第2話 『編集担当が頭を抱える』

 第一話『下着泥棒』のダメ出しを受ける。

 ※という設定で全てフィクションです。

 ※作者の感想と内容は若干別物です。

 ※二話通してどこまでが作者の計算かは想像にお任せします。




 ******




「まずさぁ、『下着泥棒』を主役に据え置くのはダメだよ。ダメ。ゼッタイ」


 先月に引き続き、編集担当が頭を抱える。


「こーゆー犯罪を助長するようなこと書くとさ、『俺もやってみよっかな』とかいうバカなやつが出てくるんだよ。んで、そいつら捕まって『カクヨムの桝屋千夏さんのWeb短編読んでやってみようと思いました』とか言われた暁には最悪だよ。それに『下着泥棒』がオリンピック競技?まぁ名前が売れるのはいいけどさ、売り方に難ありじゃん。実際そうなったら批判のコメント殺到だよ」


 編集担当が頭を抱える。


「で、終いには『下着泥棒やってみた』とかゆーバカな動画がネットにアップされるんだよ。ニュースでもよくやってるでしょ?常識で考えたらアウトなのに、面白半分でやって捕まるバカ。あとね、逮捕されたり書類送検されても懲りずに『やってみた』とかしてるユーチューバーも同レベル。知らない?あいつらブームが去ったらただのニートだかんな。……え?この原稿と関係ない?」


 編集担当が頭を抱える。


「で、死んだの?生きてんの?そこんとこはっきりさせないとさ、読み手が迷惑だよね。……え?『ラストは読み手の想像に任すと効果的?』……誰が言ったのそんなこと」


 編集担当が頭を抱える。


「あとさぁ、きっと若い読者は気づかないよ、これ。登場人物の『さきちゃん』と『みきひさ君』のとこ。これってあれでしょ?昔流行ったCMの『芸能人は歯が命』のやつでしょ?どうしてこーゆー小ボケを挟もうとするの?全国の『さきちゃん』と『みきひさ君』から批判のコメント殺到だよ。それに今は『歯が命』じゃないから。オファーNG出した時点で干されて終わるから」


 編集担当が頭を抱える。


「でさ、この『ブス』の書き方も失礼だよ、ほんと。他に書くこと思い付かないから眉毛と一重だけしか書いてないんでしょ?鼻筋とかあるだろってコメント来るよ?だから、『ブス』は『ブス』の一言だけでいいんだよ!『ブス』はどう形容しても『ブス』以外に書き方ないんだから。『ブス』だけで伝わるから。ブスなんだから。しかも『さきちゃんから襲う』とか偏見だよ、ほんと。女心がほんとわかってないよね!千夏さんて普段から百合漫画ばっかり読んでるんでしょ?……え?『百合展2019』行きたい?……なにそれ」


 編集担当が頭を抱える。


「あとあれだな、蜘蛛男ってとこ。漢字で書いたら誤魔化せるとでも思ったか!蜘蛛に噛まれて特異体質になった男のやつでしょ?一歩間違えたらあれこそ変質者だかんね。でも、問題はそこじゃない。蝋燭人間!蝋燭人間はさすがに伝わんないよ。そんなマニアックなキャラ誰も知らないって。しかもちゃんと訳すなら人間蝋燭だしな。男蜘蛛なんていないでしょ?……え?マンスパイダーってキャラいんの?」


 編集担当が頭を抱える。


「でさ、これ冒頭に絶対誰も気付かない小ボケ入れてるでしょ。俺は気付いたよ、俺はね。『カフカ』の『城』入ってるよね?よね?だと思ったよ!公式レビューもらった短編もそうでしょ?『カフカ』へのリスペクトが半端なかったもん。……ん?『海辺◯カフカ』……なにそれ」


 編集担当が頭を抱える。


「でさ、『城』読んで理解できたの?俺はできなかったよ。展開も会話もめちゃくちゃだし全然話進まないし。てか、連載中のラブコメって『城』みたいだよね?物語の骨子はあるのに核心部あやふやにしてコントで終わる感じ。だからダメなんじゃないの?影響もろ受けてるじゃん!……え?ラストの方にもう一つ隠して(実存して)るって?誰もわかんないよ」


 編集担当が頭を抱える。


「真面目な話さ、この短編、起承転結っぽい流れなのに『転』辺りで急に序破急に方向転換したよね?違う?癖なの?癖ならしゃーないけど……最後ももう少し情景描写ほしいわ。うん。一人称だからって内面描写だけでOKな訳ないからね。情景と時間経過が貧相過ぎる。それに『どうして主人公がそう思ったか?』が弱いよね。テンポ気にして不要な描写を削ったんだなってのはわかるけどさ、例えば『何故さきちゃんのパンツを盗もうとしたのか=好きだった、趣味だから』ではダメだよ。『なんでさきちゃんのパンツじゃなきゃダメなのか?』が抜けてる。しっかりと作者の意図やテーマを示さないと書き手と読み手の間に認識の解離が生まれて『おもしろくない』って思われるから。まだまだ指摘箇所はあるけど、そもそも書き手と読み手は見る角度違うからね。万人が同じ読み方はしないよ……って、なんだよ!俺だってたまには真面目なこと言うよ!俺が真面目なこと言ったって、批判のコメントなんか来ねーよ!」


 編集担当は原稿を突き返す。


 桝屋千夏は思った。


 ──そこまで言うならお前が書け!


 ──『城』も『嘔吐』も虚構と現実と実存の認識の在り方が問題点だろ?




 釈然としない。

 怒りは沸いても、やる気は沸かない。

 書き直す気力すら失せた。


 それでもこの冷えた手が──執筆への情熱の冷めたこの右手が──突き返された原稿を強く握りしめた。

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それでもこの冷えた手が 桝屋千夏 @anakawakana

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