第560話、リュナドの成長を喜ぶ錬金術師

『『『『『キャー♪』』』』』

「ん、どうしたの?」


ある日の昼下がりに、精霊達が見て見てと手渡して来る物が有った。

どうしたんだろうとしゃがんで受け取ると、どうやらこの国の地図みたいだ。

そう言えばこの家の地図は作ったけど、国の地図は作ってなかったんだっけ?


一応街から砂漠までの経路は書いてたけど、それ以外は手付かずだった気がする。

・・・つまり、私が通った周辺だけ地図を作っている、って事かな。

とはいえその『周辺』の判断基準が、大分雑な気もするけど。


国内の地図は当然の様に作ったし、海に出た時も作っていた。

だからあんまり気にしてなかったけど・・・まさか行動範囲の拡大も私が理由かな。

いや、リュナドさんとも一緒な訳だし、誰かと一緒に移動が必要なのかも。


『『『『『キャー?』』』』』

「あ、ううん、大丈夫だよ。ちゃんと書けてると思う」


私が地図を見て考え込んでいたからか、精霊達が不安そうに訊ねて来た。

けど見る限り書かれている内容はしっかりしていて、不備は無いとは思う。

ただ気になる事が、無いって訳じゃ無いけども。


「・・・うーん?」

『『『『『キャー?』』』』』


精霊の描いた地図は、同じ地図が二つ。

ただ片方には、所々に人の様な絵が描かれている。

それら全ての場所に、一応の心当たりはあった。


「国境の見張りでも居たのかな」


弟子達の授業の時に人の気配というか、知らない人の視線は感じていた。

だからその辺りでは余り長々と留まらず、別の所に移っている。

勿論珍しい物がある場合は別だけど、基本的にその視線からは逃げていた。


この地図に書かれている絵は、そういった視線を感じた場所に近い。


『『『『『キャー!』』』』』

「あ、そうなんだ」


その人達は精霊達が地図を作っていた時も、周辺を警戒する様子だったらしい。

武装もしていたようだから、やっぱり国境警備か何かだったんだろうな。

もし国境を越えていたら、面倒な事になっていたかもしれないね。


「ざっくりした地図、ミリザさんから借りていて良かった」


一応授業で色々と飛び回るという事で、ミリザさんから簡易な地図を受け取っていた。

とはいえそれを受け取ったのは私じゃなくて、リュナドさんではあるのだけど。

私は気にせず飛び回っていたけど、国境を超えると面倒をかけるという事で。


初日は私が突然言ったから無理だったけど、翌日そういう話をしていた。

恐らく彼がそうしてくれなかったら、私はこの人達に怒られていたのではと思う。

もし怒られていた場合は、弟子達にも迷惑かけていたかもしれないよね。


「リュナドさんに感謝だなぁ」


本当に私は何時も迷惑をかけてばかりで、助けて貰ってばかりだなぁ。

なのに彼はその事に感して何も言わないから、気が付くのが遅れてしまう。

でも気が付いたならちゃんとお礼を言わなきゃだよね。


「精霊達、リュナドさんがどこに居るか解る?」

『『『『『キャー♪』』』』』

「ん、お願い、案内して」


精霊達は彼の居場所が解るので、お願いして彼の元まで案内してもらう。

そうして暫くキャーキャーと楽し気な精霊の後ろを歩き、少し騒がしい場所に出た。

人の気配が多いので、そっと様子を伺う様に顔を出す。


それとほぼ同時に槍が空を舞い、カンッと地面に落ちる音が響いた。


「ま、参りました・・・!」


それは僧兵が手放した槍らしく、その前には訓練用の槍を構えるリュナドさんが居る。

彼は僧兵の敗北宣言を聞いてから、ゆっくりと槍を引いて息を吐いた。

そういえば少し訓練をしたいって言ってたっけ。僧兵達としてたんだね。


ふと周囲に視線を走らせると、パックとメイラが端っこで見学していた。

なのでリュナドさんが次の相手と始めるのを見て、そーっと二人の方へ回り込む。


「あ、セレスさん」

「先生、ミリザ殿との話は終わったんですか?」

『『『『『キャー?』』』』』

「うん、終わったよ。仕事の時間が来ちゃったからね」


今日は昼食後にミリザさんと軽くお茶をしていたけど、余り長くは無かった。

何だか今日は忙しいらしく、けど仕事なので引き留める訳にもいかない。

そんな事を答えながら、メイラを後ろから抱きしめる様に座る。


パックはそっと横にずれた。ズレなくて良いのに。


「お昼食べた後から、ずっとやってるの?」

「はい、リュナドさん凄いですよ。ずっと勝ってます」

「今日のリュナド殿は割とゆるりと動いている様に見えますが、それが余計に技量差を感じさせますね。僧兵達は忖度なく手合わせをしていますが、かなりやり難そうにしています」


二人の言葉を聞きながら彼に視線を向けると、確かにパックの言う事が解る。

今の彼はアクセサリの強化を使わず、精霊は鎧に魔力を通していない。

素の状態だからそんなに早くないけど、槍さばきの綺麗さがそれを補っている。


そして相手の動きを先読みする様に動くから、僧兵はとてもやり難そうな様子だ。

最近打ち合ってなかったけど、また腕を上げてる感じがする。

今手合わせをしたら、もう槍じゃ勝てないかも。


「強くなったなぁ、リュナドさん・・・ううん、ずっと前から、強かったね」


以前は私の方が技量はあったけど、彼はそれを補う程に心の強い人だった。

今の彼の姿は、それを思えば当然の姿なんだろう。そう思う。

誰かを守る為に、街の人を守る為に、その為に戦える強い人。優しい人だから。


『それは気になる話ね』

「あ、人魚、今日も僧侶服なんだ」


そこで後ろから人魚が現れ、私に背中に抱き着いて来た。

彼女の体形が解り難くなるような、ダボッとした僧侶服を着ている。

ここに来てからは殆どこの服で、姿を消した所は見ていない。


『だってミリザにも竜神にも頼まれちゃ、仕方ないじゃない。私の体が魅力的だから、僧侶達には刺激が強いみたいだもの。私としては、それも修行だと思うのだけど。ねえ、パック?』

