第10話 早くも合宿、福岡市内観光
「ただいまー、帰ったよー」
「おじゃましまーす」
「初めましてー」
「お初にぃ、お目にかかりますぅ」
多々良を先頭に、ドヤドヤと押し掛けた四人組。多々良の家は、学校から徒歩で十五分ほど。ハッキリ言って、どこにでもある普通の一軒家だ。
多々良の帰りを出迎えたのはお母さん。優しそうな笑顔で、みんなを迎い入れた。
「あーら、よう来んしゃったね。遠慮ばせんでよかよー」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
「タラちゃん、すぐご飯食べるト?」
「もちろん、すぐに食べるっタイ」
「あらぁ、ひょっとしてぇ、お母さんは福岡の人なんですかぁ?」
「……ごめん、もう無理だわ。ご飯すぐに作るから、みんな待っててね」
(あぁ、親子だ……)
この親にしてこの子ありなのか、それとも多々良につき合わされてるのか……。
多々良が家ではタラちゃんと呼ばれているのを知ったのは、ちょっとした収穫だと若葉は思った。
「はい、はい、みんなこっちね」
居間を抜け、案内されたのはなぜかベランダ。しかもなぜか、キャンプ用のテーブルと椅子まで用意されている。
これが夏なら、花火鑑賞とか夕涼みとか想像もつくのだけれど、今はまだ五月。若葉には、謎が深まるばかりだった。
「はい、はい、おまちどおさま。いっぱい食べてねー」
多々良のお母さんが運んできた夕食はラーメン。当然ながら豚骨味。そこでやっと、若葉にはこのベランダのテーブルの意味がわかった。
(あぁ、屋台のつもりだ、これ……)
四人揃って、ベランダで食べる豚骨ラーメン。ちょっと風流とは程遠い。
「あれ? 紅ショウガ入れないんですか? 先輩」
「邪道だな、チミは。一杯目はさらりといただく。味を変えるのは、二杯目からじゃよ。おばちゃーん、替え玉一丁! 用意しといてねー」
「誰がおばちゃんかーい!」
そう言って、ズルズルと麺をすする多々良。スープには手を付けず、麺だけをあっという間に平らげた。
そこへ、茹でた麺だけを小皿に入れて、タイミングよく多々良のお母さんが登場。これが替え玉という物か……。
それを多々良は自分のどんぶりに入れて、見事におかわり完了だ。
「さて、ここですりゴマをたっぷり。さらにネギダクで。辛子も入れたかったんだけど、ないものは仕方がないかー」
「えぇ? 多々良せんぱぁいって、ラーメンに辛子入れるんですかぁ?」
「辛子と言っても黄色いやつじゃないよん。辛子高菜。はまるぞー、あれは」
あっさり味の豚骨ラーメンは、するりとお腹に収まってしまう。普段のラーメンは、一杯食べきるのがやっとの若葉も、今日は軽々と食べ終えてしまった。
「お、若葉もおかわりいくかね?」
「あ、じゃぁ、おねがいします」
「おばちゃーん、替え玉もう一丁!」
「だから、誰がおばちゃんかーい!」
(このノリ、やっぱり親子だ……)
「合宿と言えば、みんなでお風呂ー!」
夕食が済んだ途端に、さっそく多々良らしい提案。若葉は嫌な予感を抱えつつも、みんなで脱衣場に行ってみたら案の定だった。
一般家庭のお風呂に、四人いっぺんに入れるわけがない。
それでもちょっと広めなお風呂は、二人ずつなら入れそう。一人ずつだと時間がかかりそうなので、二人ずつの二組で入ることになった。
(六実先輩と入れますように……)
「グッパージャス!」「ジャス!」「ジャス!」
「…………」
広めのお風呂は気持ちがいい。
(隣が六実先輩なら、もっと良かったのに……)
「おぬし、明らかにあたしと一緒で不満そうだな。カッカッカ」
「どんな笑い方ですか、それ。それに、別に不満ってわけじゃ……ゴボゴボゴボ」
若葉は口まで湯船に浸かって、言葉を濁す。
「そうだ。あたし、若葉の入部届けを強引に奪い取っちゃったけど、ほんとに入部扱いにしていいのか?」
「さんざん机上旅行の楽しさを味わわせておいて、今さらなに言ってるんですか。作戦だったんでしょ? いいですよ、正式に入部で」
「おお、難攻不落と思われた若葉を、あたしはついに落としたぞ!」
「なに、ナンパ師みたいなこと言ってるんですか。まぁ、正式な部にするための、頭数にしといてください」
はしゃぐ多々良。でも次の瞬間、真顔で若葉を見つめた。
「若葉は一つ大きな勘違いをしているぞ」
「なんですか?」
「机上旅行が楽しいんじゃない。
「先輩…………」
「おほっ。この膨らみかけも、なかなかたまらんなぁ……」
――ぱぁん!
