第30話「閃治郎、一寸ノ好機ニ勝機ヲ見出ス」

 死闘、開幕……研ぎ澄まされた集中力の中で、閃治郎センジロウは必殺の一撃を練り上げてゆく。居合いあいの極意は一撃必殺、抜かば斬る。

 対して義経ヨシツネは、閃治郎をも上回る速度で包囲してくる。

 かたなどなく、まるででたらめな乱撃の嵐が吹き荒れた。


「ははっ! 楽しいですねえ! そら、ついてこれますか? まだまだ私は加速しますよ!」


 耳障みみざわりな笑い声が、神経を逆なでしてくる。

 だが、閃治郎は無言で自分をりっして動き続けた。

 前後左右、そして頭上からの絶え間ない連続攻撃……その中をかいくぐるようにして、勝機を待つ。はつられてゆく自由度の狭さに凝縮されながらも、黙って耐え忍ぶ。

 高レベルのサムライ同士が戦えば、自然と互いの動きを殺す読み合いとなる。

 達人クラスの人間ほど剣技は洗練され、その動きは冴えてゆくのだが……同時に、動きも読みやすくなる。立ち回りに定石じょうせき作法さほうがあるからだ。

 しかし、ただ力を振るって暴れる義経にはそれがなかった。


「センッ! 動きをよく見て……床を見て!」


 真琴マコトの声が飛んだ。

 背中を押してくれる、気丈な言葉だ。

 それで閃治郎は、足音だけが聴こえる地面に目を落とす。


「これは……桜蘭ロウラン殿の血か!」


 周囲に散らばる桜蘭の流血が、いまだ乾かず広がっていた。

 そして、そこにわずかに波紋が広がる。

 すでに見えぬ領域で疾走はしる義経の、その足跡が拾えた。

 恐るべきことに、一人のサムライの脚さばきとは思えぬ数だ。だが、見える……追うことも、迎え撃つこともできそうだ。


「かたじけないっ、真琴殿!」

「っと、小賢こざかしいなあ。でも、悪あがきっぽくていいですね。では……その小娘からです!」

「――ッ! 守る……守り抜くと、仲間に誓った! ならば!」


 血の海が派手に飛沫しぶきを上げる。

 見えない殺意が、真琴に向かって走り出した。

 わずかに方向を変えて身をひるがえす、その瞬間……同じ場所に義経の脚が止まる。

 その間隙を、閃治郎は見逃さなかった。

 手段を選ばぬ暴力の権化ごんげ、義経は必ず真琴を狙う。彼女はそれを知ってても、知恵を貸してくれる。誰よりも義経を知る者ととして、その知識を閃治郎へ教えてくれるのだ。

 この一瞬に、閃治郎の気迫が闘志をたぎらせる。


四神連撃ししんれんげき! 青龍、朱雀っ! 玄武……白虎ぉ!」


 奥義の四連発……真琴へ向けられた害意を追って、閃治郎が疾風かぜとなる。

 持てる力の全てで、彼は矢継ぎ早に奥義を放った。

 青龍烈破断せいりゅうれっぱだん朱雀連舞斬すざくれんぶざん玄武轟槌撃げんぶごうついげき、そして白虎爪衝破びゃっこそうしょうは……全ての奥義を叩きつける。真琴を狙うために今、義経は閃治郎へと背を向けていた。

 そこへ、瞬発力を爆発させた連続奥義を抜き放つ。

 鞘走さやばし白刃はくじんから、四聖獣の力が解放された。


「チィ! わかりやすく動き過ぎましたね……乙女の血が見たい、恐怖に歪む顔を楽しみたい。少しばかり欲に素直になり過ぎましたか」

「当たった! とらえたぞっ、義経!」


 全力の四連発が、義経を捉えた。

 浅い手応えだったが、青龍の牙と朱雀の羽撃はばたき、玄武の咆哮ほうこうが続けざまにぶちまけられた。最後に放たれた白虎の爪から避けつつ、義経は再び残像を残して消える。

 だが、閃治郎の刃は確かに義経の皮膚を切り裂いた。

 舞い散る血煙ちけむりの中で、義経の歯噛はがみする気配が拡散されてゆく。

 そして、真琴の声はさらに続いた。


「義経の幼名は、牛若丸……またの名を、遮那王しゃなおう! 京の蔵馬寺に預けられ、そこで剣と兵法ひょうほう天狗てんぐから学んだって言われてる! ……センが教えてくれたから、今ならそれは本当に思えるよ。人ならざる外法げほう戦技せんぎ、そして義経のソウルアーツは」


 すぐにまた、真琴を黙らされるべく斬撃が飛び交う。

 その中へ分け入って、閃治郎は全ての攻撃を弾き返した。

 真琴は必ず守る、それが今は閃治郎の武士道だ。常に新選組は、人の世を守り、民を守ってきた。そして、人ならざる怪異と戦ってきたのが、閃治郎たち零番隊ゼロばんたいである。

 そう、真琴の言葉が教えてくれる……既にもう、

 人の皮をかぶった化物ばけもの魔性ましょうたぐいなのだ。

 縦横無尽に移動する義経の声が、四方八方から飛び交う。


「なるほど、私に詳しい者がいるということですか。ええ、私は人などではありませんよ……最初に奪ったのは、天狗たちの力と技。その時から私は、人を超越したのです」

「だってさ、センッ! だからだ……だからいつも、源平合戦の義経は無法のつわものだった。陸にあっては馬を斬り、海にあっては船頭を斬った! ならわしを否定し、法をじ曲げゆがませる力……それが、義経のソウルアーツ!」


