6話 正体

「……ん……ここは?」

 弥一が目覚めたのは、どこかの倉庫らしき場所だった。波の音が聞こえるため、港の倉庫だと思われる。

 時刻は夕暮れどきだろう。窓からオレンジ色の光が入ってくるが、建物のなかは全体的に薄暗い。

 そして立ち上がろうにも動けない。身体を椅子にくくりつけられている。

 ああそうだ。誘拐されたんだ。弥一は現状を確認する。


「ようやく目が覚めたみたいね!」

 少女の声が聞こえる。聞き覚えのない声だ。

 正面を見ると、ひとりの髪の長い少女が腕を組み立っていた。とても偉そうだ。

 制服を着ているのだから、同じくらいの年齢だろう。だがチェックのジャンパースカートは天が丘学園のものではない。駅でいうと2つ隣にある中江室なかえむろ高校の制服だ。


「君は誰──」

「あんた今朝、ビルの屋上に行ったひとで間違いないわね!」

 弥一の質問なんかどうでもいいように、少女が質問してきた。

 そもそも誘拐してきたのだから、用があるのはこの少女であるし、この状況では弥一に優先権などない。

 そして少女の勢いに圧倒された弥一は、無言でコクコクと頷く。


「じゃあ、あたしがファントム・ティアーズだってとこ、見てたでしょ!」

「ええっ、君がファントム・ティアーズだったの!?」

 弥一は驚き少女を見る。話では、ファントム・ティアーズは身長180センチほどの男だと言う。しかしこの少女は背伸びしたって届かない。


 少女は驚く弥一の姿を見て、こちらもまた驚く。期待していた反応と異なっていたようだ。口をぱくぱくさせている。


「だ、だってあんた、屋上であたしを見て……」

「ビルの屋上に女の子がいたのは見たけど……」

「ほ、他に! 他にも見てたでしょ!」

「あんな一瞬で見たことなんてわかるわけないよ」

 弥一は顔がバレないよう、すぐ少女とは逆のほうを向いていたのだ。記憶も『少女がいた』程度しか覚えていない。つまりなにも知らないのと変わらないのだ。


「……やっちゃった……」

 少女は顔を真っ赤にさせ、しゃがみこんでしまった。


「だから言ったでしょ。あなたの思い過ごしだって」

「どうするつもりだ、この状況」

 弥一と話していた少女の背後にいた、背が高めの色黒でセーラー服を着たショートカットの少女と、真面目そうな眼鏡をかけたブレザー少年が、しゃがんでいる少女を呆れながらも責め立てる。


