最終話、人生に輝きを。もう『修理』は必要ない。
最後の遺産を渡した半年後─────。
「あー……聞こえますか? 三日月」
『聞こえる。せんせ』
『にゃあご』
俺は、携帯電話の実験を行っていた。
相手は三日月。ネコの声も聞こえるが、感度は良好だ。
俺の研究所から三日月の猫カフェまで数キロの距離がある。どうやら実験は成功のようだ。新しい歴史の第一歩を踏み出した気がする。
俺は、アリアドネとルーシア、そして……ジークルーネにガッツポーズをした。
「実験成功! ちゃんと話せるぞ!」
「へ、たかが通信機じゃん」
「馬鹿者。お前たちアンドロイドと違って、人間や他の種族には通信手段がないんだ。こうもお手軽に遠距離の相手と連絡できるとは……これは歴史に名を残す偉業だぞ、セージ」
「はは。まぁ今は通話機能しかないけど……いずれラジオとか、テレビとか実現したいな。音楽文化とかも流行るかも……」
考えたらきりがない。でも、楽しそうだ。
俺はジークルーネに言った。
「なぁジークルーネ、お前はどんな機能を付けたい?」
「そうですね……町のマップをディスプレイで見れるようにして、美味しいお菓子屋さんとかナビしてくれるような機能が欲しいです!」
「はは。それもいいな……ジークルーネ、甘い物好きだもんな」
「う、だ、だって……味覚がこんなに敏感だなんて思わなくて。それに、体重管理とか、血糖値とか、大変で……」
「それが人間だ。いいもんだろ?」
「はい。でも、月一に下半身から血が「やめろ、そういうのはルーシアに相談しなさい」 は、はい。センセイ」
ジークルーネは、人間を選択した。
アンドロイドのボディを最後の遺産が眠る場所に封印し、人間の生活を楽しんでいる。
人間を選択した理由が……その、『センセイと同じ時間を生きたい』とかなんとかで、それってヘタしたらプロポーズになるわけで……。
『せんせ』
「ん、ああ。繋ぎっぱなしだった。どうした三日月」
『わたし、たぶん昨日で十八歳になった』
「そうなのか? そりゃおめでとう。なにか欲しいのあるか?」
『うん。わたし、せんせと結婚したい』
「そうか。俺と結婚か。それっていくら……………………はい?」
『せんせ、大好き……結婚して』
「…………」
え、えーと……どっきり、じゃないよな?
待て待て。三日月は十八歳、結婚できる年齢だ。いや待て、中津川と篠原は結婚して妊娠中だったな。えーと、お祝いを考えないと。えーと。
「……おい、どうしたセージ」
「あ、いや。三日月が結婚してくれって」
「「…………え?」」
おい、なんでジークルーネまで驚く。
アリアドネは飴を舐めながらニヤニヤしていた。
「くひひ、おいセンセイ、いいこと教えてやる。貴族は重婚できるよー」
「は!? つーか俺貴族じゃないし!!」
「いやいや、アナスタシアが言ってたよん? センセイの功績を称えて、貴族に昇格させるってさ」
「え」
「センセイを狙ってるやつ多いからなぁ~……そこの堅物女騎士と人間なりたてのオンナノコとかさぁ」
「はい?」
俺はルーシアとジークルーネを見た。
「ふ、ふん! 私は別に……」
「ルーシアさん、素直になりましょうよ。センセイのことが好きでナハティガル理事長に『セージの護衛は私がする!』って言ってたじゃないですか」
「いいい、いつの話だそれは!!」
「んふふ。センセイ、わたしもだけど、お姉ちゃんたちのことも忘れないでね?」
「…………」
携帯電話の通話は、とっくに切れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず、俺は城下町にやってきた。
逃げたのではない。携帯電話の通話テストだ。他にも試作機を何人かに持たせているし、町のどこでも使えるかテストしなくては。うん。
というわけで、やってきたのは一軒のパン屋。
最近できたばかりのこじんまりとした建物で、美人姉妹が経営してると町で評判になり、毎日お客が殺到しているとか。
店はすでに閉店……オープンと同時に売り切れ閉店になるのが当たり前らしい。
ドアをノックすると、美人姉妹が出迎えてくれた。
「ん、おおセンセイじゃねーか」
「いらっしゃいませ。と言っても、売り切れですけどね」
「オルトリンデ、ヴァルトラウテ。邪魔するぞ」
美人姉妹こと、オルトリンデとヴァルトラウテだ。
この二人も、人間の身体を選択した。
やはり、味覚に対する衝撃がすごかったのか、食に関わる仕事をしてみたいと言ったのでパン屋を勧めてみた。
元から食に対する知識やデータは豊富で、生徒たちの数人でパン造りの指導をしたら、あという間に極上のパンを作り上げたのだ。パンのバリエーションには日本にしかない物も多くあり、材料はオルトリンデとヴァルトラウテが集めた。数千年この世界を回った記憶は伊達じゃなく、世界中の使えそうな食材を集めていろんなパンを焼いている。店の手伝いにエレオノールを呼んだりしているらしい。
俺は店に入り、ヴァルトラウテの淹れたお茶を飲む。
「いやー、食ってすげぇぜ。アタシらにとって不要だった食事に、こんなにもハマるなんてな……これも人間の身体のおかげだぜ」
「うふふ。センセイとお父様には感謝してもしきれませんわ」
「ははは。よかったな」
「おう。なぁセンセイ、頼みがあるんだ」
「ん?」
「あ、わたくしもですわ」
「おお、なんだ?」
俺はお茶を飲みながら言う。この二人の頼みなら何でも聞いてやるつもりだ。
「センセイ、アタシと結婚してくれ」
「わたくし、センセイの子供が欲しいですわ♪」
「ぶっふぅぅーーーーーッ!?」
盛大にお茶を吹いてしまった。コントかよ!?
「きったねぇなぁ。ヴァルトラウテ、雑巾」
「はーい」
「いやいや、待て待て、結婚って流行ってるのか!?」
「は?」
ヴァルトラウテが雑巾がけを終え、新しいお茶を淹れてくれた。
オルトリンデは自分用に焼いたパンを齧る。
「人間になって子供も作れるんだろ? いい男って言ったらセンセイしかいねぇし……駄目か?」
「っぐ……」
「わたくし、センセイ以外の人なんて考えられませんわ……駄目ですの?」
「はうっ……」
上目遣いやめて!!
つーか俺、もうすぐ三十路のおっさんだぞ……まだ若いつもりだけど、もっといい男いるだろうが。
と、とりあえず保留で……いや、この二人は可愛いしいい嫁になると思うよ?
『センセイ、貴族は重婚できるよー?』
うるさいアリアドネ!!
とにかく、他のところへ行くしかない。
「そ、その話はまた今度な……じゃ、じゃあ!!」
「あ、待て!!」
「あん、センセイってば」
俺は慌てて逃げだした……情けないよね、笑っていいよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次にやってきたのは、そこそこ大きい一軒家だ。
ドアをノックすると、お腹の大きい女の子がドアを開けてくれた。
「はい……あ、相沢先生」
「よう篠原。体調はどうだ?」
「はい。大丈夫です」
妊婦となった篠原だ。
俺はオストローデ王国に住む生徒たちを定期的に訪問している。何人か付き合い始めた生徒もいるし、オストローデ王国で恋人を作った生徒もいる。中津川と篠原はクラス公認カップルらしい。
家に入れてもらうと、フリフリのワンピースを着た銀髪の少女が出てきた。
「センセイっ! 遊びに来てくれたの? あのねあのね、アカネのお腹が動くの、あのね、赤ちゃんが元気にしてるんだって! ショウセイってば毎日毎日ハラハラしてね」
「お、落ち着けアルヴィート……ほら」
「んん~」
アルヴィートを撫でてやる。
この子も人間を選んだ。選んだ理由は『みんなが美味しそうにごはん食べているから、どんな味なのか気になったから』という欲求に基づくもの。初めてケーキ食べたときは泣きだして大変だった。
今は、篠原に付きっ切りだ。普段はオルトリンデのところに下宿しているけど、この家で篠原と一緒にいることが多い。
「センセイ、私も赤ちゃん欲しいー」
「ははは。なら、好きな相手を見つけないとな」
「そうね。アルヴィートは可愛いから、いろんな男の人が寄ってくるわ……それだけが心配ね」
三人でお茶を飲み、談笑した。
アルヴィートは足をパタパタさせ、名案を思いついたように指をピーンと立てた。
「そうだ!! じゃあセンセイとケッコンするー!!」
「「え」」
「私、センセイが大好き! センセイの赤ちゃん欲しい!」
「篠原、頼む」
「は、はい」
やれやれ……さすがに全員は抱えきれんよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オストローデ王国郊外のスクラップ置き場……今は、素材運搬場となった場所に、俺は一人でやってきた。
運搬場には獣人や亜人、人間といった、様々な種族が仕事をしている。もちろん奴隷なんかじゃない。力自慢の種族が金を稼ぎにやってきているのだ。
ここでは、巨大な鉄製品を作り、各領土に運搬している。巨大鉄製品の運搬は素手では無理だし陸では時間がかかる。なので、空から運んでいる。
空、つまり……飛空艇の出番だ。
「あ、センセじゃないっスか!!」
「よう。これから運搬か?」
「いえいえ。今日のお仕事終わりっス。これから帰ってお昼寝、そんで夜は飲みに出かけまーす! センセもどうっすか?」
「いいぞ。みんな誘っていくか」
「はーい!」
レギンレイブも、人間を選択した。
今は飛空艇の艦長を務め、この製品工場のリーダーでもある。
元アンドロイドなだけあって知識も豊富だし、ジークルーネやアリアドネもサポートしているから安心だ。
ちなみにレギンレイブ。食べることより酒の味に酔いしれてしまった。誰か注意しないとべろんべろんになるまで飲むので、大抵は俺が付いている……日本じゃまだ未成年なんだよなぁ。
「センセセンセ、今日もお願いしますよ~?」
「はいはい」
「そ・れ・と……センセなら朝まで一緒でもいいっスよん。ウチを好きにしていいですからねー♪」
「はいはい」
「……なんか素っ気ないっス」
「ははは。それより、何度も言うけど飲みすぎるなよ。人間の身体はデリケートなんだからな」
「はいはーい」
全く、こいつは……誰かが付いてないと、アルコール依存症になっちまうぞ。
