第6話
日曜日。もしかしたら春乃は来ないんじゃないかという不安も少しありながら僕は春乃を待った。よく考えれば、連絡先を交換しておくべきだったと思うが、後の祭りだ。
幸いなことに、約束の5分前に春乃が来た。
「ごめんなさい、お待たせしましたか」
私服の春乃。化粧もいつか見た写真の時のように薄い化粧。普段とイメージが少し変わるが、やっぱり僕としてはこちらの方がより可愛いと思った。
「いえいえ。じゃあ行きましょう」
予約していた二つ星のフレンチに向かった。フルコースを食べるなんて、いつ以来だろうか。
エトワールで僕が使っている金額の数倍のフルコースは、やはり美味しかった。春乃も満足しているようだった。春乃との会話はエトワールと変わらず、料理が高級でお酒がワインになっているだけだった。ちなみに最初、春乃にお断りされた理由は、エトワールの方針で店内での食事のお誘いは禁止だったからとのことだった。春乃としては行きたかったが、断らざるを得ず、しかも連絡先を知らない。店長に話して、僕が外に出るタイミングで追いかけるために、早めに上がったそうだ。良かったと思った。
その後も幸せな時間は続いた。二人ともワインの味がわからず、お互いに苦笑する場面はあったが。結局、ウイスキーが飲みたいという思いが一致して、そのままバーで飲み直した。
「今日はありがとうございました。お陰で行きたかったレストランに行けました」
春乃と食事をしたいというのがメインではあるが、もちろん、行きたかったレストランでもあるし嘘は言っていない。
「こちらこそありがとうございました。ごちそうさまでした。もし良ければ、また連れて行ってもらえませんか」
二度目はもしかしたらないと思っていた矢先の春乃からの申し出だった。断る理由はない。
「良いんですか。ありがとうございます」
飛び跳ねたくなるような心境であったが、精一杯平静を装って答えている自分がいた。連絡先を交換し、その日は帰宅となった。
それからは平日にエトワールで春乃に会い、日曜日に二人で高級店とバーに行くようになった。行きたかった店、僕が気に入っている店にひたすら行った。そして2件目はかならずバーに行った。ただただ幸せで楽しかった。数ヶ月経過した頃には、このまま行けばうまく行くんじゃないかとも思ったが、もし告白してうまくいかず、この幸せな時間がなくなったらと思うと一歩が踏み出せない自分がいた。
そんな僕の背中を押したのは春乃だった。
その日は春乃と初めて出会ってからちょうど3年目の日だった。いつもは僕が店を決めて春乃に了解をとるという流れだったが、この日の店は春乃が選んでくれた店だった。横浜の夜景が綺麗なレストランだった。どことなくそわそわしている春乃と食事をして、いつものようにバーでウイスキーを飲んだ。春乃の飲酒量はいつもより多めだった。いつもならこれで解散となるのだが、春乃が少し行きたいところがあると言った。
みなとみらいの海辺だった。日曜22時すぎは横浜といえど人はまばらだった。周りに人がいないところで、春乃は急に立ち止まった。そして、話しはじめた。
「いままで、本当にいろいろなお店に連れて行ってくれて、ありがとうございました。本当に楽しかったです」
僕の大好きな柔らかい笑顔の春乃だった。そんな春乃の言葉はまるで、今日でこの関係を終わりにしたいと言っているように僕には感じられた。それは嫌だった。それならはいっそのこと、僕から告白してふられようと思った。僕の決断は普段とは比べものにならないほど早かった。
「僕もそうでした。春乃さんから話しはじめたのにごめなさい。でも言わせてください。好きです。僕と付き合ってください」
一瞬の静寂が辺りを包む。
「え、あ、その、はい! 私も同じことを言おうと思ってたんです」
まさかだった。春乃から告白されそうなっていたとは思わなかった。僕は春乃のタイプではないはずだ。それなのに春乃は僕に告白しようとしていた。その疑問をぶつけた。
「いや、でも僕はチビハゲデブですよ」
「いまはチビだけですよ。それにヒールを履いているからいまは私の方が高いけれど、たぶん私の方が小さいのでチビじゃないです」
「モテない男で、前にも話したと思うけれどガールズバー巡りをしていたような男ですよ」
「そんなこと言ったら、私だってガールズバーでバニーガールやってる女ですよ。そんな女は嫌いですか」
「そんなわけないです。大好きです」
大好きという言葉がこんなにスッと出るとは思わなかったが、それでも春乃が僕を好きになる理由がわからない。
「でも、こんな僕ですよ。良いんですか」
「こんな僕だから良いんです。えいっ」
春乃が抱きついてきた。僕より背の高い春乃が飛びつくように抱きついたので、僕はよろめいてしまった。
「あっ、ごめんなさい。でもこれが私の気持ちです」
春乃は少しかがんで、僕にキスをしてくれた。
初恋のキスはアイラウイスキーの味がした。
春乃も同じことを思ったらしく、
「ウイスキーの香りがしますね」
と言って、お互い笑った。
その後のことを少し語ろうと思う。
春乃と付き合ってからはエトワールへの足は遠のいていった。春乃との関係は順調に経過し、半年を過ぎた頃には半同棲になった。エトワールをそろそろ辞めるという話になったが、古株の春乃が抜けるのは痛いと店長に引き止められているとのことだった。春乃としては、僕を気にして辞めてしまおうと思っていたようだが、僕をよくしてくれた店長であるし、春乃と出会えたという感謝もある。僕は気にしてないよと春乃に伝え、春乃がしたいようにしてもらった。結局、頻度は下がったが春乃はエトワールの仕事を続けた。
春乃と出会って4年目。僕は春乃にプロポーズをした。もちろん結果はYESだった。そして、春乃はエトワールを辞めると言った。十分に店長やエトワールへの義理は果たしたし良いと思うと僕は伝えた。
春乃が店長に辞める話をしたら、春乃のお別れ会・お祝い会をお店で休みの日にやってくれることとなった。粋な店長の計らいだった。お金はいらないとの話だったが、それでは申し訳ないと思い、あることをお願いして僕が客としていくこととした。それは店を貸切にしてもらい、バニーガールを全て僕につけてもらうようにすることだった。婚約指輪と同じぐらいの金額を見積もられた。でも構わなかった。独身最後の散財だ。そして、僕の目の前には一番好きなバニーガールにいてもらうことにした。
久しぶりのエトワール、久しぶりのバニーガール、そして僕にとっては久しぶりの姿のはるの。手土産のウイスキーを片手に、僕は週に2回通っていた道を歩いて行く
バニーガールに恋をして 柚木サクラ @bynobu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます