ch.6 ラスト・ワン・スタンディング


アムは、トゥトゥと話し合った。

ロロノマウのことである。

浜で焼かれていった海龍たちのうち、それらしき飛龍を飲み込んだ者はいなかった。

ならば、ロロノマウはこの海の何処かで生きて―――寄生されているのではないか。

もしも空港島の近くで落ち星モドキに寄生されている場合、アラコファルが海の中で呼んでも誘引されない可能性があった。

その場合、どうするかを考える必要がある。

トゥトゥは<黄金の王>から剣の使い方を教わったと言った。

先ほど遠くまで飛ばしたのは、ふたりでその話をしたかったからであろう。

<黄金の王>は積極策を望んでいるようだった。

そこでふたりは作戦を立て、マウメヌハヌ妃とエタリにそれを打ち明けた。


エタリが呼んだので振り返ると、海岸線に初めて見る生き物が三頭並んでいた。

一見したところ馬に似ている。

古代文明の頃から人類が親しんでいたいくつかの動物は、ノアの箱舟というプロジェクトの成功により、宇宙進出全盛の今でも地球原種としての性質を保っていた。

アムは実は乗馬経験がある。

故郷の星で盛んだったからだ。

そしてセムタムの伝承の中にも、馬に似た生き物が登場する。

「あれってもしかして、ティポティポラコかしら」

「うーん、今回は初めて見るもんばっかりだなあ」

トゥトゥが首を捻っている。

ティポはセムタム語で<跳ねる>。

それを重ねてティポティポにすると<跳び進む>というような意味になる。

共通語に直すなら、海を跳び走る馬、ということになるだろう。

それらしく言うなら海跳馬か。

海跳馬は、海龍の長アラコファルの使いとして多くの物語の中に登場する。

実際に見たことのあるセムタムは、非常に少ないという。

芸術を守護する彼のセンスによって生み出された美しい生き物であり、その美しさに嫉妬した黄金の王アラコファルが強引に羽を生やして自分の眷属にしようとした、という逸話が残っている(無論、兄弟喧嘩が起こった)。

体色は青と白の縦縞模様。

海中ではカモフラージュになるのかもしれない。

たてがみが生えているはずの首のカーブには、青いひれが立っている。

今は、その体の上に木彫りの鞍が置かれている。

肩の高さはトゥトゥと同じくらいか。

海跳馬はアムとトゥトゥのことを不審者を見る目でじろじろと観察していたが、マウメヌハヌ妃が促すと、ふたりに近づいてきた。

近づくと、口先でアムの頭から足先までつついて回る。

「乗っていきなさい。カヌーをあげてもいいけど、こっちのが速いし、小回りもきくから、あなたたちの作戦にはうってつけだと思う」

エタリが手を貸して、アムを海跳馬の背に上げてくれる。

プライドの高い彼らを御するための手綱は無く、鞍の前に取り付けられた握り手を掴んで、彼らの気のまま行くことになるようだ。

「群島域の辺りへは、アラコファル様の大きな体では進むのが難しいわ。あなたたちが頼りよ」

アムが、マウメヌハヌ様もお気をつけて、というと彼女は優しく笑う。

「ありがとう、ドクター・アム。あなたも私の可愛い子供」

それからマウメヌハヌ妃は、エタリに海底火山から取って来たという火種を渡した。

この炎であれば落ち星モドキを焼くのにふさわしい働きをするであろう。

いってらっしゃい、とマウメヌハヌ妃がエタリの海跳馬の尻を軽く叩くと、あっという間に三頭は揃って駆けだした。

海面を名の通り勢いよく体を上下させつつ走って行く。

みるみるうちにだだっ広い海原ばかりの疎島域を抜け、目を凝らすと微かに島影が見え始めた。

群島域への帰還。

トゥトゥは作戦通り、綱に結び付けた黄金色の剣を海に投げた。

みるみるうちに綱は伸び、海跳馬換算で十頭分くらい後ろで光る疑似餌のように浮いている。

これは、まさに釣りなのだ。

海龍たちがアラコファルを求めたように、ロロノマウはアララファルを求めるだろう。

現在アルマナイマ星において、アララファルに最も近い存在は、その鱗から鍛えられたトゥトゥの剣だ。

ロロノマウが近づいてきたら剣を手繰り寄せる。

それから先は、トゥトゥの教わったという技にかかっていた。

エタリが海跳馬の揺れにも動じず、弓の張り具合を確かめている。

海上の騎士のようだった。

「エタリさんは」

アムは舌を噛みそうになりながらも、賛辞を言った。

「何でも出来るんですね」

エタリは穏やかに首を振る。

「日々の信心と鍛錬を欠かさなければ、誰でもできます」

あっ、とトゥトゥが叫んだ。

「何か来たぞ」

海上に突き出したヒレが一目散に剣に向かって進んでくる。

飛竜ロロノマウには、背ビレなど生えていない。

まさか関係のない海龍を呼んでしまったのか。

あるいは<黄金の王>の品を海に浸けることで、喧嘩を売られたと思い込んだ海龍が寄ってきてしまうのではないかという懸念は、アムもトゥトゥも抱いていた。

「じじい、ありゃ海龍だぜ」

「いいから早く引け!」

エタリの剣幕に驚いたトゥトゥは、速やかに綱を手繰り寄せにかかる。

海龍の扱いに関してはエタリの右に出る者はいない。

任せよう、とアムが思う目の前で、エタリは予想外の行動に出た。

海龍を鎮める祈祷を始めるのではなく、矢にマウメヌハヌ妃の火種を移してつがえる。

「ちょっとエタリさん、あれはロロノマウじゃないわ。彼女は飛龍なのよ」

「ロロノマウだ。よく見なさい、ドクター・アム!」

トゥトゥが綱を引く速度よりも正体不明龍の速度が勝っていた。

みるみるうちに剣に近づいたそれは、噛みつこうと海面に口を出す。

龍の姿を見たとき、アムはおぞましさのあまり叫び出しそうだった。

この作戦を遂行したすべての人間に謝ってもらいたいと思った。

いや違う、とアムはアム自身を否定した。

綺麗ごとを言うんじゃない。

その時に抱いたアムの感情はそんなに生易しいものではない。

憎しみだった。

許されるなら関係者全員をこの手で殺したいくらいの。

海上に飛び出してきたそれは、海龍と飛龍のグロテスクなミックスだった。

ロロノマウをくわえたままの形で、寄生生物は海龍の口を縫い留めている。

縫われたロロノマウはまだ生きているのだ。

苦痛をその身に保持したまま。

剣を求めて首を伸ばしたロロノマウに―――夢の中で落ち星モドキを捕まえようとしたときと同じ角度で首を伸ばした若い飛龍に、エタリの放った火矢がぐさりと刺さった。

苦痛に首をそらせたロロノマウが、しぶきを上げて着水する。

「助かったぜ、じじい」

無言で頷いたエタリが、新たな火矢を用意する。

トゥトゥはようやく剣を引き上げ、巻いた綱をほどく。

結合体になってしまったロロノマウの姿は見えない。

恐らく海の深くに隠れて、死角から再度アタックする機会を狙っているだろう。

より強い宿主を求める。

それが飛龍の脳にも植え付けられてしまっているならば。

その時、ぐん、と効果音をつけたいくらいの急角度で、三頭の海跳馬がてんでばらばらに針路を変えた。

アムは必死に鞍の前を掴み、トゥトゥは悪態を吐き、

「何だってんだちくしょう!」

エタリはただそよ風が吹いただけのように平静なまま、

「前だ」

結合体が急上昇してくる。

透明度の高い海の下、それは悪夢のような光景だった。

でたらめな方向に体を捩じりながら、くすんだ鉄鋼色をした飛龍の頭がトゥトゥ目掛けて一直線に迫る。

トゥトゥは剣を構えた。

刀身に雷が走る。

頭部が浮上したその瞬間に、斬り抜けるつもりだろう。

アムの海跳馬が警戒を促すようにいななく。

はっとトゥトゥが構えを解いた。

パニックを起こしたように、トゥトゥの跨る海跳馬が瞬きの内に一八〇度に近いターンする。

その蹄がロロノマウと結合した海龍の背に引っかかる。

つんのめった海跳馬の上で、トゥトゥが大きくバランスを崩した。

ひっかくようにして鞍を片手で掴んでいるが、鐙から両の足が外れてしまっている。

海跳馬は狂ったように跳ね回り、背中の上のお荷物を振り落とそうとして躍起になっていた。

それでは、踏ん張って剣を振ることはおろか、正常に態勢を立て直すことすら難しい。

そこに、ロロノマウの頭が襲い掛かる。

火矢が唸りを上げて飛び、再び首に突き刺さったが、今度は飛龍の勢いを削ぐことはできない。

うるさそうに首を振って矢を振り落とす一瞬だけは時間を稼げたが、ロロノマウはトゥトゥ目掛けて口を開いた。

粘り気のある透明なものが口蓋からしたたり、海にぼちゃりと落ちる。

何か出来ることは無いか、とアムは必死に頭を動かそうとした。

エタリのように弓は持っていない。

突撃しても役に立たない。

せめて気を引くようなものがあれば……気を引くようなもの?

アムは、パニックが伝染しそうな一歩手前で辛うじて踏みとどまっている海跳馬の、その不穏な背中の動きを感じながら、ズミックのポケットに手を突っ込んだ。

ある。

固いものに指が触れた。

「ロロノマウ!」

掲げたアムの拳には、<黄金の王>の鱗を綴ったペンダントが握られている。

海の上で龍鎮めの儀式や何かを執り行えるように、常備しているものだ。

「ほら、あなたの王様はここよ。アララファル様は」

ぴたりとロロノマウの頭が止まった。

トゥトゥのほんの鼻先で。

鈍い金属質の鱗に包まれた、形の良いトカゲ型の顔が、ゆるゆると緩慢にアムの方を見る。

冷静に観察すれば、彼女はアララファルの鱗とおそろいの目をしていた。

黄金色の瞳の中で縦長の瞳孔が、広がったり狭まったりをせわしなく繰り返している。

正常と狂気の狭間。

鼻孔を開け閉めする度に落ち星モドキの破片がどろりと垂れる。

アムはロロノマウの視線を受け止めた。

その視界の端で、トゥトゥがエタリに手を借りて、海跳馬の背に再び戻ったのが見える。

でも、まだだめだ。

こちらに意識を向けさせておかなければ。

「ほら」

アムが手を広げて、その中の黄金の鱗を陽の光に触れさせた。

「ロロノ……」

名を呼ぼうとした声にかぶせて、飛龍は喉の奥をゴロゴロと鳴らす。

まるで雷鳴のような音。

虚を突かれたアムは、それでも視線を外さなかった。

やがて、ロロノマウが口を開く。

覚悟した。

飛龍は雷を吐く生き物だと聞かされている。

喉の奥でゴロゴロ言わせていたのは、その準備運動だったのではないか。

そう思ったのだ。

しかし、ロロノマウの口から出たのは雷撃ではなく、

「ドオオオオクタアアアアムムムム」

という叫びであった。

自分の名を呼ぼうとしているのだと気づくまでに、数秒を要した。

ドクター・アム。

彼女が敵意ではなく、恐らく好奇心から―――夢の中で見た通りなら心の隅々までを満たした好奇心から、おしゃべりをしようとしているのだとアムは直感する。

「ロロノマウ」

アムの思い違いでなければ、名前を呼ばれたロロノマウは、半分以上引きちぎれ、焼けただれたようになっている翼を嬉しそうに動かした。

「あなたの伝言は、ちゃんと王様に伝えたわ。とても……」

言葉を探す。

こんな時、ちゃんとしたセムタムだったら何と言うだろう。

もっと語彙が欲しい。

もっともっと、寄生体に精神力で勝とうとしている飛龍に相応しい言葉を。

ああ。

アムは嘆息した。

「とても……誉めてらっしゃったわ。誇りに思うって」

こんなことしか言えない。

ロロノマウは、また喉を鳴らした。

そして、

「バアアアアアアロロロ」

と吼えた。

セムタム族と龍たちの言葉は共通である。

恐らくロロノマウは、バロバロ(嬉しい)と言いたかったのだろう、とアムは思った。

もっと話をさせて、というように、飛龍はぐいと体を曲げる。

弱々しくなってしまった腕が、食らいついたままの無礼な海龍の頭をぱたぱたと叩いた。

アムはその姿に胸を打たれる。

私は―――私たちは。

私たちは何をしているのだ。

私たちは銀河の端が広がっていくのを楽しみにしていた。

それは正義だと。

人類の飽くなき挑戦、正義の冒険だと疑っていなかった。

だからアムは言語学者としてアルマナイマ星にいるのだ。

けれど、私たち文明人と言われる、最高の知性体と信じていた人類が選んだ拡張主義の、その先にあるのがこの飛龍の痛々しい姿なのか。

それは―――。

「アアアアアムウ」

と、ロロノマウは嬉々として言う。

初めて覚えた言葉を口に出すのが楽しい、と言った感じ。

それにアムが応えようとしたとき、ロロノマウを牙の鎖に縛っていた海龍が、つかの間だけ意識を取り戻した。

いや、それは落ち星モドキの命令だったのかもしれない。

おぞましい欲求に従って、海龍は瞬間的に口を開き、瞬間的に閉じた。

ロロノマウが絶叫する。

海龍の牙は、より高い位置、まだ彼女の痛覚が絶えていなかった胸のあたりに埋もれる。

助けを求める子供の目で、ロロノマウはアムを見た。

今度こそ何もできない。

でも。

でも……。

とおん、と太鼓を鳴らすような音がした。

それは鼓動の音だったかもしれない。

棒立ちになったロロノマウの背後。

高々と跳ね上がった海跳馬の上で、トゥトゥは黄金色の光を振りかぶった。

剣じゃない何か。

もっとスマートで長くて、銛でもない。

何て武器だったか、そう槍だ。

セムタム語でどう言うのかは知らないけれど。

アムは呆然としている。

ロロノマウが縋るようにアムを見つめている。

トゥトゥの手を離れた光る槍は、吸い込まれるようにロロノマウの額に突き立って、そして、雷そのものになった。

真っ白な電流が、ロロノマウ結合体を染め上げる。

あまりのまぶしさに、咄嗟に目をかばった。

それでも、雷光が瞼を突き抜けて、こちらの眼球まで焼けてしまいそう。

ロロノマウに断末魔の悲鳴を上げる時間すら与えなかったのは、きっと<黄金の王>の慈悲だろうとアムは思った。

ねえ、ドクター・アム、と心のどこかに飛龍の声が届いた気がした。

王の光の中、先ほどよりも明瞭に、滑舌よく。

ねえ、ドクター、好奇心は龍も殺すのだわ。

そうねロロノマウ、と頭の中で唱えた。

私もきっと死因はお揃いよ、ロロノマウ。

もっと仲良くなりたかったわ、ねえ……。

ゆっくりと目を開くと、アムの両側にトゥトゥとエタリがいた。

「ドク」

「ドクター」

ふたりが同時に言ったので、アムは人目もはばからずにわんわん泣いた。





空港島の付近に戻ると、そこには百人ものセムタムがカヌーをそろえていたのでアムは驚いた。

海龍たちは彼らに遺言を残したという。

そして、エタリとトゥトゥの報せ舟の報告を聞いた者も沢山いた。

星に襲い掛かる呪いに対抗するため、ここに集結したのだと彼らは語った。

エタリがセムタム族の勇敢な戦士たちに火種を分け与え、トゥトゥが戦闘の指揮を執って準備を整える間に、アムは急いで国際宇宙港の管制室に駆け込む。

管制システムに着陸禁止コードと上空からの撮影禁止コマンドを最優先順位で打ち込んだ。

辺境軍のAIコントロールが即座にメッセージを送ってきて、着陸禁止の理由を聞きたいと通信を入れてくる。

「こちら、アルマナイマ国際空港管制室。着陸理由を教えてください」

「ドクター・アム、我々はあなたの安否を気遣っています」

AIが無機質な口調で言った。

「あなた、もう少しまともなプログラミングをしてもらうことね。私はこの通り五体満足よ。それより私は、あなたたちの落し物について聞きたいところだわ」

通信はそこでぷつりと切れた。

アムは辺境軍に作戦についての詳細を知らせるようにとメールを送る。

それから辺境銀河政府への陳述書と、様々な人権団体への情報の開示を行った。

電子媒体だけではなく文章も、書ける限りの速さで仕上げてポストオフィスサーヴィスに投函。

これによりSASS(セイブ・アルマナイマ・アンド・セムタム)活動が自然番組専門チャンネル<ポーラー>により立ち上げられ、汎銀河系のすべてで話題をさらうようになるのだが、それはまた別の話である。



そしてアラコファルの誘因を振り切って空港島近くにまで現れた落ち星モドキの被害者は幸いにも少なく、それもマウメヌハヌ妃の与えてくれた海底火山の炎によって、上陸前に清められていったという。

全てが終わると、アムは空港島の浜辺に立って、勇敢に戦ってくれたセムタム族と三頭の海跳馬がラグーンの向こうへ去っていくのを手を振って見送った。

カヌーが壊れてしまったエタリは相乗りで遠くの島まで行くという。

同じくトゥトゥもカヌーを壊されてしまっていたが、アムのカヌーを貸すことになったので、しばらく空港島を拠点にすることになった。

アラコファルのことを思う。

彼が燃やし尽くしたのは彼の子供たちに他ならないのだ。

あの感情豊かな海龍にとって、その痛みはどれほどまでに心を抉るのだろう。

アムは悲しくなった。

自分の理解の範囲外にあるものならば傷つけても良いというのだろうか?

それとも彼ら辺境軍の一部にとって、いや人間にとって他者とは、傷つけなければ存在を確認できないものなのか?

あるいは、我ら銀河系に広がった人間は他者を認識するという最低限の知能を放棄しようとしているのか?

ロロノマウは何故死ななければならなかったのか?

いつのまにか噛みしめていた唇から血の味がした。

「ドク、大丈夫か?」

「どう考えても酷いわ。余所者の私が言っても信じてもらえないかもしれないけど」

トゥトゥはきっぱりと首を振る。

長い髪が炎の残像のように揺れる。

「俺は信じるに決まってんだろうがよ」

ありがとうエポー

アムは弱々しく言うと、トゥトゥの広い胸板をこつんと叩いた。

セムタムが親愛の情を表す仕草である。

トゥトゥは、にっと笑った。

「なあドク。知らなさそうな言葉を言ってやるよ」

なになに、とアム。

「エフ・ティコ、コプ・タ・ビネ」

ティコの花が教えるエフ・ティコあなたの尻尾の位置をコプ・タ・ビネ……?」

「へへ、知らなかったな。ティコの花ってえのは、女神様って意味だろ」

トゥトゥは悪いことを教えようとする男子特有のにやにやした顔で続けた。

「<海龍の長>はあんまりにもでけえから、尻の位置を女神様に教えてもらわないと忘れるんだとよ。だから、自分を見失うってことだし、自分のことは他人に教えてもらう必要がある、って意味もある」