外まで聞こえそうな破裂音が、風呂場に反響した。
(無しにして! 一瞬ドキッとした、この胸の高鳴りを無かったことにして……!)
風呂を終えると、頬に赤く手形をつけた多々良は、全員を居間に集めた。
そこでは多々良のお父さんが、ビールを片手に野球の観戦中。これは挨拶をする流れかと、若葉が頭を下げようとしたところ……。
「おい、おい、今いいとこなのに」
勝手にテレビのチャンネルを変える多々良。しかも不満げなお父さんを、ひと睨みして黙らせる。
「今日はこれ!」
「どうせ野球見るなら、さっきのままでいいじゃないか。俺は巨――」
「ここは福岡やけん! 見るのはこっちっタイ」
テレビに映ったのは、福岡を本拠地とするチームの試合。しかもちょうどいいことに、福岡の球場でやってる試合の中継だった。
「それじゃ、せめて応援するのは、対戦相手の地元チームでもいいかな……?」
「福岡やったら、応援ばするんはどっちか決まっとろうもん!」
「は、はい……」
(え? なんで多々良先輩、急に流暢な博多弁になったの? ネイティブなの!?)
多々良は勢いで押し切り、完全にお父さんを従えた。
ジュース片手にご機嫌の多々良。福岡のチームは負けているというのに……。多分野球のルールなんて、多々良はわかっていないのだろう。さすがに、お父さんに同情したくなった若葉だった……。
「福岡の夜はこれからだぜぇ!」
多々良の部屋に敷きつめられた布団。敷けるだけ敷いたから、後は適当に寝てねという雑魚寝。それでも片付いていた多々良の部屋は、四人なら充分に寝られる広さだった。
大盛り上がりのパジャマパーティも、日が変わるころには徐々にフェードアウト。
まず阿左美がスヤスヤと寝息を立て、次に六実が。二人が寝ると、あまり騒ぎ立てるのも悪いので、自然と穏やかな会話になる。
「最初に多々良先輩にかけられた言葉、まんざら嘘じゃなかったですね。タダで福岡に来た気分になれましたし」
「『まんざら』なんて言葉、国語の授業ぐらいでしか使わなくないか?」
「ほっといてください。でも、机上旅行ってほんとすごいですね。机の上だから、簡単に行けちゃいましたけど……」
初めは机上旅行なんて、若葉は大げさな電車ゴッコとしか思っていなかった。
それがいつの間にやら、机上旅行の楽しさにどっぷりとはまってしまった。そして今だって、福岡の旅館にみんなで泊っているような錯覚にすら陥っている。
その感動と感謝の言葉を多々良に伝えたくて、若葉は言葉を探す。
けれどもそれよりも先に、多々良の方が口を開いた。
「何を言っておるのだ? 実際の旅行の方がきっと簡単だぞ? 時間とお金さえ、なんとかなればな……。大体、今回の旅に何日かかった?」
「東京駅まで一日、そこから新幹線に乗って名古屋まで一日、名古屋の市内観光で一日、新神戸まで一日、広島までで一日、そして博多へ一日……。六日ですね」
「じゃろー? 福岡市内観光も入れたら一週間。実際にここから博多だったら七時間あったら着いとるぞ。さらに言わせてもらえば、新幹線を東京から博多までぶっ通しで乗る人はほとんどおらん! 普通は飛行機を使う!」
(台無しだよ、私の感動は台無しだよ……)
「すいません、先輩。明日さっそく退部届出しますね」
口ではそう言いながらも、明日の休みに本屋で時刻表を買おうと心に決めた若葉だった……。
(完)
先輩、今日もイっちゃいますか? ~女子中学生のなんちゃって旅行記~ 大石 優 @you
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