第4話

春乃に彼氏がいる。わかっていた。それでも淡い期待をしていた。だから、1週間は落ち込んでいた。だが、それでも僕はエトワールに通っていた。春乃と話が出来るだけでも僕にとっては幸せだった。生きがいだった。



それから半年が経った。相変わらず僕はエトワールに通っている。もちろん、僕につくのは春乃だった。世間話だけではなく、恋の話もするようになった。とはいっても、僕は理想のタイプをするのが精一杯のため、春乃の彼氏の話や春乃の理想のタイプの話になっていた。春乃の好みは、もちろんチビハゲデブではなく、背が高くスタイルの良い人のようだった。当たり前の話である。ある意味、望みが皆無とわかって僕はエトワールに通いやすくなった。絶対かなわない恋ではあるが、その理想の女性とお金を払えば話が出来る。そう割り切ると、楽しくなってくる。春乃はいずれはいなくなるだろうが、それまでは楽しませてもらおうと思っていた。



それからさらに半年経った。春乃と出会って1年半、僕が一人で勝手にフラれてから1年だった。相変わらずエトワールに通っているが、ここ2週間の春乃の様子が少しおかしかった。特に話の内容が変という訳でもない。元気がなかったり、機嫌が悪かったりする訳でもない。なんとなく様子がおかしい。しかし、何がおかしいのかはわからない。


原因がわかったのは、1ヶ月後だった。春乃から話を聞くことができた。様子がおかしかった原因、それは春乃の彼氏の浮気だった。しかもそれが発覚したのが、婚約直前だったのだ。結局2人は別れたそうだ。その話を聞いた時の僕の心の第一声は

「良かった、まだ春乃に会える」

だった。

結婚となると流石にこの店でバニーガールを続けられない。つまり、僕は一生春乃に会えなくなる。それがなくなって良かったという、なんとも自分勝手で卑屈で僕らしい考えだ。春乃の話を聞いていると、やはり結婚でエトワールを辞めるつもりだったらしく、結婚への準備をすすめている最中の浮気発覚であった。彼氏の気持ちはすでに春乃になく、あちらから別れを告げられたとのことであった。


一区切りついたところで、春乃はスッキリした様子だったが、それから普段の倍以上はウイスキーを飲んだ、もちろん、僕のおごりではあるが、それで春乃の気持ちが少しでも救われるなら僕も嬉しかった。


珍しく呂律がまわらなくなってきている春乃を見て僕は思った。春乃を振るなんて、贅沢で罰当たりで憎らしい。僕がお金を払って話している相手といつでも話せる。僕が知らない春乃のことをたくさん知っている。こんな酔っ払いの春乃も見ることができる。うらやましい。そんなことを思っているうちに僕は気づいた。


いま、春乃に彼氏はいない。


僕なんかが春乃と付き合うなんて、それこそ罰当たりでおこがましい。そして、僕はチビハゲデブで、春乃のタイプではないだろう。けれど、ダメでもともと。万が一でも可能性があるなら、僕は頑張れると思った。チビはどうしようもないけれど、ハゲとデブはどうにかできるかもしれない。僕の心にやる気がふつふつと湧いてきた。



僕が心配になるほどこの日の春乃は酔っ払った。店長曰く、数年間の中でこんな春乃は初めてとのことであった。

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