「だだだだって、あたし、あの時動転して……」

「そんな言い訳してもな」

 なにを言ったところで、この現状がどうなるわけでもない。


 とにかく状況は飲み込めた。

 この少女は、あの屋上でファントム・ティアーズに関わるなにかを行っていたらしい。そこへ現れた弥一を見て、正体がバレたと思い込んだようだ。

 それで仲間を集め、帰宅中の弥一を拉致したということだ。

 ここまではこれでいいとして、問題はこのあとだ。


「ええと、それで僕をどうするの?」

 弥一の問いに、誰も答えない。互いに顔を見合い、原因である少女を睨む。


「口止めに……殺すとか?」

「そんなことするわけないじゃない! あたしらは怪盗よ! 人殺しじゃない!」

 少女は立ち上がり、叫ぶ。

 しかしもう既に誘拐をしているのだ。誘拐は怪盗のやることではない。


「じゃあ開放してくれる?」

「……どうしよう……」

 少女は頭をかかえしゃがみこんだ。捕まえたはいいが、この先どうするか考えてなかったようだ。


「あなたね、『あたしに考えがあるの!』とか言ってなかったっけ?」

「だからもう少し練ってからにしろと言っただろ」

 仲間からの糾弾が彼女に刺さる。

「あーあーあー! 聞こえませーん! きーこーえーまーせぇーん!」

 少女は耳を塞ぎ顔を振り、大声を出す。


「だったらそもそもどういうつもりでさらったんだ」

 少年の突っ込みで少女は我に返った。そして立ち上がり、左手を腰に当て、右手で弥一を指さした。

「そうだった! あんた、5人目のファントム・ティアーズになりなさい!」

「「「えええええっ!?」」」

 少女の出した言葉に、弥一含む全員が声を上げる。

 まさかの勧誘。


「な、なんで?」

「仲間だったらバラされることないじゃない!」

 なんて無茶苦茶な理由だ。確かに仲間であれば、そうそう売り渡されることはないだろう。しかしそれにしても強引すぎる考えだ。

 それにファントム・ティアーズとしては弥一に問題があった。


「大体さ、僕は身長的に合わない……あっ」

 ファントム・ティアーズは仮面に描かれた涙の色が異なるだけで、同一人物ではないかと言われるほど体形が揃っている。

 だがここにいる3人の身長は、ファントム・ティアーズの身長とは異なる。色黒の少女と眼鏡の少年は170くらいで、目の前に立っている髪の長い少女はいいところ155センチ前後だろう。

 つまり、身長160ちょっとの弥一でも問題ないということだ。


「こんな素性のわからぬ少年を入れたとして、どうするんだ? なんの役に立つ?」

「え、えーっと……そ、そうだ! あのビル! こいつあのビルの外壁を登ってきたのよ! これって凄い技じゃない!?」

 低いとはいえ、20メートルを軽く越えるビルを素手で登ったのだ。それが行える体術と度胸がある人間は多くない。


「んー、確かにそれだけの技術がある人材は欲しいわね。うちらのサポート役として使える可能性はあるかも」

「でしょでしょ!」

「それに私らだって元々素性がわからぬもの同士だったじゃない。今回のこれだって、きっかけが異なるってだけと言えるわ」

「うんうん!」

「まあ俺たちもそれほど関係がある間柄ってわけじゃないが……」

 それぞれが異なる制服を着ているのだから、繋がりがわかりにくい。

 中学、或いは小学校のころ一緒だったという考え方もあるが、彼らの言い方からしてそれは違うようだ。


「あの、拒否権は……」

「拒否するの!? なんで!?」

 なんでと言われても困る。理由はいくらでもあるのだから。


 まず、盗難なんて犯罪行為である。

 正しい怪盗行為であれば法的に裁かれないといっても、逮捕はされる。そのとき顔などを見られたら最悪だ。

 いくら未成年だから公表されないとはいえ、それはメディアや警察などの話であり、一般人にはその規制ができない。人の口に戸は立てられぬ、ネットの画像にマスクはかけられないのだ。

 それがもとで退学になっても彼らは責任をとってくれないだろう。


 そして危険だ。

 流石に死ぬような罠は仕掛けられていないだろうが、怪我をするには充分なものが設置されている可能性はあるし、危ない場所に置いてあるかもしれない。

 他にも細かく言えば理由はどんどん出てくる。


 とはいえ、今では大人気の怪盗であるファントム・ティアーズになりたいという人物が多いことも事実である。稔も羨んでいた。


「だって犯罪だし」

「怪盗は犯罪者じゃないわよ! ただ普通の警察官は裏法なんて知らないだけ!」

 知らなければ普通の盗難と一緒とみなし、逮捕するのは当たり前だ。警察内部でも知っているのは警視監以上だろう。

 そもそも裏法は一般人に教えてはいけないものだ。もし知られたら悪用される可能性があるものが多いため、詳細は秘匿されている。


「だがこうなった以上、きみにはなにかしらの処置をしないと俺たちが困る。どちらを選んでも構わないが、答えによってこちらの対応を変える」

 少年の眼鏡越しに見える鋭い目が弥一を睨む。

 なると言えば歓迎。ならないと言えば……どうなってしまうのか。

 身動きの取れないこの状況で、弥一が言えることはひとつだった。


「……わかりました。とりあえず、一度だけ」

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