第559話、もうそろそろ帰る事を決める錬金術師

ミリザさんの国に来てから、私はかなり充実した毎日を送っていると思う。

毎日毎日弟子達と飛び回って、休憩の合間に友人とお茶して、夜は大好きな人と寝る。

弟子達が一緒に寝てくれないのは少し残念だけど、それでも楽しい日々だと思う。


まあ私らしいと言うべきか、それ以外の人とは全然絡んでないのだけど。

ミリザさんの御付きの人とすら、殆ど話をした覚えも無いし。

ただ彼女は私に優しい目を向けてくれるから、特に緊張する事も無く過ごせている。


けど毎日そんな事をしていると、流石にやる事も無くなってくる。

目ぼしい薬草の類は大体見つけたと思うし、魔獣や動物も大概教えられたと思う。

これ以上細かい物を探すとなると、長期調査になって来ちゃうかな。


それはそれで楽しいとは思うけど・・・そうなるとまた話が変わって来る。

もう長期滞在という話ではなく、暫く住むレベルで生活って話になっちゃう。

流石にそれはちょっと、そこまで家精霊を放置は私には出来ない。


まだ数日滞在するつもりはあるけれど、私の帰る場所はあの家だから。

それに本格的に長期調査をするつもりなら・・・それこそ家から荷車を飛ばせば早いし。

私がこの国に長く滞在しているのは、あくまでミリザさんと顔を合わせる為だ。


だからこそ、そろそろ帰ろうと思ってる、って事を彼女に伝えなければいけない。


「だから、もう数日したら、帰ろうかなって、思ってるんだけど・・・」

「そう、ですか。数日で・・・寂しくなりますね」


今日も今日とてのんびりをお茶をするミリザさんに、私の予定を伝えた。

すると彼女は予想通りと言うべきか、残念そうで寂しそうな顔を見せる。


「うん・・・ごめんね」


私が居なくなる事を寂しいと思ってくれるのはとても嬉しい。

居て欲しいと願う彼女に対し、帰る予定を伝えるのも心苦しい。

申し訳ないとも思うし、今の謝罪は心から出た言葉だ。


「でも、何時かは、帰らないと、だから」


きっと家では家精霊が私の帰りを待ってくれている。

ライナもきっと、私の無事を心配してくれている。

リュナドさんの事も、何時までも連れまわすのも申し訳ない。


むしろそろそろ彼だけでも帰る、なんて話になってもおかしくない。

その場合は私も帰る。帰るしかないのではなく、彼と一緒に帰りたくて。

だからこそ、私の帰る場所はあの家で、あの街なんだ。


「セレス様さえ良ければ、ずっと過ごしてくれても良いのですけど・・・駄目でしょうね」

「それは・・・うん、ごめん」


私がもしこの国に住むという事になれば、きっとリュナドさんは帰ってしまう。

だって彼の仕事は、あの街の兵士だ。街の住民を守る為に仕事をしている。

なら住民じゃなくなった私の事なんて、守る理由は何も無くなってしまう。


彼に会える理由も、彼が助けてくれる理由も、無くなってしまうんだ。

勿論友達として会いに行けば、きっと彼なら優しく迎え入れてくれるとは思う。

けど、それだけじゃ足りないと思うのは、私の我が儘だろうか。


いや、きっと我が儘だ。彼を振り回している自分を理解しているのだから。

甘えている自覚が有って、それでも彼に甘えてしまう。

そんな自分が彼の居ない所で生活できるかと言われたら、したくないと言うしかない。


出来るか出来ないかじゃない。やりたくないんだ。私が彼の傍に居たい。

それにライナだって頻繁に会えなくなる。彼女に会えない日々が続くのはとても辛い。

私にとって彼女はかけがえのない親友で恩人で、離れたくない相手だから。


「ふふっ、謝らないで下さい。こうやって長期滞在してくれただけで、とても楽しかったのですから。こんなにも気を張らず、のんびりと過ごせる時間が有る。それがどれだけ嬉しいか」


