ヨイシ編後日談 ファミレスにて
8月1日、ユキたちの私立高校は全校生徒
もっともこのようなことはわざわざ立ち止まって考えるようなことではなく、日本人誰しもが就学当初から身につけているある意味でルーティンのようなものだろう。
前年を例にあげよう。
ハッちゃけまくって、ダラケきった
そして今年の夏休み初日――ユキはこりずに、さなっちゃんとカミカミを引き連れて行きつけのファミレスへ
全人類顔の下半分を黒か白のうすい
「(ああ、今年も来たのかこいつら)」
早々にあきれかえったに違いない。
実際そうだろう、リーダー格たる廃人空気をとりわけ
あれはまごうことなき
「(待てよ、まだそんな急ぐ時期じゃ……)」
ウェイターは知っていた。この町の私立高校生が、夏季休暇に入ったばかりという事実を。
「(だとしたらなぜ?)」
と考え込んでいるあいだに、入店のベルが鳴る鳴る三連続。一組目も二組目もなんてことはない土曜の昼間にお茶しに来たセレブリティだった。ところが三組目は異様で、攻撃的な黒髪オールバックに
いや、この手の人間がめずらしいのではない、来店時間があまりに不自然だというのだ。ウェイターの混乱は計り知れなかったが取りあえず席に
「いらっしゃいませー(今日は例外が多いな、
が、しかし予想だにしない事態が起こった。
あの課題終わらせ
これではウェイターが客の入りをつぶさに確認し、呼吸をするかのように自然かつ
「あの、お客さ」
といいかけたところで、ウェイターは冷静に考えた。「(それでいいじゃないか。お客様は神さまだ。10月でもないのに今月
そうしてウェイターは、ヨイシたちをユキたちの席に案内すると、そっと手のなかの伝票用紙を丸めてポケットにしまった。これでいいのだ。こいつらここがファミリーレストランだということを忘れているのだろうが、しかし接客業の宿命とは、そういう部分をも
「さて、今日はお集りいただき感謝します」
と、ユキ、いつのまにかリュックより取り出していたワイヤレスマイクを通してあいさつを述べる。
「えーこのたびは、
「「「「「「いぇーいっっ!」」」」」」
「(おいおい、ここファミレスだぜ……正気か?)」
それに、元来の
ウェイターにはこの状況が
ひとまず何がしたかったのかという部分については、舞台のカーテンコールとでも考えてもらえば少しは解しやすいだろうか。ユキやヨイシに限らず、この物語はすべての登場人物に意義がありつながりがあり、そしてそれぞれの想いがある。きれいごとでは済まされない人物もいたが、それもまた出会いの
他者のことをもっと知りたい、知り合いたいと思う心から、”仮面”を剥がす第一歩が始まるのだ。
◆
(さかのぼること5日前、後輩ちゃんたちを介してヨイシさんの学校復帰を聞きつけた私が、朝早く與石家に行った日のこと)
「ヨイシさん……」
「なっ、ユキ、いたのかよ!」
私はすぐに、ヨイシさんのマスクの異変に気がつきました。
あの日ヨイシさんにとって誰にも見られてはいけない現場に私が
「あの……ヨイシさん、その、ホッケーマスクはどうしたんですか?」
おそるおそる聞いたつもりでした。でも、ヨイシさんは意外にもけろっとしたようすで「あれ、やっぱりわかるのか。そうなんだよ。なんか気味の悪い色味になっちゃったみたいでさ。そのせいかな、日差しがミョーに刺さってくるんだ」と身振り手振りを
私は、彼女の表現がみょうに気になってしまい、そのあと大げさにこうたずねたんです。
「あの、少しおかしなことをいっていいですか」
「うん。というか、あんたがおかしくなかったことなんて、今まである?」
「そうですね」
その言葉が最後の安心をくれました。
もしこのまま私の気持ち、考えを、ヨイシさんに打ち明けてしまったら、どうなってしまうんだろう。
予想できない未来に対して、当然ながら心はひるんでいました。だけど、いわなきゃ私とヨイシさんの仲は、きっと変わらないままでしたから。
「……その、さっきいってた太陽ですね、私は世間の人の目だと思うんです。これまでヨイシさんにいろんな
「ふぅん。あながち間違ってないかも、具体的にはどう変わったか知れないけどね。じゃあ結局こいつは”偏見のかたまり”だとか?」
「ああ、でも、仮説ですよ、あくまで仮説!」
あんなことがあったのに、ヨイシさんは出会ったばかりのころと同じように、私にやさしく接してくれました。でも決して距離を置かれてるって実感じゃなくて! 関係が進展していないっていう意味でもありません。なんていえばいいのか。
私の感じ方は変わっていないけど、もしもの話ですけど、ヨイシさんのなかで何かが変わったのかも……それこそ、血色のマスクみたいに……「(あんまり気持ちのいい表現じゃないかな。考えておこう)」
「じゃあさ、ユキのそのガスマスクってなんの偏見だろうな?」
「
「だよな」
その返事を最後に、なんだかヘンな沈黙が始まりました。
きっと
大切で、そばにいてほしいから、距離を取って、なるべく傷つけないようにして……私たち、すごくぶきようなんです。
「あのさ、ユキ。……ありがとな」
ヨイシさんは照れくさそうにいいました。
「なんのことです?」
すると、ヨイシさんは両手を羽ばたかせるように広げて、次には、私のことを抱きしめたのです。
おどろきのあまり私は
なぜかヨイシさんのほうも、自分の行動が思いがけないものであるかのように小刻みに震えていました。
「いけないな。こんな朝っぱらに、玄関で、女二人で抱き合ってたらさ。ヘンなうわさが立つかな」
「……きっと、誰も気にしないと思いますよ」
でもさすがに恥ずかしさで私がうでを回せないでやきもきしているうちに、ヨイシさんの
「理由は聞くな、恥ずいから」
「えー! 気になるなー」
「そういえば、肩のほうはだいじょうぶか? 手術したんだろ」
「そんなー、たかが
「知るかよ」
ヨイシさんはそれだけ返事すると、すたすた先に歩いて行ってしまいました。
待ってくださいと私は叫びながらうしろを追いかけます。私は、ヨイシさんから”いつか
まだ、私は私の”仮面”を剥がせないでいる。そのことを、ヨイシさんは知っていて。だから一歩先をあるいてくれるのでしょうか。
抱きしめてもらって、その体温にふれてはじめて、
私もいつかこのガスマスクと正面に向き合って、
マスク・オブ・グレィズ 屋鳥 吾更 @yatorigokou10
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