第31話「閃治郎、死中ニ活ヲ求メテ命ヲ燃ヤス」
僅かに見えた
全ては京の
だが、
それを
「勝負ありましたねえ? 簡単なことでした……なるほど見事な剣技でしたが、鞘がなくては抜刀できないでしょう。対して、私はずらりならんだこれで」
一人、また一人と周囲に義経が増えてゆく。
疲れを見せていたのは、閃治郎を誘う罠だったのだ。恐るべき俊足は、次々と分身を生んでゆく。まるで
そして、無数に生える剣を大勢の義経が手に取り、引っこ抜く。
向けられる切っ先を
「仕損じた……だが、まだだ! 僕はまだ、負けてはいないっ!」
「おや、そうですか? では、行きますよ……これだけの数、
周囲にうごめく義経の群れが、一斉に襲ってきた。
やむを得ず、剣を両手に握って迎え撃つ。
一合、二合と斬り結ぶ、その
鞘のない閃治郎の剣など、
それでも彼は、
「くっ、鞘さえあれば……今は好機を待って耐える! 僕はまだ、死ねない!」
「どれ、少し調子を上げましょうか? 倍の速さで動きますので……
周囲を囲む義経の全てが、次々と剣を手に増えてゆく。そして、先程よりも早く鋭く、たった一人の閃治郎に殺到した。
受けきれぬ刃が、何度も体を
たちまち
どれも
だが、必殺の一撃を繰り出すことなく、義経は
「はぁ、はぁ……どうした、義経っ! 掠るばかりで
「
「新選組を
「リシア……? ああ、あの小娘ですか。
義経の一人が、指で作った輪を
口笛が吹かれて、神殿の暗がりの億から
それは、見るも勇壮な軍馬である。
そして、閃治郎は見た。
その背に今、ぐったりと脱力した裸体が乗せられている。
それは、間違いなくサムライの座を守る巫女、リシアだった。
「リシア殿っ! ……貴様っ!」
「いやいや、なかなかに
まるで
ぞっとするような
不意に、意外な声が張り上げられた。
「センッ! わたしは大丈夫! このやろーっ、あったまきた! 女の敵っ! リシアになにかあったら、怒るからね! もう怒ってるけど、もっとすっごく怒るんだから!」
真琴は背の剣を抜いた。スポチャンとかいう競技で使う、試合用の柔らかい剣だ。
真琴は諦めずに戦っていた。
そして、閃治郎に望んでいる……自分を守ることよりも、義経を倒すことを。
それだけの覚悟があって、彼女は戦力にもならない自分を承知でついてきたのだ。
その決意を察した時、閃治郎は最後の一線を超える。
「……フッ、ハハ……そうか。なに、簡単なことじゃないか」
「おや? 気でも触れましたか? 絶望と恐怖で自分を見失う兵など、見慣れています。そういう戦場を生きてきましたからね。では、そろそろトドメを――」
「命を燃やす時が来た……今こそ僕の命を、剣士生命を使う時っ!」
居並ぶ義経たちが、そろって目を見開く。
その驚きは、ブンブンと剣を振り回していたまことにも伝染した。
再び閃治郎が、居合に構えたからである。
鞘はない……ないが、構えることができた。
その左手に、直接白刃を握り締めていたから。
「……やれやれ、そんなことをすれば貴方の手は」
「貴様を倒して皆を救う、それをなすならば……その後のことなど、今は不要!」
「やぶれかぶれの捨て身ですか? 命知らずな」
「決して死なない。僕は、死ねない。例えサムライとしての剣を失っても、この世界で生きていく。新選組の隊士にとっては、日々の全てが挑戦で、戦いで、守るべきものだ」
ピクリ、と義経が
それを閃治郎は見逃さなかった。
高速移動が生み出す空気の対流が、無数の残像を周囲に広げている。
その中で、唯一人不快そうに表情を歪めた義経を見定めた。
「馬鹿なっ! 剣の振るえぬ、
「それで平和が買えるなら、安いものだ。そうさな……この後はせいぜい、仲間のために
「ありえないっ! ありえないんですよ、そんなことは! ……平和がほしいと? 呆れた男だ、馬鹿だ……大馬鹿者だ!」
初めて義経が感情を激発させた。
だが、閃治郎は左手を血で濡らしながら、失われゆく握力を総動員する。
まだ痛みは感じるが、徐々に遠くなってきた気がする。
もう長くは持たない……そして次が、生涯最後の剣技になるだろう。
さすればもう、残された技は秘奥義しかなかった。
「いいですか、サムライとは暴力の
「それは違う。……そうか、義経。貴様は実の兄に」
「戦はいい……とても素晴らしいんです! 私には敵が必要だ、倒すべき敵が。奪い、犯して、殺して、そして次の戦いへ。戦の火を絶やしてはいけない、それだけは!」
「僕は、嫌だ……もし僕が、平和な世界に必要のない剣ならば……捨てられるのならば」
閃治郎は
他の義経は、半狂乱で切りかかってきた。
当たれば致命打となる太刀筋だけを、避ける。そうでないものは身に受けて、斬らせるままに血に濡れる。擦り切れた羽織の背にはまだ、
「もし、捨てられるのならば……捨てられるままに、野に
「
「笑止……貴様が道を語るとは。守ってやったなどと、新選組の男たちは誰も思わない。ただ、守りたかったから……サムライとなりて、世のために戦いたかっただけだから」
次の瞬間、閃治郎は肉体の重さが消え入るのを感じた。
自分でも意識せぬ程に、心が澄んで
膨れ上がる闘気は今、目に見える形を
同時に、閃治郎は自らの手を鞘として、最強の秘奥義を義経へと叩きつけた。
「天然理心流・零式……秘奥義っ!
膨れ上がる気が、周囲を揺るがす龍となる。
群れなす分身の義経を次々と蹴散らし、閃治郎の放った龍は真っ直ぐに
そして、義経本人をその牙で捉える。
――黄龍天翔剣。
それは、
音の速さを超えた抜刀術に、己の剣士生命を乗せて龍を出す。
荒ぶる龍神の化身は、それは剣士の最後の輝きだった。
霊魂を乗せて放出すれば、この世に斬れぬものなどない。
そして、その技を放つことは、剣を捨てること……まして今、閃治郎は己の手を鞘に代えて秘奥義を撃ち放ったのである。
「グッ、あ、ああああっ! 閃、治、郎ぉぉっぉぉ! 貴方は、貴方はあああああ!」
「……消え失せろ、外道。その顔はもう、見飽きた……ッグ!」
龍よ天へ
閃治郎は一瞬だけ、
満月を背に、龍は一声
しばらくして、ドサリと義経が落ちてきた。
「やった、か……っ、ハァ! グ、グッ!」
その場に閃治郎は倒れた。
もう、指一本動かせなかった。
だが、霞む目を凝らせば、
センを助けて、と聴こえた。
その声が泣いていたので、己のことも忘れて閃治郎は心配になってきた。あの気丈で気が強い真琴を、泣かせてしまった。昔、副長にも言われたことがある。女を泣かせる奴は、
「ああ、でも……真琴殿、泣かなくても……そう、泣き止んで、くれ……」
真琴の声が遠くなってゆく。
それでいいんだと、閃治郎は頷く。もとより死ぬ気などないが、命を
剣士とし死して尚も、人生は続く……人生最後の勝負にも、必ず次は来るのだ。
死ななければ、生きていれば、常にその連続が待っているだろう。
どうにか全身に
そんな彼の前に……ゆらりと人影が浮かび上がるのだった。
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