第3話

春乃との出会いから僕は週2回はエトワールに通うようになっていた。連絡先は万が一でも春乃から聞かれたら交換しようと思ったが、もちろんそんなことはなく、エトワールでの時間だけが春乃と会える時間だった。それでも色々なことを話した。はるのは立花春乃がフルネームで、24歳で、大学生の妹がいて、目黒の実家からこの店に来ていて、小さい頃からバレエをやっていて、昼はバレエの先生をしていて、それだけだと給料も少ないのでこの店で働いていて、リスを飼っていて、そのリスに夢中になっていてなどなどなど。住んでいる所やフルネームを教えるのは抜けてるなと思いはしたが、ある意味眼中にないからこそ、なのだろうか。


ホームページで出勤日をみて春乃がいる日に店に行くようにしていたが、最初は春乃がつかない日も多かった。それはそれでエトワールのバニー達は明るく楽しい子ばかりだったので、楽しんでいたのだと思う。ただ、春乃の時のみ長くいるというのが店長もわかったらしく、春乃がつくことが多くなった。家に余っていたスコッチブレンデッドの30年を店に持ち込んで、店長にも飲んでもらってからは、店に行けば必ず春乃がつくようになった。



春乃と出会って半年が経った。相変わらず僕はエトワールに通っている。飲み放題のウイスキーを制覇してからは、店長オススメの別料金ウイスキーを飲み、春乃と世間話をして気持ちよく酔っ払って帰る、そんな幸せな時間が続いていた。



「旅行に行って来たんですよ」

たまに春乃がいつもいる曜日にいない日があった。その時は大体、旅行であった。箱根、日光、秩父。関東近郊が主だった。我が家は旅行に行かない家であったし、働きだしてからも旅行に行っていない僕にとって、春乃の旅行話は貴重だった。そして、風景の写真を見せてくれていた。春乃がとってくる写真は美しかった。旅行の話と写真とを合わせると、まるで自分が旅行して来たとも感じられるぐらいだった。ただ、旅行の話を聞くたびに、たぶん彼氏と行ったのだろうと言う考えが僕の心に刺さっていた。


「今回はどこだったのですか」

「軽井沢でした!」

そう言って春乃はいつものように嬉しそうに写真を見せてくれた。駅から始まり、ショッピングモール、湖、教会。スマホをスワイプしながら、それぞれの解説をしてくれた。次の写真になった時、僕は初めて春乃の慌てた表情を見ることができた。春乃と彼氏であろう細身で高身長のイケメンとのツーショット写真であった。いつもより薄めのメイクの春乃は、普段よりもかわいく見えた。1秒もしないうちに元の写真に戻ってしまったが、その写真は僕の脳裏に焼きついた。そして、言うことは半年前から考えていた。

「素敵な彼氏さんですね」

一瞬ののち、春乃はいつもの笑顔で言った。

「ありがとうございます」

笑顔はいつもの笑顔であったが、目に動揺は隠せていなかった。

「美男美女でお似合いじゃあないですか。絵になりますよ!」

半年前からこうなることはわかっていた。こんな美人に彼氏がいないわけがない。そしてそれは予想通り、僕とは正反対。僕がなりたくても決してなれない容姿だった。

「またまたお上手なんだからー」

春乃の調子は戻っていた。いつもの春乃だ。それから、彼氏の話をしてもらった。話を聞く限り容姿だけでなく性格も良い人のようだ。僕の完敗だった。



その日は、初めて春乃と出会った日よりも多くエトワールで飲んでしまった。

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