第554話、変わらない事に安心した錬金術師
竜に飛行を任せ、精霊達が制御を変わると言うので荷車も任せた
そうして飛ぶ事暫く、やっぱり竜の速度は段違いだなと思う。
竜は街の手前から少しずつ速度を落とし、旋回しながら地面へと降りていく。
荷車は竜が着地する前に離れて、こちらはこちらでゆっくりと着地した。
「ん、人が来るね」
「ああ、法主が出した迎えだろうな。動きが早い」
そこで軽く外を見ると、街の方から人の集団が近づいて来るのが見えた。
服装から僧兵だと思う。リュナドさんの言う通り迎えに来てくれたのかな。
とりあえず仮面を付けて、移動せずに彼らを待つ事にした。
「精霊公様、ようこそおいで下さいました」
「ああ、歓迎感謝する」
やって来た僧兵さん達は、近くまで来るとこの国の礼をして頭を下げる。
歓迎されている様子にホッとしつつ、彼らの誘導に従って街に入った。
因みに竜は既に丸まってるし、街には入れないから置いておく。
街中はもう陽が落ちているにもかかわらず、人がごったがえしていた。
何故か皆がこちらを見て居る気がして、少し怖かった私はリュナドさんの腕を掴む。
鎧を装備してるから体温が感じられないけど、それでも彼が隣に居る事が安心できる。
彼は特に何をするでもないと思ったけど、ふと私の髪を優しく撫でた。
どうしたんだろう。髪にゴミでもついてたかな。
「ふふっ、相変らず仲がよろしいですね」
「そうだな。不和は無い」
「喜ばしい事です」
そんな私達を見た僧兵さん達は、優しい笑みでそう言ってくれた。
仲が良さげに見えるならとても嬉しい。リュナドさんも否定しなかったし。
「・・・にへ」
人の目は相変わらず少し怖いけど、彼の態度が嬉しくて少しにやける。
そのおかげかミリザさんの家までの移動に苦は無く、あっという間に到着した。
ミリザさん元気かな。いや、困ってる事が有るんだった。忘れてた。
その為に来たんだし、あんまり浮かれてたら良くないかな。
でも久々に友達に会えるんだし、少しぐらい浮かれても許してくれる、よね?
「では、法主様の下へご案内いたします」
「良いのか? もう時間が時間だ。こちらとしては明日でも構わないが」
リュナドさんの言葉でハッとした。言われてみればもう夜だ。
夜に突然家に訊ねて来られたら普通は迷惑だろう。
そんな簡単な事も思い至ってなかった。うう・・・。
「法主様が迎えたいとの事ですので。お気になさらず」
「そうか。ならばよろしく頼む」
「畏まりました。お気遣いは感謝いたします」
恭しく礼をした僧兵さんは、さっきと同じ様に私達を誘導していく。
ただ流石に室内の案内だからなのか、さっきと違って案内人は一人だけど。
通った道は以前も案内された道なので、多分自力でもたどり着ける気はする。
それでも素直に案内に従って、ミリザさんの部屋の前に到着した。
「法主様、皆様をお連れいたしました」
「入って頂きなさい」
中からミリザさんの凛とした声が聞こえ、その言葉通り私達は中へと勧められる。
言われた通り素直に部屋に入ると、顔を隠したミリザさんが綺麗な立ち姿で待っていた。
相変らず立っているだけで綺麗と言うか、細かい所作がとても綺麗だと思う。
「お久しぶりです、皆様。お元気そうで何よりです」
「ああ、そちらも元気そうだな」
にこやかに笑うミリザさんに、リュナドさんも笑顔で応えた。
私も応えようとしたのだけど・・・。
「どうぞ、お座りください。お茶も用意させますので」
「ああ、ありがとう」
話すタイミングを逃してしまい、言われるがままにミリザさんの前に座る。
どこに座ろうかと思っている間に席が埋まり、空いた席に座った感じだけど。
何か前にも同じような事が有ったね。まあ良いか、正面でもミリザさんだし。
「ふふっ、セレス様はお変わりありませんね」
「え、うん。私も元気だよ」
一瞬何の事かと思ったけど、さっきの会話を思い出す。
多分私が会話に混ざり損ねたと気が付いてくれたんだろう。
相変らずミリザさんは気遣いが優しい。
そこで既にお湯の用意はしてあったのか、お茶がすぐに運ばれてきた。
御付きの人に礼を言って受け取り、仮面を外して一口含む。
するとミリザさんも顔を覆う布を外し、美味しそうにお茶を飲む。
ただそれだけの動きなのに、彼女がやるととても綺麗。
動きに少し見惚れていると、視線に気が付いたのか小首を傾げた。
「あの、セレス様、どうかされましたか?」
「あ、えっと、相変らず動きが綺麗だなって思って」
「ふふっ、そう言って頂けると、精進の日々が無駄ではないと思えますね」
嬉しそうに、そしてとても可愛らしい笑顔で笑うミリザさんに、思わず私も笑顔になる。
以前も少し感じていたけど、彼女は他人の心を和らげる力が有る気がする。
勿論最初は竜神の影響もあっただろうけど、彼女自身の力でもある気がするんだ。
「うん、ミリザさんが変わってなくて、凄く安心した。良かった」
手紙が凄く焦ってる感じだったから、切羽詰まっているのかと勝手に思っていた。
けど実際会ってみると、彼女は以前と変わらないミリザさんだ。
書く時は慌て得たのかもしれないけど、もしかしたら今はそんなに焦ってないのかな。
ただそんな私の返答を聞いた彼女は、少し不思議そうに首を傾げる。
「良かった、ですか?」
「うん、良かった。少し心配だったから」
「心配、ですか・・・申し訳ありません。力不足で」
あれ、何で。ミリザさんが唐突に悲しい顔になってしまったんだけど。
え、私何か変な事言ったかな。言ってないと思うんだけど。
いや、良く考えたらミリザさんは精進したって言った。なのに変わって無いって言っちゃった。
私としてはミリザさんの雰囲気が変わって無くて安心したんだけど、勘違いさせたのかも。
早く弁解しなきゃ。いやその前に謝るべきだろうか。いや、えっとああ・・・!