けれど謝る私に対し、彼女は穏やかに笑ってそう告げる。

相変らずの優しい笑みに、ほっと息を吐く私が居た。


「ありがとう、ミリザさん」

「それは、こちらこそと言うべきでしょうね。ふふっ」


心から嬉しそうに、穏やかに笑う彼女の笑顔は心が安らぐ。

この国に来た時もそうだったけど、多分竜神と彼女の力もあるんだろう。

家精霊が住人と客人を癒すのと同じで、彼女は人の心を安らがせる力が有る。


私にとってはとても付き合いやすい人だ。そもそも優しい人だしね。


「ですがまだ、数日という事は、すぐに帰る訳ではないのですよね?」

「うん、もうちょっと滞在するつもり」

「ならまだお別れではないですし、しんみりした気分になるのは早いでしょう?」

「ふふっ、うん、そうだね」


確かにそうだ。まだ数日滞在するのだから、まだ別れの時間じゃない。

しんみりした空気で寂しがるのは、実際に別れの日にすれば良い。

今はこうやって、友達と和やかにお茶をして話せている事実を堪能しよう。


「ミリザさんが友達で、本当に嬉しい、な」

「ふふっ、それもこちらこそ、ですよ」


穏やかに笑うミリザさんと、それを優しく見つめる御付きの人。

そんな優しい空間なおかげで、私も落ち着いた気持ちで接する事が出来る。

こういう人だから、私は友達になり易かったのだと思う。


アスバちゃんは・・・まあ、ちょっと、例外だけど。

彼女と友達に慣れたのは、私の性格を考えると奇跡だよなぁ・・・。

あ、でもでも、本当は優しい事は解ってるよ。うん。優しい。


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「あちらの動きをどう見る」


愉快気な声音と共に、苦しい質問が投げつけられた。


「・・・正直な所、解らないと答えるしかないのが本音です」

「ははっ、本当に正直だな」


私の無様な返答を聞いても、その愉快気な声音が変わる事は無い。

当たり前だ。目の前の男は狂人だ。だから何か月もかけた進軍などをやれるのだ。

国の疲弊など知った事では無い。疲弊した分を蹂躙した国から巻き上げれば良いと。


負けた時はその時だと、死ぬ事すら楽しみにしている節がある。

そんな人間だからこそ私に目を付け、そして私の力を振るう事を許した。

私の作った兵器に、魔力も魔法の資質も必要としない武器に、興味を示した。


「彼の者は策士としても知られている女です。あの行動に何の意味も無いとは思えません」

「挑発なのでは?」

「その可能性は、勿論高いでしょう」


件の錬金術師は、工作を仕掛けるはずだった国を飛び回り、国土全てで警戒を見せた。

それ所か監視の目をあざ笑うかの様に、狙ってみろと言わんばかりに身を晒している。

もしあの挑発に乗って暴走する者が出れば、その場で開戦という事になるだろう。


そうなればどうなるか・・・こちらの勝ち目は限りなく薄くなるというしかない。

腹立たしいが、心の底から腹立たしいが、正面から戦っても勝ち目など無い。

あの女はそれだけの力を持っているし、竜の存在を甘く見る気も起きない。


「けれどあの女は策士。ただ挑発の為だけと考えるのは、危険かと」


あの女の経歴は、調べれば調べるだけ、吟遊詩人の物語かと思う話が多い。

余りにも相手の策を知り尽くし、逆手にとって優位に運ぶ。

技術面での脅威よりも、あの女の本当の脅威はそこだ。


何をするつもりで、どんな結果を狙い、何をしでかすか解らない。


「ですが私共に出来る事は、予定通りの進軍だけかと」

「ふふっ、初敗北の戦争になりそうだな」

「・・・させませんよ。あんな女に、負けてたまるものか。あの国を、あの国こそを叩き潰せるなら、私はもう死んだって良い。これで最後で構わない」

「くくっ、私も大概だが、貴様も大概狂人よな」


きっと今の私は酷い顔をしているのだろう。正気などとは思えない表情を。

けれど、そうさせたのはあの女だ。そしてあの国だ。

魔法を扱えない錬金術師を排除したあの国を、私は絶対に許さない。


魔法に頼らない技術こそが、誰にでも伝えられるべき技術だ。

錬金術師を名乗るのであれば、才能に頼らない学問こそを重視するべきだ。

魔法の技術に偏った錬金術師など、その代を終えれば潰える技術に過ぎない。


そんな物を錬金術とは、錬金術師とは認めない。


「私を、私達を、認めさせてやる・・・!」


私と、仲間の作った物で、奴らに吠え面をかかせてやる。

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