第2話
「はるの」との出会いはそんなガールズバー巡りを繰り返していたある夏の日だ。週に2回はガールズバーに通い、満たされない心を満たしていた頃。場所は恵比寿のガールズバー、「エトワール」。僕の自宅から徒歩7分の距離だった。高めの値段設定ではあるが、近場でありウイスキーの種類も多く、かわいい子きれいな子も多い。そしてなんと言っても、女の子たちがバニーガールなのだ。体は黒いバニースーツに覆われてはいるが、肩は丸出し、脚は粗めの網タイツ。いやらしい。自信がないとそんな格好ができないからこそ、エトワールのバニーたちは明るくかわいい。ウイスキーの種類も多く、気に入っている店ではあるが、いつでも行けるとの思いからか、そこまで頻回に行っている店ではなかった。
「こんばんはー」
まぶしい笑顔の女性だった。見惚れてしまった。
「こんばんは」
心中では慌てていたものの、表面上では冷静を装った。
「たまにおみかけしますよね。はじめまして、はるのです!よろしくお願いします。」
このあたりは常套句なのだろうが、それにしても彼女の笑顔が輝いている。決してうるさい笑顔ではない。屈託のない笑顔、見ているこっちが癒される笑顔。それをくれたのが、はるのだった。
「ええ、よろしくお願いします」
人からの笑顔を向けられない人間にとって、その笑顔はこそばゆいものだった。少し茶髪が入ったミディアムのストレート、黙っているときは凛とした顔立ちだか、一度笑顔になるとそれはまるで天使だった。はるのはもちろん、僕なんかと歩けば美女と野獣ということになるが、それでも絶対的な美人というわけではない。顔だけ見れば、好みはあるだろうが、この店でももっとかわいい子はいる。たが、それをはねのけるだけの愛嬌というか魅力というか、僕の心を虜にする何かがあった。最初の30分で僕ははるのに惚れてしまった。
僕が2杯目のお酒を頼む時だった。たまにはアイラでも飲むかと思ってハイボールで注文したところ、
「アイラを飲むって、ウイスキーお好きなんですね」
この一言で僕はさらにはるのに惚れた。
「ええまあ」
ウイスキーは唯一といって良い僕の趣味だ。
「はるのさんはどんなお酒が好きなんですか?」
当たり障りのない会話のつもりだった。だが、その返答で僕はさらにさらにはるのに惚れた。惚れ惚れした。
「私もなんです。ウイスキー。特にアイラが好きです!」
アイラ・モルト。ピートによるスモーキーさが特徴のウイスキー。横文字ばかりになってしまったが、端的に言えば癖の強いウイスキー。しかもその香りは独特だ。正露丸といえば想像がつくと思う。僕が初めて飲んだときは、なんだこれと思った。僕の好きなウイスキーはジャパニーズであるが、慣れというがなんというか、飲んでいるうちにアイラも美味しく感じるようになっていた。それをはるのは一番好きと言った。
同年代でウイスキー好きがあまりいない。そしてその中で、アイラを好きなんて人はまずいない。加えて、こんなかわいい天使なのだ。ひどいギャップだ。僕はこの30分と少しの会話で、はるのと付き合いたい、いや結婚したいと思った。女性と付き合ったことがないからこその飛躍的な発想。そんなことはわかっている。こんな女性に彼氏がいないわけないということもわかっている。彼女のプライベートに僕は入れない。けれど、この店でお金を払って、彼女に見惚れて、机越しに話ができる、それだけでも僕は幸せだ。はるのとデートはできない。けれど、店にあるアイラウイスキーを彼女におごることはできる。
「アイラ好き、いいですね。お好きなのをどうぞ」
僕が言っても滑稽にしかならない光景だったが、それでもはるのは喜んでくれた。
「いいんですか、ありがとうございます!」
僕はハイボールで、彼女はなんとロックで、乾杯となった。
その日は3時間もはるのと話した。くだらない虚栄心を満たすのではなく、彼女の笑顔が見たいから必死に会話をした。
楽しかった。ひたすら楽しかった。僕は8杯、はるのは5杯のウイスキーを飲んだ。次の日は学生時代ぶりの二日酔いであったが、それを差し引いてもなお幸せな時間だった。
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