第557話、何かを忘れている錬金術師

朝食の準備が整ったと声をかけられ、パック達とも合流して食堂へ。

到着した食堂では、既にミリザさんが着席して待っていた。


「すまないミリザ殿、待たせたか」

「いいえ、私が勝手に先に来ただけですので」


ふふっと穏やかに笑う彼女は、何だかとてもご機嫌に見える。

とはいえ今の彼女は顔に布が合って、表情は見えないのだけど。

でも何となく、柔らかい笑顔で笑っているように思える。


「おはよう、ミリザさん」

「ええ、おはようございます、セレス様」


挨拶を返してくれる彼女の雰囲気はとても心が安らぐ。

話していると自然と笑顔になってくるのは、彼女の人柄の力だろう。

とはいえ私は今仮面をしているから、お互い笑顔は見えてないと思うけど。


「パック様とメイラ様も、おはようございます」

「はい、おはようございます、法主殿」

「おはようございます」

『『『『『キャー!』』』』』

「ふふっ、はい、おはようございます、精霊様」


弟子達も笑顔だし、やっぱり一緒に連れてきて良かった。

まあ精霊達は何時も通り元気だけど。


「では皆さま、お席に―――――」

『精霊公様、錬金術師様、朝食をお持ち致しましたー!』


ミリザさんが私達を席に誘導しようとした所で、大きな声が響く。

凄く聞き覚えのある声で、見ると僧侶服の人魚が盆を抱えていた。

やっぱりついて来てたんだね。ただその服はどうしたんだろう。


「・・・やっぱり居たのかお前。というか何なんだその恰好」

『あ、これ? 法主様に貰ったのよ。竜神様にご挨拶ついでに、彼女にも挨拶に行ってね』


居ないと思ったら、竜神の所に行ってたんだ。

何時からいなかったんだろう。

まあ良いか。何にせよ、ミリザさんと仲良くなったようで良かった。


「いえ、その、彼女の姿は、その、少々、この場では・・・えっと」

「・・・ご迷惑をかけて申し訳ない」

「ああいえ、お気になさらず! 神性とはそういう物だと解っておりますので! むしろこちらの要望を聞いて頂けた事を大変ありがたく思っておりますから!」

「・・・そう言ってくれると助かる。いや、本当に」


え、な、なんだろう、突然リュナドさんが謝って・・・何か迷惑をかけたのかな。

いや、神性って言ってるし、人魚が何かしちゃったのかもしれない。


「ミリザさんに、迷惑かけちゃ、ダメだよ?」

『はいはーい。解ってるわよ。この娘はセレスの友人でしょ。なら私が彼女を害する理由なんて一つもないわ。それに彼女の事は好きよ。あの干物が気に入るのも良く解るわ』

「干物?」

『おっと、失言。気にしないで』

「ん、解った」

『ふふっ、セレスのそういう素直過ぎる所、私はとても好きよ』

「そう? そうだと、私も嬉しいな」


私と人魚はリュナドさんの事が好き仲間だ。好かれている事はとても嬉しい。


『・・・所で気になってるんだけど、何でコイツ等こんなに元気無いの?』


人魚はお盆をテーブルに乗せると、足元を見て首を傾げる。

そこに居るのは精霊達。ただし『朝食』と聞いた所で元気がなくなった精霊達だ。


「精霊様は、我が家の食事が余り口に合わない様ですから」

『『『『『キャー・・・』』』』』


ミリザさんが申し訳なさそうに答え、精霊達はそれでもテーブルに集まって来た。

とぼとぼ、と表現するのが相応しい足取りで、本当に嫌そうなのが解る。

精霊達にとって、ここでの食事た美味しくない物を食べる時間だ。


ただ不思議なのは、そんなに嫌なのに食べる事なんだよなぁ。


「嫌なら、食べなくても良いんだよ?」

『『『『『キャー!』』』』』

「そ、そっか、ご、ごめん・・・」


食べないのは駄目らしい。良く解らないけどそういう事らしい。

うーん、もしかして山精霊の制約に、出された物は食べる、とかあるのかな。

ここでの食事以外で嫌がってる所見かけてないし、ちょっと良く解らない。


「それでは皆様、頂きましょう」


そうこうしている内に、テーブルの上には全員分の食事が揃う。

口に入れると相変わらず美味しくはない。けど体は元気になる食事だ。


『『『『『キャー・・・』』』』』


精霊達、あからさまに美味しくなさそうに食べるのは止めよう?


