第556話、ただ平穏な時間を過ごす錬金術師

ミリザさんの国に来た翌日の朝、目は覚めていたけど私は起き上がれないでいる。

いや、起き上がりたくないので転がったまま、というのが正しいかな。

だってリュナドさんがまだ寝てるし、動いたら起こしちゃうかもしれないし。


「にへ・・・」


それに彼が起きなければ、その時間こうやっていられる訳だし。

暫く毎日こうやって寝られるって事も考えると、とても嬉しい誤算だ。


最近の彼は大分良く遊びに来てくれるようになったけど、毎日って訳じゃ無い。

むしろ仕事が忙しいのか、暫く来ない日だってある。

そう考えると、ここに泊っている間は毎日彼と一緒なんだよね。


「すんすん」


リュナドさんの胸に顔をうずめながら、彼の匂いを嗅ぐ。

もう随分と嗅ぎなれたと思う。匂いで彼だと判別できそうな程に。

だからなのかな、昔よりこの位置に居る事に安心感があるのは。


なつかしいな。初めて彼に抱きしめられたのって、黒塊の時だっけ。

あの時から・・・ううん、もっと前から、本当に助けて貰ってばっかりだな。

そうだ、彼には最初から助けて貰っていた。この街に始めて来た時から。


碌に言葉も発せなかった私に、優しく対応してくれた門番さん。

ふふ、名前を教えて貰った後も、暫く門番さんって呼んでたなぁ。

ライナ意外で縋った人も、リュナドさんが初めてだったね。


「・・・大好き」


解っている。私が彼に迷惑をかけてばかりな事は。

だから本当は、きっと私が傍に居ない方が彼にとっては良い。

優しい人だから。友達だから。そんな理由は私の勝手な想いだから。


でも、もう、離したくない。この人に離れて欲しくない。

ずっと、一緒に居たい。リュナドさんにとって、迷惑でも、一緒に。


「我が儘だなぁ・・・」


こんな自分が何時か嫌われないか、何時だって不安で堪らない。

けど優しい彼が私を嫌うなら、それはもう取り返しがつかない時だろう。

彼は私に甘すぎる。ならその時の私は、そんな彼が嫌う様な事をしたのだから。


「・・・嫌われない様に、頑張ろう」


ここに居る間は毎日一緒なのだし、余計に迷惑をかけないように気を付けないと。

ちゃんと自分の想いを伝える。彼に言うべき事は全部話す。

彼との大事な約束は、しっかり守って行動しないと。


「ん・・・」


あ、リュナドさんが起きたっぽい。


「おはよう、リュナドさん」

「・・・おはよう」


最近の彼は、寝起きがちょっと悪い。

大体目を覚まして数分はぼーっとしている。

ただそれは、私の家だけでの事かと思ってたんだけどな。


今まで他領や国外で一緒に泊った事は在るけど、大体寝起きは良かったよね?


