第561話、リュナドへの想いを教える錬金術師
結局リュナドさんは日が暮れるまで訓練を続け、私はその間ずっと彼の話をしていた。
彼との出会いから、彼に何度も助けられて、今もずっと助けられている日々を。
そう、何時も、何度も、彼は私を見捨てずに、ずっと傍に居てくれた事を。
『はぁ、聞いているだけでこんな気持ちになるのに・・・この目で見たかった・・・!』
私の話を聞いた人魚は、とても嬉しそうな様子でそう言っていた。
彼の事が好きで付いて来た彼女の事だし、彼の話はやっぱり楽しかったんだろう。
でも流石にその時の光景を見せる、という事は出来ないので許して欲しい。
「本当に、リュナドさんの事物凄く大好きですよね、セレスさん」
「改めて詳しくお二人の話を先生から聞くと、そうとしか思えませんね。勿論リュナド殿も好意は有るでしょうが、先生の想いの方が熱烈と言うか・・・」
そして弟子二人にも話してなかった事も喋ったため、そんな感想を言われてしまった。
ただまあ、それはその通りだ。私は彼の事が大好きで仕方ない。
感謝の気持ちもあるけれど、好意の方がそれより大きい自覚が有る。
「うん、大好きだよ」
ライナと彼は、私の事を助け続けてくれた。私を見捨てないでくれた。
私の為になる様に手を貸してくれて、私の事を思って苦言をしてくれた。
もっと話せと。もっと頼れと。そう言ってくれた。大好きな人。
感謝したってし切れない。礼なんてどれだけしたって足りない。
大好きで大好きで、離れたくないと思う二人。
ライナの時はどうしようもなかった。お互いに子供だったから。
けれど今は違う。私も彼女も、もう自分の意志で生きていける。
大好きな人と離れ離れになるような事は、もう無い。
「ずっと、ずっと一緒に居られたら、良いなって思う」
私の傍にライナと彼がずっと居てくれたら、それはとても幸せな日々だから。
『はぁあああぁぁあぁあ・・・! ああ、もう、ああもう!!』
「に、人魚? ど、どうしたの、大丈夫?」
人魚が唐突に、顔を抑えて空中で悶え始めた。一体どうしたんだろう。
「私、人魚さんの気持ち解りますよ。凄く解ります」
「ええ、僕もです」
『そうよね!?』
「え、ええぇ・・・?」
ただ解らないのは私だけみたいで、弟子二人はコクコクと頷いていた。
何だか最近こんな事が多い様な。うう、疎外感。
三人の様子にちょっと寂しくなっていると、人魚はすっと横に降りて来た。
『はぁ・・・あー、もうこの感情だけで暫く生きて行けそうだわぁ・・・本当に、可愛いわね、貴女もリュナドも。やっぱり付いてきて良かったわ』
「リュナドさんは可愛いより、格好いいだと、思うけど」
『ふふっ、そうね。格好良いのも確かだわ。だから私は彼に見惚れたんだもの。あの光景は忘れようと思っても忘れられない。あの背中は心に焼き付く程に素敵だった』
リュナドさんの背中。人魚から、封印の中での話は少し聞いた。
そしてだからこそ、彼について回る人魚の気持ちが尚の事良く解る。
彼女は私と一緒なんだ。彼の優しさと強さに救われた私と。
「はぁ、つっかれた・・・何かずっと見学してたけど、やけに楽しそうだったな」
そこで訓練を終えたリュナドさんが、汗を拭きながら近づいて来た。
結局彼の話をしていただけで一日が終わった気がする。
ただ彼の言う通り、楽しかったから良いかな。
『楽しかったわよ。リュナドとセレスの馴れ初めとかね。ふふっ』
「初めてセレスさんから聞いた話も多くて、とても楽しかったですよね」
「ええ、リュナド殿への先生の想いが良く解りました。こちらの顔が熱くなるぐらいには」
「・・・まって、セレス、何を話したんだ一体」
「え? 別に、ただリュナドさんと会ってから、今までの事を話しただけだよ?」
キョトンとしながら返す私に、彼は少し悩む表情を見せて天を仰いだ。