『『キャー♪』』


あれ、ふふんって笑ってる精霊も居る。僧侶服ですまし顔だ。

あの子達はここの食事が美味しいのかな。

やっぱりこの子達の事は全然解んない事ばっかりだ。


「ところでセレス様、長期滞在をお決めになりましたが、具体的な日数などは決まっておられるのでしょうか」

「ん?」


食事の途中で、ふと思い出したかの様にミリザさんに問われ、私も首を傾げる。

うーん、具体的な日数は決めてないんだけど、決めた方が良いのかな。

いや、決めているのかと聞かれているのだし、素直に答えれば良いか。


「具体的には、決めてないかな。帰りたくなったら、帰ろうかなって、そう思ってる」

「なるほど。ではセレス様が帰りたくなるまでは、共に過ごせるという事ですね」

「うん、そうなるね。迷惑じゃなければ、だけど」

「迷惑だなんてそんな。嬉しいです。本当に」

「そっか。良かった。そう思って貰えるなら、私も嬉しい」


彼女の為に泊って行こうと思った訳だし、喜んで貰えるなら何よりだ。


「セレス様一人で来て下さるのも、大歓迎ですよ?」

「ん、嬉しい。でも、それだと私が、ちょっと寂しいし、辛いかな」

「ふふっ、そうですね」


私一人かぁ・・・うーん、うん、やっぱり寂しいし辛いし怖い。

リュナドさんが居てくれないと、知らない人との対応が出来ないもん。

次来る時も、多分リュナドさんとは絶対一緒だろうなぁ。


・・・あれ、そういえば私、何しにこの国に来たんだっけ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『暫く宜しくね、法主様』

「はい、宜しくお願い致します」


リュナド様について来た神性が、我が神の下に挨拶に来たと聞いた時は驚いた。

そしてその神性と対面して、更に驚いてしまう。余りの美貌に。

女である私ですら見惚れる様な、美の化身と言われても納得できる美女。


「ただ、申し訳ないのですが、衣服を着て頂けると、大変助かります。僧侶たちの中には女人の裸に耐性のない者も多いので・・・」


だからこそ、彼女の姿を許容するのは難しかった。

一糸まとわぬ姿。いや、下半身が人魚なので多少はマシだろうか。

いや、この美貌と上半身の体があれば、男性の百や二百は軽く惑わせられる。


「その、僧衣ならご用意いたしますので、出来れば着て頂けないでしょうか・・・」


この神性の気分を害せば、とんでもない事が起こりえる。

目の前の人魚の力を感じ取れるが故に、恐る恐るの提案になってしまう。

けれど提案をしない方が、後々問題になる気しかしない。


『良いわよ。ここに居る間は僧衣で居れば良いのね?』

「よ、宜しいのですか?」

『だって貴女、セレスの友人でしょ。なら頼みを聞かない訳にはいかないわ。勿論嫌な頼みなら聞く気なんて無いけど、領主館でも使用人服を着てるんだし今更よ』

「あ、ありがとうございます!」


快諾して下さった事に感謝すると同時に、リュナド様の行動に冷や汗を感じる。

あの人はこんなに力の強い神性を、小間使いの様に扱っているのだろうか。

本当に、相変らずあの人は所々でセレス様以上に読めない。


私が本心から怖い人は、あの時からずっと変わらない。

セレス様も怖いけれど、リュナド様の方がもっと怖い。

あの方は、あの方こそが、一番怖い。


「リュナド様とセレス様が共に歩まれている事に、貴女様を見て殊更安堵してしまいますね」

『あら、私は何もしないわ。ただそこに居るだけの存在よ』

「まさか。私には解りますよ。そしてメイラ様にも」

『さーて、何の事かしら?』

「・・・余計な事を申し上げました。忘れて下さい」

『忘れるも何も、私は知らないわよ』


危なかった。今、踏み込むなと、そう感じた。

この神性はとても危うい。本当に、よくこんな存在を傍における。


「では、そろそろ朝食の時間ですので、申し訳ありませんが失礼致します」

『あ、じゃあ運んで来るわねー』

「え、まっ―――――」


止めようと思ったけれど、恐ろしくて止められる訳がない。

複雑な思いを堪えながら、彼女が神性である事を伏せて僧兵に指示を出した。

彼女の行動を邪魔することなかれ。我が神のお達しであると。


「セレス様が滞在されるのは嬉しいけど、彼女の滞在は胃がやられそうです・・・うう」


その後相談をしようと思っていたら、セレス様と神性の仲の良さに何も言えなかった。

今度来るときはセレス様一人で来て貰えないだろうか。あの返事だと無理だろうなぁ。


・・・それにしても、帰りたくなったら帰る、か。

流石のセレス様も、機会が解らないという事もあるのね。

まあ、問題無いでしょう。何せセレス様なのだから。

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