした。
「ひっ! あ、ああ……貴方、は」
「さあ、先程の続きをしましょう。その純潔を今度こそ、私に
万策尽きたかに思われた。
だが、骨を折られた右腕をぶら下げながら、閃治郎は這うように身を起こす。
もう、両手は使い物にならないだろう。
それでも、命ある限り戦わなければならない。
剣の技を手放し、剣士としての死を受け入れてまで生にしがみついた……今も残された命は、まだ仲間を守るために使われるべきなのだから。
――その時、
『よぉ、セン……派手にやってるじゃねえか。ええ?』
思わず顔をあげた。
そこには、師と
それを現実ではなく、幻覚だと思った。
閃治郎が今着ている、血に汚れて擦り切れた羽織がそれだ。
「トシさん……トシさんっ! 僕は」
『俺だけじゃねぇ、見ろ……へっ、死んだ連中が
「ああ、あっ……!」
見慣れた顔が並んでいた。
そこかしこに、新選組の隊士が立っている。
そして、それが死の間際に見る幻ではないと、義経の声が教えてくれた。
「な、なにが……貴方たちはどこから! 気配など感じなかった! 何者ですっ!」
放り出されたリシアが「キャッ!」と声をあげた。
慌てて駆け寄る真琴も目に止めず、うろたえた視線で義経は周囲を見渡す。
そして、閃治郎は悟った……これは幻でも夢でもない、現実。
その正体に、自分でも信じられないと目を見張った。
『セン、あのガキか?
「ま、待ってくれ、トシさんっ! ……これは、僕の戦いだ」
『当たり前だ、セン。
「は、はい……でも、何故。どうして、トシさんは」
ヴァルキリーに招かれたエインヘリアルではなさそうだ。
歳三は周囲を見渡し、最後に局長である
そして、いかにもバカバカしいと言わんばかりに言い放つ。
『言わなかったか? 俺ぁ、皆と新選組に必ず帰るってな』
「それじゃあ」
『お前が、新選組だ。お前のいるこの場所が、誠の
義経がなにかを
だが、閃治郎の耳には言葉として入ってこない。
神殿の奥からモンスターの手勢が現れたが、それも目に入らない。
ただ歳三を見上げて、必死に立ち上がる。
同時に、仲間たちは次々と抜刀して戦い始めた。周囲が乱戦に巻き込まれる中で、義経が一歩、また一歩と後ずさる。彼が遠ざけようと退いた距離を、ゆっくりと閃治郎の歩みが埋め始めた。
「ば、馬鹿な……こ、これはまさか、ソウルアーツ!? ならば、私のものとなれっ! 私は
『ああ? 寝ぼけんなよ、クソガキが。うざってえ……さっさと斬れ、センッ!』
「……な、何故だ! 私の力が効かない……そのソウルアーツは、なんです! 何故、法則を上書きできない! 理を塗り替えられない!」
『アホくせえ……法だ理だと、眠いこと抜かしやがるぜ、ハッ!』
閃治郎は走り出した。
よたよたとだが、もつれる脚を必死に動かした。
その背後を狙ったコボルトの一団が、まとめて歳三の一撃に斬り伏せられる。
義経へと続く道を、仲間たちが切り開いてゆく。
新選組の隊士たちだけではない、真琴とリシアの声も確かに届いていた。
「センッ! これを!」
真琴が自分の剣を投げてきた。
動かぬ右手に代わって、左手で受け取る。
自ら切り裂き破壊した左手の握力でも、軽い剣を握ることができた。その刃を握り締めれば、ほとばしる血が赤く赤く染み込んでゆく。
そして、歳三の声が後押ししてくれる。
『俺たちは、新選組!
そう、全ての事象は法則性があり、理によって縛られているのかもしれない。そして、義経はそのありかたを反転させることができる。
だが、今の新選組にはもう……ただ、サムライでありたいという想いしかない。
国と民のために戦い、平和を求めて戦い抜く……無意識とでも言うべき信念しかないのだ。
「おおおおっ! 義経っ、覚悟っ!」
「ひっ、く、来るな……無法とは、ありえません! 外法といえど、私ですら持ち得る理を……それを持たぬ者など!」
「これが僕の、僕たちのソウルアーツ……ッ! 僕は戦う、闘い続ける! 『誠の旗の下に』っ!」
折れた右腕を動かせば、激痛が走る。身を焼くような痛みの中で、閃治郎は真琴の剣を……誠の強さを握り締める。
「センジロウ様っ! その想いを、力に! 力を導く強さに変えて!」
リシアの手が魔法に輝き、周囲に雪が
閃治郎が放った居合の一撃は、狙い違わず義経を両断した。
そして、そのまま力尽きたように閃治郎は倒れ込む。
彼の手には今、鋭く凍った真っ赤な剣が、誠の剣が握られていたのだった。
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