第555話、友達の願いを叶えたい錬金術師

「ふふっ、精霊公様、どうやら私は力になれない様です」

「そうらしいな」


クスクスと楽しげに笑うミリザさんは、突然リュナドさんにそんな事を言い出した。

力になれないって、何か一緒にやる約束してたのかな?

さっきと同じで何の事か解らず、けど彼は理解している様に見える。


なら、まあ、良いか。良く解らないけど、彼が解ってるなら大丈夫だ。


「パック殿下も、それで宜しいですか?」

「元より法主殿と我々の関係は、わが国ではなく先生と精霊公との間に結ばれた物。お二方が良しと言われている事に、僕が口を挟む権利はありません」


あれ、パックにも確認取るって事は、国同士のお話だったって事なのかな。

そうなると尚の事、私には解らない話になりそうだね。

変な事言わないでお茶でも啜ってよう。


「おいしい・・・」

『『『『『キャ~』』』』』


私がポツリと漏らすと、精霊達も同じ様に気が抜けた鳴き声を響かせる。

ホッとする味にほんわかしていると、ミリザさんの視線が私に向いている事に気が付いた。

あ、あれ、お話はあれで終わりなの? 何かもっと話が続くものかと思ってたんだけど。


「セレス様、今日は泊って行かれるのですよね?」

「あ、うん、最低でも一泊はしようかなって、思ってたけど」

「最低でも、ですか」

「うん。あ、でも状況次第では、数日泊まるつもりだよ」


ミリザさんの問題が、どれぐらい時間がかかるのか解らない。

とりあえず話を聞いてから判断するしかない。

まあ聞いた所で、私にどうにか出来るとは限らないんだけど。


あ、そうだよ。まだその話してないよね。


「では、今日はもう遅いですし、ゆっくりお休み下さい。部屋の用意は既にさせております」


確かに、話をするにしても、どうせもう今日は泊るしかない。

それならゆっくり休んで、明日の朝に話を聞いた方が良いのかな。


「すまないな。突然の訪問で面倒をかける」

「いいえ、元々は私が不甲斐無いばかりに起きた事です。むしろお二方が訪ねて来てくれた事はが喜ばしくあっても、迷惑な事等一切ございません。友人が遊びに来てくれたのですから」


リュナドさんが頭を下げると、ミリザさんはにっこりと笑ってそう告げる。

ただその笑顔は私に向いていて、私の事を友人と呼んでくれたのだと思った。

嬉しいな。友達と思って貰えてるのはすごく嬉しい。


「ありがとう、ミリザさん」

「そんな。こちらこそ、来て頂きありがとうございます、セレス様」


友人として訪ねて来てくれてありがとうと、そう返すミリザさん。

その事実は嬉しくて堪らなくて、本当に最近の私は幸せだと思う。

ライナ以外に友達が居なかった私に、訪ねるだけで喜ぶ友達が居るんだから。


「ふふっ、セレス様さえ良ければ、長期滞在して頂けた方が嬉しいぐらいです。友人と言える、何も気にしないで良い友人と言える方は、セレス様達だけですから。貴女であれば私は私として振舞って許される。弱い私でも許される・・・それがどれだけ嬉しい事か」


