第558話、折角なので飛び回る錬金術師

何かを、大事な事を何か忘れている気がする。

そんな事を考えながら食事して、食べ終わる頃にはっと気が付いた。

そうだよ、私この国に来た一番の理由をまだ終わらせてない。


早く聞かないと、ミリザさんはもう席を立って仕事に向かう所だ。

慌てて彼女に近寄って、懐に手を入れつつ声をかける。


「ミリザさん」

「はい、何でしょうセレス様」

「えと、コレ、なんだけど」


懐から手紙を出して差し出し、彼女はその手紙を受け取る。


「ごめん、ちょっと、忘れてた」


正直に忘れていた事を謝ると、彼女はにっこりと優しい笑顔を見せる。


「お気になさらず。むしろそこまで気を使って頂けた事を嬉しく思います」

「だって、友達の事だし」

「―――――ふふっ、そうですか・・・本当に嬉しいです」


言葉通り嬉しそうな声音で、きっと表情もたがわぬ笑顔が想像できる。

こういう時、顔が見れないのはちょっと残念だな。仕方ないんだろうけど。


「では、失礼致します。また後で、ゆっくりお茶でも致しましょう」


そして彼女は僧侶の礼をして、他の僧侶達と共に仕事に向かった。


「・・・あ、あれ?」


いや、え、あれ? て、手紙の話は? 何か困ってたんじゃ?

あ、いやでも、後でゆっくりお茶をって言ってたし、その時するのかな。

私は暫く滞在する事になってるんだし、空いた時間に話す余裕はある、よね?


「さて、セレス、今日はどうするんだ?」

「ん、そう、だね・・・うーん」


結論が出た所でリュナドさんに問われ、視線を弟子達へと向ける。


「二人は、何か要望は、ある?」

「私は特にないです。セレスさんの指示に従いますよ」

「僕も同じくです。先生が休むのであれば異論ありませんし、授業があるのでしたら喜んで受けるだけです」

『『『『『キャー♪』』』』』

「そっかぁ・・・」


私としては、ここに居る間のんびり休み、でも構いはしないと思っている。

でもパックは授業があるなら喜んでって言ってるし、勉強したいっぽいよね。

二人と何時も一緒に精霊達も、やる気満々で鳴き声を上げている。


となれば・・・そうだね、折角別の土地に居るんだし、この土地で勉強しようか。

前に来た時は周辺を少しだけは見て回ったけど、本格的には見れてないし。


「じゃあ、少しこの国を見て回ろうか。まだ実物を見た事のない魔獣とか、珍しいし動植物とかもあるかもしれないし」


精霊の山には殆どの植物が生えている。それは殆どであって全てじゃない。

だからまだ二人には、知識でしか教えていない動植物が幾つもある。

折角だからその辺りを探す方向で、この国を散策させて貰うとしよう。


「「はい!」」

『『『『『キャー!』』』』』


嬉しそうに返事をする弟子達の様子に、ほっと息を吐く。

じゃあ勉強をと思った物の、頭の片隅でちょっとだけ不安だったから。

本当は休みたかったりするのかなとか。私の勘違いじゃないよねとか


「それじゃあ、一旦部屋に戻って、鞄を取りに行かないと」

「セレスさん、今日の移動は絨毯ですか?」

「・・・えっと、メイラは絨毯の方が、良い?」

「はい」


うーん、何か良い物を見つけた時の為に、荷車でと思ってたんだけどな。

でもメイラの目が物凄くキラキラしてて・・・うう。


「絨毯で、行こう、か」

「はい!」


うん、良いんだ。弟子が楽しいならそれで。嘘じゃないよ。

まあ鞄に入らない様な物でも、絨毯に縛れば何とかなる、かな?


「人魚はどうするの?」

『私の事は気にする必要は無いわ。ただそこに居るだけのつもりだもの』

「そう? でも何かあったら言ってね」

『気持ちだけ受け取っておくわ。そもそも私はここに居るだけで楽しいのよ』


僧衣姿の人魚は、ニヤッとした笑みをリュナドさんへと向ける。

その気持ちは解らなくはない。私も彼の傍に居られるだけで嬉しい。


「じゃあ、俺はとりあえず鎧着て来るか・・・」

「あ、うん、そうだね。一度部屋に戻ろう」

「はい先生」

「はい、セレスさん」

『『『『『キャー♪』』』』』


そうして一度部屋に戻り、それから改めて街の外へと飛び立った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


食事の後、セレスは例の手紙をミリザ殿に返していた。

忘れていたと言っていたが、本当かどうかは怪しい所だ。

ともあれアレを返すという事は、昨日の話を確実な物にしておきたいと言う事だろう。


手紙を出した事実など無かったと。法主は何も対策など講じなかったと。

この国はあくまで無関係である事を貫かせるつもりなんだろうな。


「さて、セレス、今日はどうするんだ?」

「ん、そう、だね・・・うーん」


そこでセレスは弟子達に目を向け、そして表面上は授業をしようと口にした。

いや、セレスの事だ、実際に勉強をさせるつもりはあるんだろう。

だがこのタイミングで国を回ろうという言葉が、額面通りだとは思えない。


それはおそらくパック殿下も同じ事で、何かを察した表情を見せていた。

むしろ彼の場合、セレスの策に使われる事を喜んでいる節がある。

本当にこの王子様は、頼むからもうちょっと身の安全を確保してくれねえかな。


メイラは解っているのかどうか、ちょっと悩む処だが。

この子賢いんだけど、所々抜けてるんだよな。


ともあれ絨毯での移動が決まり、念の為俺は竜の鎧を着ていく事にした。

何があるか解らない今の状況なら、念には念を入れて悪い事は無い。


「じゃあ、行くよ。メイラ、大丈夫?」

「はい、任せて下さい!」


セレスが絨毯を飛ばすと、ふんすと気合いを入れて同じく飛ばすメイラ。

もう最近はフラフラした様子は無く、安定した軌道で飛んでいる。

偶に風に煽られている時があるが、それでも安定してると言って良いだろう。


俺とパック殿下はお互いに苦笑しながら、前に座る人間に抱き着いている。

そうしてセレスは絨毯の機動力に物を言わせ、国内を飛び回っていく。

時には急降下して何かを拾いに行ったり、それを弟子達に見せたりしながら。


魔獣が現れた際には、その魔獣の特色や、使える部位の授業が始まった。

ついでに一番素材を綺麗に確保できる仕留め方なども。

ただその仕留め方は、お前ぐらい技量が無いと無理だと言いたかったが。


そんなこんなでセレスは一見授業をしているだけ、に見える。


「・・・煽ってるなぁ」


セレスはこの国のギリギリ、国境を越えない様に飛んでいる。

精霊が作ったのであろう地図を確認しながら、まるで監視を煽る様に。

今なら狙い撃てるぞと、そう言わんばかりの所を飛んで居る。


「・・・胃が痛い・・・気がする」


殿下は気が付いてあの余裕顔なんだろう。彼はそういう人間だ。

メイラは・・・多分解ってないんだろうな。

弟子達も危険に晒してる状況なんだが、本当にお前はそれで良いのか。


俺は何時あの弾丸が飛んで来るか、気が気じゃねえんだが。

でもセレス的には、自分狙ってくれた方が都合が良いんだろうなぁ。

防ぐ自信があるんだろうけど、脅威を知ってるだけに勘弁してほしい。

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