錯詩、咲く。
天霧朱雀
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錯詩、咲く。
面白いことがひとつもなかったから、学校に火をつけたんだ。コンクリートのお豆腐は、ちっとも燃えてはくれなくて、結局ボヤにもならなかった。朝早くに用意して、着火材だって安くなくて、面白くなくて屋上で両手を広げて回るように踊っていた。
そして、誰に聞こえるわけでもないから、呟いたんだ。
「……疲れた、」
なにもかも。サヨナラしちゃう、すべてにおいて。
式が始まる少し前、セーラー服のはじっこに付いた汚れだけが、なんだか私全体までも汚しているようで、プールにそのまま落ちたんだ。
塩素の香りが夏みたいで、腹立たしかったのはどうしてだろう。夏休みは大好きなのに、この香りだけは受け入れられなかった。
「どうしたの、ずぶ濡れじゃない」
屋上に帰るとやかましい声色で、さも心配したご様子なのはヤクツクリちゃんのよくあるリアクション。こんな春めいた日に、夏祭りみたいな怒りをぶつけるのは些か芸がない。
「なんでもないよ、雨が降っていただけ」
息を吐くようについた嘘も、意味などないと知っている。六月の雨だって、ここまで夏を含んでいない。
彼女の前を通りすぎ、フェンスに上る。空中へ足を投げ出してパタパタさせた。ここは誰よりも学校を見渡せる。屋上にある給水タンクとフェンス。はじっこに止まっていた鷹は飛び立った。
「雨なんて降ってないよ、マツリビちゃん」
あなたに送る花束を、教科書の切れ端でつくっていたけれど、完成する前に卒業してしまう。二年生のあなたと卒業生の私じゃ、天の川が邪魔をする。七夕みたいな周期でおこる発作的な拒絶感を、あなたは存じ上げないんでしょうからね。
「そう、雨じゃなければなんなのかしら」
どうだっていい言葉を重ねているのは、臆病者による執行猶予なんだ。一人で音楽室のピアノを弾いてる気持ちがわかるよ、カシマさん。幽霊になってまで、忘れたくなかったんだね。この青春を。
「まぁ、雨なんて空からじゃなくてもいいじゃない、」
心からだって雨は滴るものなのよ。
「それは、泣いているっていうんだよ」
無神経な言葉で神経質な旋律で、私の惚れた囀りで。
「それなら一曲踊ってくださらない?」
校庭に吹く風は来る別れの春の色。桜前線を運んだその手で嬲ってくるんでしょう? 卒業式みたいな歌を奏でる風なんかに、私は犯されてしまうんだ。
「踊り疲れてしまったと言っていたのはどこの誰でしたっけ」
鋭い突っ込みありがとう、なんて、ヤクツクリちゃんには言ってあげないけれど。
「さぁ、誰でしょうね」
こうして屋上のフェンスに腰を掛けてるよりは、マシだと思うのは常識的な判断と仮定した。
「永遠の二年生は私も他の女みたいに送り出してくれるのかしら」
降り立つコンクリートの固さを自覚する。少し透けたヤクツクリちゃんの瞳は揺れていた。
「手放すのが惜しいくらいよ」
サルサもラテンも属さない。実体のない手をとって二人で踊る。ワルツかジルバか、どっちだって構わない。肌の無い肌を重ね合う、これは愛と呼ばずになんとしよう。
「それはよかった」
明日には別れを告げる校舎の上で、私は踊り狂っているようですね。サヨナラしたくは無いはずなのに、来る春が待ち遠しかった。
「いっそ呪ってくれてもよかったのに」
最後の歌が聞こえる。体育館から溢れるか微かな別れの調べが、私とあなたの境界線を際立たせる。
「愛という呪いをかけてあげたのよ」
ヤクツクリちゃんのバカ野郎。
「祝いと間違えているのかしら」
毒吐く言葉もこれで最後。
「いつかまた、あいまみえるまで」
口約束でいいのだろうか。桜のように散ってく彼女に、口でする以上の誓いがあるのだろうか。
「それまで、サヨナラだね」
少ない知識やひらめきを頼りに頭を振る回転させてはみるが、名案なんか浮かばずに。明暗なんかわからずに。きっと、これは受け入れるべき結末なのだろう。
通説によると桜の下には死体が埋まっているらしい。けれど校内に生えている木の下を掘っても掘ってもヤクツクリちゃんの骨は出てこなかった。彼女はいったいなんだったのか、再び舞い戻ってきた母校で教鞭をとる私にもわからない。
いまでも生徒の間で噂されるのは、屋上に立つと背中を押されるという話だ。昼休みや放課後に屋上へ行くけれど、いまだかつて彼女には会えていなかった。
死んでいたのは私のほうだった、なんてそんな落ちもなく、今年もまたこの季節がやって来た。
だからこそ、考えてみれば、あの日から私の心は死んでいるも同然だった。
彼女に殺された私の未来、それでも私はそれでいいすら思えてしまう。やはり、愛だったのか。
無粋な話。錯乱だった、桜の乱。
錯詩、咲く。 天霧朱雀 @44230000
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