そして、そんな友達が、私に長期滞在して欲しいと望んだ。

私を友達と言ってくれる人の願いを聞かされた。

困り事とは別に、今彼女が私個人に願った事に、思わず返答に詰まる。


「・・・セレス様?」


即答できなかった私に対し、首を傾げて私の名前を呼ぶミリザさん。


どうしよう。彼女の願いは叶えたい。だって友達だから。

でも元々はすぐに帰るつもりで、長くても数日程度のつもりだった。

家を長く開ければ家精霊が寂しがる。ライナにだって会えない日々が続く。


それに何より、リュナドさんは仕事を押して来てくれた。

もしここで彼を付き合わせれば、彼の迷惑になってしまう。

彼が傍に居ない。いざという時に頼れない。それは、とても、こわい。


けど、彼女は、たった一人なんだ。周りに居る人達は友達じゃないんだ。


私は街に帰ればライナが居る。リュナドさんが居る。パックとメイラが居る。

家精霊だって温かく迎えてくれるし、フルヴァドさんやアスバちゃんも遊びに来てくれる。

今の私に独りで過ごす日は殆ど無い。毎日誰かが居てくれる。


私が私で居られる友達。仮面が無くても話せる友達。

私の事を友達だと思ってくれる友達が、今の私には沢山居る。

そして目の前に居る彼女は、その友達の一人だ。大事な友達の一人だ。


なら、叶えてあげたい。彼女の傍に居てあげたい。

ずっとは無理だ。私はあの家に帰る。何時かは帰る。私の帰るべき場所はあの家だ。

けど、家に帰りたくなるぐらいの時間は、彼女の傍に居てあげたいと思った。


「・・・俺はお前の決定に従うだけだ。好きにしろ」


無意識に、本当に無意識に彼に視線を向けていた。

許可を求める様な、救いを求める様な、そんな顔を向けていたんだろう。

だから察しの良い彼は私の願いに気が付き、どこまでも甘い答えを口にする。


本当に、彼は、どこまでも私に甘い。


「ありがとう、リュナドさん。大好き」

「っ、セレス、今は、止めよう。な?」


思わず彼に抱き着いたら、やんわりと注意されてしまった。

少し悲しくはあったけど、確かに言われた通り今は返答が先だ。

彼から離れてミリザさんに向き直り、さっき言えなかった答えを告げる。


「暫く、泊っていくね、ミリザさん」


私の答えを聞いた彼女は、それは柔らかく綺麗な笑みを見せた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


長期滞在をして欲しい。法主殿・・・ミリザ殿がそう望んだ言葉でセレスが突然黙った。

一体どうしたのかと彼女が読んでもセレスは答えず、暫く無言の時間が続く。

セレスを間に挟んでむこうの弟子二人も、突然黙った師匠に不思議そうな様子だ。


だが、セレスは唐突に俺に向き直り、見つめて来た。

いや、うん、訂正しよう。下から睨みつけて来た。


正直に言おう。訳が解らん。今の流れで何で俺が睨まれてるんですかね。

手紙の話も綺麗に纏まったし、パック殿下からの許可も下りた。

後はゆっくり休んで帰るだけって・・・あー・・・。


『彼女の言う通りにしろ』


つまり、元から長期滞在の予定だったって事か。

そりゃ一日二日で状況が変わるとは思ってなかったけども。

正直不安が無いと言えばウソになる。俺が居ない間街がどうなるかと。


どうなる? どうにかなると思うか? あの街にはアイツらが居るんだぞ。


アスバが、フルヴァドさんが、イーリエが、精霊兵隊が。

それに今ならイーリエの弟だっている。むしろ過剰戦力だ。

ただ相手がどう出て来るのかという点が、どうしても不安要素なんだが。


いや、セレスがこの態度なんだ。対応は出来ると、そういう事なんだろう。


「・・・俺はお前の決定に従うだけだ。好きにしろ」


不安はある。それでもセレスを信じよう。こういう時のセレスは間違えない。

そうして俺達の長期滞在は決定した。

ミリザ殿から生温い視線を向けられたのは忘れよう。


「では、部屋に案内させますね」


ミリザ殿の指示で僧兵が呼ばれ、用意された客室へと向かう。

どうやら以前の部屋とは違う所らしい。

とはいえ部屋の構造は余り変わらないな。前の部屋と似ている。


違う事が有るとすれば、法主の部屋にかなり近い事か。

前はそこそこ離れた部屋に案内された覚えが有るからな。

前回も要人として扱われはしたが、信用はされていなかったから当然か。


俺達が本当の意味で手を組んだのは、竜神との戦いが終わった時だ。

この部屋の近さは、その意思表示でも有るのかもしれないな。

私はセレス様を信じていると。彼女は行動でしてしているんだろう。


「こちらの通路にある部屋をお好きにお使い下さい」


案内された部屋を確認して居たら、そんな事を言われた。

通路を見ると4部屋有り、ちょうど4人分という事なんだろう。

個室に使うもよし、二人で寝るもよし、好きな様にしてくれと言う事か。


「私どもはあちらに待機しておりますので、何かあればお呼び下さい」


そして僧兵は去っていき、通路からは見えない位置で待機しているらしい。

こちらの事は気にするな、という配慮になるんだろうな。

護衛という点を考えると問題ありそうだが、護衛など不要と判断してか。


「ではリュナド殿、僕はあちらで寝ますね」

「リュナドさん、また明日。おやすみなさい」

『『『『『キャ~♪』』』』』


殿下は通路奥の部屋を選び、スタスタと歩いて行く。

メイラと精霊達も付いて行ったが、二人で一緒に寝るのだろうか。

まあ良いか。あの二人の事に口を出すのは無粋だし、余計な世話だ。


そもそも俺は俺の事すら満足に出来てないしな。言う権利が無い。


「セレスは、どうするんだ?」

「リュナドさんと一緒が良いけど・・・だめ?」

『『『『『キャ~?』』』』』


小首を傾げるセレスに対し、許可を出した俺に何も言えるはずが無い。

精霊共はセレスの真似をしているが、お前ら許可出そうが出すまいが関係ないだろ。


あれ、待って、よく考えたら俺、ここに滞在している間一人の時間あるのか?

前に泊った時とは事情が違うから、毎日一緒は逆にきついぞ・・・!

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