一体何を悩んでるのかな。話したら不味い様な事は話してないと思うんだけど。
私はそこでふと地図の事を思い出し、その事を伝えておこうと口を開く。
「あ、そうだリュナドさん、精霊が地図作ってくれたんだけど、二つあるから片方要る?」
『『『『『キャー♪』』』』』
「・・・ちょっと見せてくれるか」
「うん、どうぞ」
リュナドさんに両方とも渡すと、彼は二つの地図を見比べ始めた。
そして絵が付いた方の地図を見て、真剣な表情で確認している。
「解った。こっちは受け取っておく」
「ん、じゃあこっち持ってるね」
私としては別にどちらでも良いので、彼の欲しい方で良いだろう。
絵の無い方の地図を返してもらい、彼には絵のついた方を渡す。
精霊達も満足気に頷いてるし、多分この子達にとっても良いはずだ。
「とりあえず俺は少し汗を洗い流して来る。もうそろそろ夕食の時間だろうし、汗だくで法主様の食事に同席する訳にもいかないしな。セレス達は先に行っててくれ」
「ん、解った。また後でね」
リュナドさんは軽く手を振って去って行き、彼の言葉に従って私も立ち上がる。
弟子達も一緒に立ち上がり、ただ人魚はリュナドさんについて行ってしまった。
通路向こうで「お前はセレスについて行けよ!」と叫ぶ声が聞こえる。
ちょっと良いなーと思ったけど、先に行けって言われちゃったしな。
少し所か、物凄く後ろ髪を引かれつつも、彼を置いて食事の場へ向かう。
とはいえ両手に弟子達が居るので、寂しくは無いのが幸いだ。
何時もの食事場所に向かい少し待ち、その後ミリザさんとリュナドさんが来るのは同時だった。
「僧兵たちに稽古をつけて頂けたようで、ありがとうございます、リュナド様」
「別に稽古と言うつもりは無かったよ。単純に俺の訓練に付き合って貰っただけなので、礼を言われる様な事でもない。むしろ付き合って貰って俺が礼を言いたい」
「ふふっ、そうですか。では彼らがお役に立てたなら何よりです」
顔を合わせた二人はそんな風に、お互い和やかに―――――――。
『『『『『キャー!!』』』』』
けれどそんな穏やかな空気は、精霊の切羽詰まった叫び声でかき消された。
「・・・え?」
なのを言われたのか、一瞬理解出来ず、けれど全身が粟立つ。
街が襲われたという事実と、ライナの危険を理解して。
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「・・・え?」
精霊の焦る声音とは裏腹に、その声は余りにも間が抜けている様に聞こえた。
まるで状況を何も理解出来ないと、そう言わんばかりのセレスの声音。
昔ならその態度すら、演技で策か何かの一つと思っただろう。
だが今なら解る。アレは本気で予想外で、本気で呆けているのだと。
あのセレスが呆けている。予想外の事態に動けないでいる。
それを確信できてしまった事で、皮肉にも俺の中の驚きは小さく直ぐ動けた。
「精霊達、もう少し詳しい話を・・・いや、移動しながらの方が良いか。法主殿、申し訳ないが我々は急いで街に戻る。少々予想外の事態が起きた様だ」
「っ、解りました。お気をつけて」
「ああ、護衛の精霊は置いて行くので、上手く使ってやってくれ」
『『『『『キャー!』』』』』
この数日の間に、この国に居る精霊が増えているのは解っていた。
恐らくセレスがこの国に来て、色々と回ったのはその為だったんだろう。
最初は随分と挑発していると思ったが、要所の確認をしていたのだと今なら解る。
「それと、これを渡しておく」
「これは・・・っ!」
「これと精霊達の力が有れば、何とかなるだろう」
「ええ、お任せください。感謝致します、リュナド様」
精霊達に作らせていた地図。そこには敵兵が潜む場所が記されていた。