「・・・僕からは何とも」


人魚の問いかけに対し、パックは気まずそうに視線を逸らした。

その様子に人魚はクスクスと笑い、何故かメイラも笑っている。

私は何故パックが気まずそうなのか解らなくて寂しい。


『ま、良いわ。それでリュナドの話だっけ。昔の彼の話、いい機会だしゆっくり聞かせて?』

「あ、うん、良いよ。と言っても、彼に会ってからの話しか出来ないけど」

『だから良いのよ。むしろそれを聞きたいの』

「そう? 解った。ええと――――――」


その日は暫く彼の事を話しながら、彼の手合わせを眺めて過ごした。


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「随分と夫婦旅行を楽しんでいる様だな、リュナドは」


本来リュナドがやる予定だった書類を手に、面倒臭さを隠さずに愚痴を言う。

元の予定はすぐ帰るという話だったはずなのに、随分と長く留まっている。

精霊から連絡を貰っているから、問題が無い事だけは解っているが。


・・・いいかげん、嫌そうな顔で手紙を持ってくるのだけは止めて貰えないだろうか。


「奴らはまだ結婚はしておらんだろう。それに錬金術師の事だ。理由が有るに決まっている」


火傷顔のジジィはその愚痴に対し、解り切っている言葉を返して来た。

相変らずこのジジィは領主への敬意が無い。一生持たないとは思うが。


「どうせ似た様なものだ。時間の問題だろう、あの二人は」


錬金術師の事は解り切っているので、夫婦という点にだけ言い返した。

あの女が何の意味も無く滞在期間を延ばす、等と言う事をする訳が無い。


「ふん、どうだか。あの男は存外煮え切らん人間の様だと最近感じている。このままずるずると老人になるまで関係変わらず、という可能性も少なくは無いぞ」

「否定出来ないな・・・」


精霊公と錬金術師の仲は最早公然の話であり、疑いではなく誰もが確信を持っている。

それは勿論俺や火傷ジジィも同じで、正直なところ早く結婚しろとしか思わない。

というか、何の関係も無い男女が、領主館の訓練場で抱きついてて堪るか。


「貴様としては、早く身を固めて欲しいのだろうがな」

「当たり前だろう。そうなれば最早何の憂いも無くリュナドに領主を押し付けられる」


この街は錬金術師の力で栄えた街で、精霊公が守り続けた街だ。

ならば誰がこの街の主であるべきかなど、今更問うまでも無い。

最早領主の俺の事等、街の民は覚えていない可能性すらある。


「貴様も貴様でもの好きよな。あれだけの配下を持てば、本来権力を欲するだろうに」

「ふんっ、元々は貧乏街の領主だったんだぞ。欲を出せば分不相応で身を崩すわ」

「確かに、目に見える」

「うるせえ。否定しやがれ」


くっくっくと笑う火傷顔は、それだけで無駄に迫力がありやがる。

てめえに言われ無くなって、背負えるのは貧乏街程度―――――。


「っ、なんだ、今の音は」

「近いな、訓練の音・・・ではないな、これは」


最近段々聞きなれた音が、屋敷の中で響いたように感じた。

同時に使用人達や、兵士達の怒号も響いている。

どうするべきかと悩んでいると、ジジィが扉に手をかけた。


「状況を見て来る。貴様はここでじっとしていろ」

「馬鹿か、ジジィに何が出来る」

「貴様の盾程度にはなる」

「それこそ馬鹿か。俺の命など、今更大した事でもな―――――」


言いたい事を言い切る前に、バタバタとした足音が近づいて来る。

ジジィは咄嗟に扉から離れ、懐から短剣を取り出した。

俺も立てかけてあった剣を手に取り構える。


「失礼します! 敵襲です! 既に敵は屋敷に入り込んでいます!」


だが現れたのが自分の兵である事に、ほっとしながら剣を降ろした。

とはいえ気を抜く事は出来ない。何故ならあの音が、あの脅威が近くで響いている。

金属を打ち鳴らす音も聞こえるので、武装はアレ一つという訳ではないのだろうが。


「精霊達は気が付かなかったのか?」

「解りません。ですが何時もの警告はありませんでした」

「・・・精霊達を過信しすぎていた、という事か」


賊の侵入、諜報員の判別、そういったものを、今まで精霊達が悉く暴いて来た。

だが今回の敵は精霊達の目をかいくぐり、街どころか領主館まで―――――。


「っ、おい、街はどうなっている!」

「正確な所は解りません。ですがあの音は街の方でも鳴っております。恐らくは・・・」

「クソがぁ!」


思わず机を全力で殴ってしまった。

領主館を襲うだけならいい。それだけなら俺の命を持って行けばいい。

何の役にも立たん人質にでも何でもなってやろう。それが俺の役目だ。


だが宣戦布告も無く街に襲撃だと!? ふざけるなよクソ野郎が!!


「精霊兵隊は全員領主館を守っちゃいないだろうな!」

「っ、はい、領主館内では見かけておりません」

「なら良い。それで良い」


今連中に確実に対抗できるのは、精霊兵隊の面々のみだ。

他の兵士達にも訓練は施したが、出来る事に限界がある。

ならば単独で対処可能なアイツらは、領主などより街を守らせるべきだ。


恐らくアスバとフルヴァド殿も、街の方に出て行っているはずだ。

民に多少の犠牲は出る可能性は否定できないが、負けるという事はないだろう。

そうだ、冷静に考えれば、負けはしない。この戦いに敗北は無い。


ならば何が問題か・・・俺が生きていられるかどうかって所か。


「・・・はっ、丁度良いか。アイツに領主を押し付ける理由が出来たな」

「死ぬつもりか、馬鹿領主」

「さてな。あちらさん次第だろうよ、クソジジィ。貴様こそ早く逃げろ」

「所詮一度死んだ身だ。息子の立派な成長も見れた。あの女の弟子として生きている限り、あ奴の前に障害など存在せんだろう。付き合ってやる」


共に向かうのが気に食わないクソジジィか。嫌になる話だ。

しかし、錬金術師も裏をかかれるか。いや、そうだな、あの女も人間だ。

特に今回に限っては読めていない所があると、リュナドからも何度か報告を受けていた。


まさか国同士の戦争のルールを破る、なんて思っていなかったのかもしれんな。

いや、ここまでが破らずに進軍していたからこそ、裏をかかれたといった所か。



・・・だがもしこれが想定通りであるならば、それもそれで一興だ。

任せたぞ、リュナド。

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