アムはぷっと噴き出した。

悲しさと可笑しさで涙が出る。

「あいつら、世界が生まれた時からずーっとあの調子なんだぜ。んで、これからもずーっとあの調子なんだろうな。海の中のやつも、空の上のやつも。セムタムだってそうだ」

だからな、とトゥトゥは言った。

「ドクばっかりが悩まなくていいんだ。ここを守りたいのはみんな一緒さ」

アムは頷く。

ああ疲れた、と言って体を伸ばしたトゥトゥの向こうの空に、いつしか夕日が沈もうとしていた。

「そういえば夕食どうすんだ、ドク」

「ヌードルかシリアルバーならあるけど」

「絶対に嫌。ああ、じじい。帰すんじゃなかったなあ、じじいを」

「やっぱり仲いいんじゃないの、あなたたち。ねえ、トゥトゥ。今から芋を抜いて、蟹を獲って、空港の前庭で蒸し焼きにしない?」

アムは体を伸ばしながら言った。

「それにね、剣の秘密についてもゆっくり聞かせてもらわなきゃ。伸びてなかった?」

「ドク、それはな<伸びた剣>じゃなくって、エヒカってえんだよ」

「教えてくれてありがとう。あなたの剣はいつから槍になったの?」

トゥトゥは頬のあたりをぽりぽりと掻いた。

言葉を探している時のくせ。

「そうだなあ、<黄金の王>は槍の扱いの方が上手いからだなあ。詳しいことは、また後で話そうじゃねえか。腹が減ってしゃあねえや」

早くも水平線から顔をのぞかせる月の横に、一番星が上がっている。

その名も高きアラコファルの導き星。

この星はどんな季節でも水平線の下に沈むことがない。

アルマナイマの海では、セムタムの子らも海龍の子らも皆その星の下で眠るのだ。

みんなに優しい眠りが訪れますように、とアムは祈る。

星が瞬いて、頷いたような気がした。





古めかしい(もちろんフェイクの)ブラウン管にニュース映像が流れていた。

音量を上げる。


時刻は夜七時になりました。

ここでHBC臨時ニュースをお伝えいたします。

アルマナイマ星系で、辺境軍の研究艦<ストーム・タイガー>が事故により大破したとの報告が入りました。

軍当局の発表によりますと、乗組員の生存は絶望的とのことです。

<ストーム・タイガー>は惑星生物学を研究するための小型艦船で、先ごろ誤ってアルマナイマ星に搭載物を落下させたため、原因究明の為にニューハワイキ星の基地に帰還する予定でした。

軍当局は<ストーム・タイガー>が最後に送ってきた通信に「大きい、金色だ」などの音声が残されていたことから、事故原因は惑星重力により加速した微小隕石との衝突ではないかと推測しているとのことです。

乗組員の方々のご冥福をお祈りいたします。

繰り返しお伝えします―――。


手を一振りすると、映像は終わる。

ブラウン管は元通り、黒と灰色の中間色を画面に張り付けてご主人様の指示を待っている。

「下らんな」

アララファルは、人間臭く、高級ホテルのふかふかな枕に顔を埋めた。

彼は非常に疲れている。

それは体力を使ったからではなく、精神的に打撃を受けたからだ。

だがしかし、わずか一匹の眷属を失っただけで、あるいは弟に馬鹿と言われたくらいでくたびれるなどということは、龍生で初めての出来事であった。

その感情に何と名前を付けてよいのかアララファルはまだ知らない。

知らないということは驚きである。

背中の辺りからゆっくりと、人の肌は黄金の鱗に変じつつあった。

もちろん王の姿は、ホテルのセキュリティカメラには映らない。

それもまた、アララファルにはどうでもよいことであった。



(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルマナイマ疾走海域 東洋 夏 @summer_east

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