その時は、俺が……なんてな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オストローデ王国郊外の森に、小さな墓が二つある。
一つは、オーディン博士とワルキューレさん。もう一つはロキ博士の墓。
俺は花束を持ってこの地を訪れる。すると……。
「シグルドリーヴァ……」
「……ああ、センセイか」
戦乙女型の鎧を身に付けた、銀髪の少女だ。墓に花を添え、銀髪が風になびいている。
シグルドリーヴァは、アンドロイドを選んだ。
会うたびに、俺は聞いてしまう。
「……なぁ」
「私は、アンドロイドのままでいい」
「……そっか」
シグルドリーヴァは、人間を選んだ戦乙女型たちのメインウェポンと遺産を継承、この世界最強のアンドロイドとして、これからの時代を見守る道を選んだ。
姉妹が幸せな人生を歩む道を、姉として陰ながら守る道……それがシグルドリーヴァの、アンドロイドとしての人生だ。
「センセイ。あり得ないとは思っている。だが……オストローデシリーズはセンセイが死んだ後も存在する。『Atr・za・ture・O-VAN』が消えても、抑止力となる力は必要だ」
「…………」
「私は、私の道を進む……あの子たちが幸せな世界を生きれるように、私なりに考えた結果だ。この道を否定することはセンセイでも許さない」
「…………そうだな。悪かった」
「ああ」
シグルドリーヴァは、二つの墓を見て……笑った。
「何かあれば私を呼べ。いつでも力になろう」
「ああ。ありがとう、シグルドリーヴァ」
そう言って、シグルドリーヴァは歩きだす。
俺の傍を通りすぎ、立ち止まり……小さな声で言った。
「今更だが……お前との冒険、悪くなかったぞ──」
「え?」
振り返ると、そこには誰もいなかった──。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇
歯車の空は、今日も明るかった。
オーディンたちとロキ博士の墓参りをした俺は、来た道を引き返す。
この道は、俺が整備して道幅を広くし、花をいっぱい植えた。寂しくないように、これからも美しくあるように。
この世界は、変わりつつある。
人とアンドロイドの世界。今はまだ人の世界だが……いずれ、人のために、アンドロイドのために働くアンドロイドも作られるだろう。
携帯電話や車、飛空艇、様々な電化製品……人々の暮らしは進化していく。
俺は、この世界で何を残せるだろうか。
「─────あ」
帰り道、俺の前に一人の少女が立っていた。
白いワンピースに帽子を被った、銀色の髪の女の子。
「センセイ」
「……ブリュンヒルデ」
人間の少女ことブリュンヒルデは、淡く微笑んだ。
俺はブリュンヒルデの元へ。
ブリュンヒルデは俺の隣へ。そして、俺と手を繋ぐ。
「ここまで一人で来たのか?」
「はい。お散歩を兼ねて……それに、センセイがここにいるような気がしたので」
「はは、そうか」
「今日の夕飯はセンセイの好きなカレーです。帰りましょう」
「ああ、そうだな」
ブリュンヒルデの手は、とても温かい。
柔らかくしなやかで、女の子の手をしている。
「センセイ」
「ん?」
ブリュンヒルデは、繋いだ手をきゅっと握り、持ち上げた。
「もう、『
「─────ああ」
繋いだ手は、人と人のぬくもりだ。
機械じゃない。アンドロイドじゃない。俺とブリュンヒルデの手。
ハズレ能力の『修理』は、ハズレなんかじゃなかった。
この少女を修理し、共に戦い、旅をして……いろんなことを学んだ。その結果が辛く悲しいこともあった。でも、それは正しい道を歩いた結果だ。
「センセイ、私……幸せです」
「そうだな─────俺もだ」
未来はこれからも続いていく。
俺たちの世界は、人とアンドロイドによって創られていく。
ブリュンヒルデと手を繋ぎ、俺は未来を創っていく。
歯車の空は、今日も静かに回り続ける─────。
──完──
◇◇◇◇◇◇
新作公開しました!
最弱召喚士の学園生活~失って、初めて強くなりました~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054921002619
久しぶりに新作公開です。
召喚獣、召喚士、学園モノです。
よかったら見てね!
クラス召喚に巻き込まれた教師、外れスキルで機械少女を修理する さとう @satou5832
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