 目が慣れてきたのか、義経の動きが徐々に見えてきた。

 先程、奥義の連発を浴びせて手傷を負わせたからだろうか? 目に見えて動きがにぶっているように見えた。

 今こそ勝機……閃治郎は守りを捨てて居合の技を加速させる。

 二度三度と血が舞い、ついに義経の脚が止まった。


「……やりますね。久方ぶりの戦傷……この痛みもまた、闘争の愉悦ですが。ですが……この私に血を流させたこと、後悔させてあげましょう」

「強がりを……その首、貰い受ける! 今ならまだ間に合う、剣を納めてばくにつけ!」

「冗談を。この程度で勝ったつもりですか? しかし、認めましょう。我がソウルアーツ『烈華外法れっかげほう益荒男ますらお』の、その本質に気付くとは驚きです」


 義経は滔々とうとうと語り出した。

 今ならば、先手を取って斬り掛かれる。だが、閃治郎は義経が再び構えるのを待って耳を傾けた。まだ、悪行を悔いて戦いをやめてくれる可能性もあるかもしれない。

 義経のソウルアーツ、その名は『烈華外法の益荒男』……あらゆる法則や条理を捻じ曲げる。彼が触れたものから、不偏ふへんことわりを奪うのだ。だから、一人に一つのソウルアーツ、魂の根源より生まれたその者だけの力を奪えた。そして、奪った複数のソウルアーツを身につけることができたのである。

 義経という戦の権化が、それ自体が既に常識を破壊し続ける概念なのだった。


「なるほど、わかった。僕は、理解した……これではっきりしたと思う」

「常識を疑いなさい。法と理があれば、それを破りなさい。そうでなければ、私は倒せませんよ」

「断るっ! 僕は新選組零番隊組長しんせんぐみゼロばんたいくみちょう乾閃治郎イヌイセンジロウ! お前が天狗の化身けしん、世の理を脅かす邪悪だというなら……既に人でないというのなら!」


 最後の居合に全力を込めて、ズシャリと閃治郎は腰を落とした。

 両足で掴む大地は、草履ぞうりに黒い血を浸透させてくる。

 これ以上の流血は無用、そして躊躇ためらいも迷いも失せた。

 人でなしを通り越して、魔性にしたというのなら、わかりやすい。


「僕は魔を断ち邪を裂く剣! 新選組零番隊は、魔物を討伐するための始末屋だ!」

「いいでしょう、貴方あなたを支える全てを破壊します。貴方を定義する全ての決まりを、消し飛ばしてあげましょう!」

「……いざっ!」


 閃治郎は、全身全霊の一撃を抜き放った。

 既に人ならざるもの、しかし義経には疲労が見て取れる。いかに神速の体術で馳せようと、いかに天狗そのものとなりて世界を否定しても……四肢ある肉体のくびきからは逃れられない。

 血を流せば剣は鈍り、汗を流せば疲れが蓄積するのだ。

 そう、思った。

 だから、秘奥義を出し惜しんだことを、すぐに後悔する羽目はめになった。


「この距離、取った! 魔人とてかわせはしない……義経、お覚悟を!」


 義経のはなった剣が、空を切る。

 その斬撃は、先程に比べるまでもなく止まって見えた。

 そして、閃治郎の最後の居合がひらめく。

 甲高い金切り声を響かせ、義経の太刀が中程から折れるのが見えた。クルクルと回転して、吹き飛んだ剣の切っ先が宙を舞う。それが落ちて転がるより早く、閃治郎は剣を鞘へと戻す。

 ここで観念すれば、それでよし。

 そうでないのなら、首を跳ね飛ばすつもりだった。

 だが、信じられぬ異変が閃治郎を襲った。

 背後に音を立てて、折れた剣の欠片が落ちた。


「なっ……馬鹿な! 見えなかった……いつの間に」


 左手で保持して手繰たぐる鞘に、ひびが走っていた。

 そして、音を立てて広がるその亀裂が、白木しらきの鞘を覆ってしまった。

 あっという間に、閃治郎の手の中で全てが砕け散る。

 慌てて彼は、残った剣を手に構えた。

 義経は喉を鳴らして、哄笑こうしょうの声を響かせた。


「ククク、アハハハハ! 私を捉えた? 見えた、追いつける……そう思えたでしょうね。一つ教えてあげましょう。戦とは、勝利を確信した瞬間こそが危険なのです」

「馬鹿な……」

「貴方の剣は見切りました。なに、簡単なことです。対となる鞘がなくば、その抜刀術は意味をなさない。そして、私の刀ですが……お忘れですか?」


 義経は折れた太刀をあっさりと捨てた。

 同時に、ゆらりと不気味な闘気が吹き上がる。風もないのに、ふわりと義経の髪が浮き上がって見えた。

 そして、閃治郎の周囲に次々と太刀が生えてくる。

 石造りの床から、無数の剣が乱立し始めていた。


「これは……足利殿の『千本桜足利せんぼんざくらあしかが』ッ!」

「ソウルアーツは一人に一つ、そして魂の根源を具現化した技……その常識を、破壊しました。さあ、斬り刻んであげましょう!」


 それは、仲間の足利が持つソウルアーツだ。名を忘れて記憶もない足利の、その生前を伝えてくる唯一の手がかりにほかならない。

 だが、それをあっさりと義経は奪い、今また使おうとしている。

 刃の森へと飲み込まれていきながら、閃治郎はあらゆる剣技を封じられた。

 弁慶ベンケイの言葉が脳裏に思い出され、自分の迂闊うかつさを呪うしかできないのだった。

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