「セレス・・・」

「ん、なに、リュナドさ―――――」


名前を呼ばれたので応えようとしたら、ぎゅっと頭を抱えられてしまった。

あれ、もしかしてリュナドさん、寝ぼけてるのかな。まあ良いか。

頭を撫でる手が気持ち良いし、このまま撫でられながら二度寝も悪くない。


なんて思っていると、少しして撫でる手が止まった。


「・・・すまん、起きた」

「あ、おはよう、リュナドさん」


別に謝る必要は無いんだけど、彼は謝りながら私から体を離して起き上がった。

むしろそのままで良かったんだけどな。彼の手に撫でられるのは気持ち良い。


『『『『『キャ~・・・』』』』』


私達が体を起こしたからか、精霊達も続々と伸びをして起き始めた。

まあ、全然起きる気配が無い子も居るけど、この子達はそんな物だ。

恐らく朝食の時間には目を覚ますはず。それだけは間違いない。


「・・・いねえな?」

「ん、リュナドさん、どうしたの?」


そこで彼がキョロキョロと周囲を見回し始めた。

誰を探しているんだろう。精霊達の数は・・・変わって無いと思うけど。


「いや、人魚が居ねえなと思って。てっきりついて来てると思ってたんだが・・・もしかして、アイツ街に残ったのか? まあ、その方が俺は気が楽だが・・・」

「あ、そういえば、見てないね」


人魚はリュナドさんについて来た。なら彼について来てもおかしくないよね。

ただ彼女が完全に姿を隠すと、私たちどころか精霊にも見つけられない。

どうやら家精霊の目すら欺いたらしいので、その隠匿性は凄まじいの一言だ。


「ま、良いさ。アイツ相手は気にした方が負けだ」

「負けなの?」

「毎日アイツに付き纏われてると思うと精神的に疲れる。姿が見えない時はいないと思う様にしてるんだ俺は。姿を見せてる時は見せてる時で、余計な事してくれるしな」

「そうなんだ」


とりあえず人魚の事は納得した。ただ一つ気になる事がある。


「リュナドさん、何でこっち向かないの?」

「・・・着替えるだろ」

「・・・あ」


そう言われてふと、自分の姿を確認する。

普段着ではなく、薄い布を纏った自分の姿を。

ああ、そうだった。忘れてた。今日薄い方の寝間着なんだった。


寝る前に鞄を確認したら、中に入ってたんだよね。

多分家精霊が足したんだと思う。泊まるかもって言ったからかな。

一泊だけなら気を遣いすぎだと思ったけど、暫く泊まるとなると助かると思った。


ただリュナドさんの前で着れるかと考え、よく考えたら私は彼にこの姿を見られている。

恥ずかしくないかと言われたら恥ずかしい。けど、彼なら大丈夫かなって、思ったから。

でもどうせなら、弟子達とお揃いにした方の寝間着を入れておいて欲しかった。


「・・・あ、うん、えっと着替えるね」


ただ流石にそれ以上は恥ずかしいから、彼が後ろを向いている間にさっと着替える。

彼もその間に服を着替え、ただ鎧を着る気は無いみたいだ。


「さて、朝食はどうするか・・・その辺りミリザ殿に聞くのを忘れたな」

「そういえばそうだね」


なんて話していると、僧兵さんが扉をノックして朝食の事を訪ねて来た。

ミリザさんと一緒に食べるかという話だったので、お願いすると答えておく。

勿論リュナドさんが。私は扉からは死角の位置で待ってた。


返事を聞いた僧兵さんは、準備が出来たらまた来ると告げて扉を閉めた。


「さて、準備が出来るまでどうするかな」

「メイラとパックは寝てるかな?」

「どうかな。寝ていたとしてもさっきの僧兵が起こすだろ」


確かに。足音が二人の部屋に方向だったし、多分同じ様に聞きに行ったんだろう。


「リュナドさんは、何かしたい事あるの?」

「いや、特には。ああでも、朝食の後に軽く訓練はしたいな」

「そっか、なら今は抱き着いてても、良い?」

「・・・いいよ」

「にへへ、ありがとう」


許可を貰えたので、大喜びで彼に抱き着く。


「大好き・・・大好きだよ」


彼との約束通り、胸に浮かぶ想いを全部口にしながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『今、何かを見逃した気がする・・・!』

『・・・何を訳の解らぬ事を言っていル』

『ああ、こっちの話』


目の前にいる干物にヘラっと応えながら、内心は失敗したかなと思っている。

とはいえこのままだと動き難い。自由に動く為には話を通した方が良い。


『それデ、御身は守護者に付く神性と言う事でいいのだナ』

『神なんて大層な物じゃないわ。あえて言うなら。私はただの欠片みたいな物よ』

『そうとは思えぬ力を感じるがナ』

『さて、どうかしらね』


リュナドが国外に出かけると言うから、姿を消してそのまま引っ付いて来た。

ただそれが良くなかった。この干物が居るせいで、姿を現すのに時間が必要になったのよね。

この建物というか、この国全体にコイツの力が広がっているせいかしら。


とはいえ街の外なら問題無かったんでしょうけど、この建物に入った瞬間駄目だった。

濃密な力に邪魔されて、姿を固定できず、しかも力が『ここ』に流れていく。

そのせいで途中から意識が纏まらなくて、何にも見えてなかったのよね。


結果姿を現すのに朝までかかって、その上干物とご対面になっちゃった。


『まア、良イ。彼の守護者が連れて来たのであれバ、我が身が構う事では無イ』

『良いのかしら? 嘘をついているかもしれないわよ?』

『守護者が『人魚』と口にしタ』

『ああ、成程。それは間違いなく私ね。見ての通りだし』


どうやらこの干物、ここに居ながら別の場所も見れるみたいね。

その力私にくれないかしら。そうしたら何時でも二人を見てられるのに。

本音を言えば、私はセレスも見て居たいのよね。全く悩ましいわ。


『それに御身からは嫌な気配が無イ。愛し子の抱える呪いの様ナ』

『ああー・・・』


セレスの弟子の事ね。あの子、とんでもない呪い身に纏ってるし。


『じゃあ、ここに居る許可は貰えたって事で、良いかしら?』

『構わんガ、ここに引き寄せた事は我が意だガ、姿を戻せなくしたつもりは無イ』

『あー、成程。じゃあここに居る間は、姿は消さない方が良さそうね・・・まあ良いわ。じゃあ貴方の大事な法主様に伝えてくれる。リュナドの使用人が一人増えるって』

『承知しタ・・・今伝えタ』

『離れてても話せるのね。便利ねぇ』

『その代わりに制約が多イ。御身の様に自由には動けヌ。力も易々とは貸せヌ』


成程。凄まじい力を持っていると思ったけど、その代わり制限が多いのね。


『まあ、暫くよろしくね、竜神様』

『宜しク、魚神殿』

『・・・その呼び方は何か嫌だわ』

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