勿論移動している可能性は否めない。表記されている場所以外にも居るかもしれない。
だがこれだけの数を把握できているのであれば、対処はそう難しくないはず。
行動をしたのはセレスだが、今はその訂正をする時間ももどかしい。
「セレス、街に戻るぞ」
「っ、リュナドさん、ライナが、ライナが・・・!」
知っていた。解っていた。セレスにとって、彼女がどれだけ重要人物か。
だからこそ彼女の店の周りには、精霊が他より多く密集している。
だが精霊達が守るあの街であっても襲撃を許した。敵は精霊を出し抜いた。
どうやったのかは解らないが、その事実はセレスから冷静な思考を完全に奪っている。
「解ってる。だから急いで戻る。道中でもう少し精霊から詳しく話を聞こう。メイラ、聞き取りを一緒に頼んで良いか。その方が確実だ」
「はいっ、任せて下さい」
「精霊達は誰でも良い、荷車を持って来て窓につけてくれ。その方が早い」
『『『『『キャー!』』』』』
精霊に荷車を取りに行かせ、セレスの肩を抱いて窓の傍に向かう。
メイラもすぐ傍に来て、パック殿下もいつになく顔が険しい。
それもそうだろう。何せセレスの様子がいつもと違い過ぎるからな。
少し待つと荷車が窓の傍につけられ、皆荷車に乗り込む。
「竜、起きろ!」
「起きている。我が主よ」
荷車を竜の方へと飛ばすと、何時もの様に寝入った様子無くすぐに体を起こした。
そして何も指示せずとも翼を広げ、その背に荷車を乗せると同時に飛び立つ。
まるで行き先を理解して居るかのように、速度をガンガン上げて飛んでいく。
「今の内に精霊にもう少し話を聞いておきたい。街が襲撃されたって言っていたが、現状はどうなっているんだ。アスバ達が居るのに、そう簡単に負けるとは思えないんだが」
『『『『『キャー!』』』』』
予定通り移動の間精霊達から話を聞き、そして解った事に少し安堵の息を吐く。
どうやら街への襲撃は受けたが、街中の被害は軽微らしい。
襲撃があったと判断してすぐに精霊兵隊、そしてアスバとフルヴァドさんが動いたそうだ。
なので街中の被害は殆ど無く、むしろ敵の方が被害は甚大らしい。
ついでに食堂の事も訊ね、ライナの無事も確認した。
だが、じゃあ何で精霊達がそこまで焦っているのか、という疑問が残るが。
「よ、良かった・・・」
安堵の息を吐くセレスからは、何時もの様な強さを一切感じない。
むしろただのか弱い女の様子で、それだけ不安だったのだろう。
「セレ―――――」
「きゃ!?」
「うわっ!?」
『『『『『キャー!?』』』』』
そんなセレスに声をかけようとした瞬間、竜が急制動をかけた。
メイラとパック殿下は耐えられずに宙を舞い、けれどセレスが素早く捕まえる。
俺はと言えば、完全に気を抜いていたので当然宙を舞った。
そのまま荷車を飛び出しそうだったが、かろうじて荷車を掴んで事なきを得る。
あっぶねぇ。戦いと関係ない所で大怪我する所だった。
「竜、一体何があった!」
「我が主よ、先に行け。精霊達よ、ここは任せよ」
『『『『『キャー!』』』』』
竜は俺の問いに応えず、そう言って動かない。
ただ精霊達は竜の言葉に応え、荷車を飛ばして移動を始める。
「あいつは・・・!」
そして何が起きたのかと外を確認すると、竜の目の前に見覚えのある女が浮いていた。
頭に二つの巻き角と金色の目、そして尻尾を生やした女が。
セレスと完全に敵対した女が、愉快そうに竜を見つめていた。
「っ、竜、叩き潰せ!」
「承知した、我が主!」
反射的にそう叫び、竜は世界を震わせんばかりの声で応えた。
引き籠り錬金術師は引き籠れない―何だか街が発展してるみたいだけど家でのんびりさせて下さい― 四つ目 @yotume
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