「・・・ごめんね。ミリザさんの努力は理解してる。けど変わらない貴女が良いと、思ったの」
「――――――変わらない、私、ですか」
慌てたせいで声が詰まり、変な声になってしまった。
けどちゃんと伝えられたおかげか、彼女の表情に悲しさは消えた。
良かった。仮面外してたから言えないかと思った。
「私は、このままで良いのでしょうか」
伝えられた事にホッとしていると、彼女はそんな事を聞いて来た。
「何か、駄目なの?」
けれど何が駄目なのか解らない私は、そう問い返す事しか出来ない。
「・・・ふふっ、そうでしたか。うふふっ、はい、解りました、セレス様。変わらぬ私で、優柔不断で動けない私で、良かったのですね。ふふっ」
「?」
ただ彼女の中で答えが出たのか、満足そうに頷いている。
私には何の事かさっぱり解らないままだけど・・・優柔不断って何の事だろう。
まあ良いか。ミリザさんが納得したならそれで。
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「ご報告いたします。竜神国家に竜が現れました」
戦争の準備を整えている最中、そんな報告が入って来た。
今回の件で迂回した国。竜を崇める国に竜が出たと。
「それはもしや、あの街の竜か」
「はい。巨躯故に遠くからでもはっきり確認できたようです」
「どう思う」
「意味のない行動では無いとは思われます」
この状況で動いた。その事自体に意味が有る。そう考えるのが妥当だろう。
つまりこちらの動きに気が付き、対策の為にこの国に来たという事か。
「情報が漏れたと思うべきか」
「解りません。そうは思いたくありませんが・・・」
「ふん、眉唾物だった錬金術師の情報が正しいと思わざるを得んという訳か」
竜の住む街。竜と精霊を従える男が統治する街。今では精霊街とも呼ばれる場所。
その場所を守っているのは精霊公と言われているが、実際は違う。
精霊公を慕う錬金術師が全てを操り、いかなる情報も漏らす事なく対応して見せる。
どれだけの情報統制をしても、錬金術師の目をかいくぐる事は叶わない。
そんな訳が無いと鼻で笑った。完璧な人間など何処にも存在しない。
だが我が国の草を挑発し、あまつさえこちらの情報を握っている素振りを見せた。
今回の件も、どう考えても情報が洩れて居るからこその行動としか思えない。
まだ動きを見せる前だと言うのに、こうなると入り込ませるのは難しいか。
「ちっ、面倒だな・・・」
あの宗教国家は迂回するつもりだった。使者も送ってその旨を伝えるつもりだった。
・・・ただし、迂回していくのは本軍だけだ。この国をそのまま放置など出来るものか。
挟み撃ちをされたら堪った物ではない。
幾らわが軍が強かろうと補給がなければ戦えない。
故に内部に人を潜ませておくつもりだった。
宗教国家の相手は面倒極まりない。
兵士所か一般人までが止まらない事が多い。
ならば拠り所を先に潰せばいい。戦う理由を無くしてしまえば良い。
奴らの本拠地の破壊してしまえば、民の心のよりどころは消え去る。
あの国は『竜神』が守ってくれる事が深い信心になっているのだからな。
守ってくれる存在が居ないと見せてしまえば、馬鹿な民の心など簡単に傾く。
その為の工作をする予定だったが・・・これは近づく事すら出来んか。
「だが、まあ良い。その分あの街の戦力が落ちたと言える」
あの国、いや、あの街を落とすのに、竜の存在は不安要素だった。
街中に入ってしまえば戦闘は出来ないだろう。
だが道中を気取られてしまえば、あの巨躯に蹂躙されかねない。
「逆に動き易くしてくれた。精霊公か錬金術師のどちらかは解らんが、感謝しよう」
お望み通りその国には手を出さん。
だが竜を動かしたのは愚策だったと気が付かせてやろう。
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