第5話
翌日から僕の改造計画はスタートした。チビがどうしようもないのはわかっていた。正確にはわからないが、おそらく春乃と同じぐらいの背丈だろう。ヒールを履かれたら、たぶん僕の方が低い。その時点で春乃のタイプである高身長にはあてはまらない。だから、うまくいかなくても当たり前なのだ。そう自分に言い聞かせて、デブとハゲを改善しようとした。
デブについては、ジムに通うことにした。もともと運動は嫌いではなく、高校時代はいじりも含めて「動けるデブ」の異名を持っていたぐらいだ。だか、いざ筋トレやランニングをしてみるとまるで動かない。高校以来全く運動をしなくなった体は、運動を受け付けなくなっていた。初めてジムに行った翌日は、生まれたての子鹿のような歩き方だったらしく、春乃に真面目に心配された。
ハゲの方はちゃんと治療しようと思った。専門のクリニックに行った。男性型脱毛と言うやつだったらしく、自費の内服治療を始めた。副作用にリビドー減退とあったが、それよりも春乃への想いが強かったのか、全く気にならなかった。
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と僕はジム通いを続けたし、ハゲの治療も続けた。4ヶ月を過ぎた頃、春乃が僕の変化を指摘してくれた。
「最近、痩せましたよね!」
嬉しかった。春乃に褒められた。
半年経った頃にはハゲの治療も効果が出だした。そして、1年が経過する頃には相変わらずチビではあったが、頭がほんの少し薄い程度で、痩せ型ではないがマッチョなチビとなっていた。
今しかない。春乃を食事に誘おうと思った。ガイドブックを片手に高級店を巡るのが好きという話もしているし、レストランだと一緒に行く人がいないから行けないという話もしている。これでだめならきっぱり諦めよう。意を決して僕は春乃を誘った。
「春乃さん。もしよければ一緒に食事に行ってもらえませんか。やっぱり高級なレントランにも行ってみたいのです」
春乃の返事まで、時間が永遠に止まっているかのように思えた。
「え、あ、その・・・。ごめんなさい」
やはり無理だった。
「いえいえ、突然の話でこちらこそすみません」
自分としては落ち着いて返事をしたつもりだったが、動揺は隠せていないだろう。その後はいつものように世間話をしていた気がするが、僕は覚えていない。お断りを言われてから15分ぐらい経った頃には、春乃はシフトの終わりと言って、交代してしまった。僕のところから離れた後、店長と何か話してているようだった。おそらく僕のことを言っているのだろう。出禁になるのだろうか。ほかのバニーと話せる精神状態でもない。早々にお会計をすることとした。
店を出るとき、店長に何か言われるか心配だったが、いつも通りに
「またお越しください」
と言われたので、出禁ではないのだろう。ならばまた来よう。明日からジム通いもやめて、ハゲの内服もやめて、チビハゲデブになって来よう。いずれ春乃にまた彼氏ができて結婚して辞めるまで通おう。そんなことを考えながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あの、待ってください」
走って追いかけてきたのだろう、息を少し切らした春乃だった。バニーガールではなく、地味な私服の。
「さっきはごめんなさい。もしよければ連れて行ってもらえませんか」
願っても無い申し出であった。とにかく嬉しかった。もしかしたら、金ヅルとしか思われてないかもしれないが、それでもこんな美人と食事ができる。幸せだ。
「あの、一度断っているし、やっぱりだめですか」
春乃が不安そうな顔で尋ねてきた。
「そんなわけがないですよ。ありがとうございます。いつが良いですか」
春乃の顔がいつもの素敵な笑顔に戻った
「お店の休みの日曜日はどうでしょうか。早ければ今度の日曜日でも空いています」
エトワールは日曜日休みであり、僕としても休みの日の方が時間が取りやすく、日曜日が良いと思った。
「では是非、今度の日曜日に。18時に恵比寿駅西口で良いですか」
「はい、楽しみにしています!」
その日から日曜日まで、僕は遠足前日の小学生のように楽しみで寝付けない日々が続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます