第308話、エピローグ③

 オストローデ王国の郊外に、一年前の戦争で使われたアンドロイドたちの墓がある。

 墓というよりはスクラップ置き場と言えばいいのかな。カラミティジャケットやウロボロス、量産型ルークやType-JACKが多く転がっている。

 俺の教えで機械工学を学び始めた生徒たちは、やはりスクラップ置き場のアンドロイドたちが気になるようだ。まだ修理はできないだろうが、興味本位で持ち去ったりするのは好ましくない。

 なので、この場所の管理を戦乙女型たちに任せている。

 数百万あるアンドロイドを解体、電子頭脳を抜き取り、使えそうな部品を仕分けする。これは機械技術に精通した戦乙女型にしかできない。

 アナスタシアからは、『Type-JACKを修理してやらせればいいのでは?』と言われたが……俺が却下した。壊れたとはいえ、同族を同族が解体するなど、見たくない。

 

 俺は、ジークルーネと一緒にスクラップ置き場にやってきた。

 ルーシアも同行すると言ったが、今回だけはどうしてもと言って二人で歩いてきた。すると、俺の姿を見つけたアルヴィートが嬉しそうにやってきた。


「センセイ!! あはは、遊びに来てくれたー!!」

「アルヴィート、仕事は順調か?」

「うん!! あのね、もうちょっとで全部の解体が終わるの。昨日はクラスのみんなが差し入れを持って手伝いに来てくれてね、みんなでケーキ食べて」

「お、落ち着け落ち着け」

「えへへ……」


 アルヴィートの頭を撫でて落ち着かせる。

 

「む……センセイか」

「おう、センセイ。作業はもうすぐ終わる。これだけバラせば、センセイの『修理』じゃねーと組み上げられねぇだろうよ。悪戯野郎はもう出ねぇだろうさ」

「センセイ、お疲れ様です。お茶でもいかが?」

「センセ、空輸の仕事はないっスかぁ~……? ウチ、バラバラ飽きたぁ~」


 code01シグルドリーヴァ。

 code02オルトリンデ。

 code03ヴァルトラウテ。

 code05レギンレイブ。

 code07アルヴィート。


 彼女たちは、アンドロイドとしてのパワーや知識を生かし、ここでアンドロイドの解体業を任せている。

 女の子にこんなことさせるなんてと思うが、彼女たちしか適任がいない。みんな、快く引き受けてくれて……一年が経過した。

 おかげで、殆どのアンドロイドが解体された。


「ブリュンヒルデは?」

「ああ、あいつなら……来たぜ」


 ブリュンヒルデは、細長いワイヤーの束を引きずってきた。

 

『お疲れ様です。センセイ』

「ああ。お疲れ」

『解体終了。全アンドロイドを解体しました』

「おお、そうか……よかった」


 これで、ここでの作業は終わり……。


「センセイ、次の仕事をよこせ」

「…………そうだな。それは、みんなで決めてほしい」


 シグルドリーヴァに言うと、全員が「?」顔になった。

 このアンドロイド解体が終われば、あとは普通の仕事しかない。

 ジークルーネが首を傾げる。


「センセイ、みんなのお仕事なら、わたしが」

「いや、みんなに決めてもらう。みんなの人生だ」

『…………』

「レギンレイブ、飛空艇を出してくれ」

「お、散歩っスね!」


 レギンレイブの飛空艇に乗り、俺たちは大空へはばたいた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「で、どこ行くんだ?」


 オルトリンデが言う。他の姉妹たちも気になっているようだ。

 歯車の空のさらに上を飛び、飛空艇は進む。

 俺は振り返り、みんなに言った。




「これから、オーディン博士最後の遺産の場所に行く」




 全員がギョッとした。うんうん、そういう反応いいね。

 シグルドリーヴァが腕組みをして言う。


「……最後の遺産か。お父……ロキ博士は何も言ってなかった」

「そりゃそうだ。最後の遺産のありかは、全ての遺産を解放しないと見つけられないからな」

「…………どういうことだ」


 ロキ博士は、あの研究所で静かに亡くなっていた。

 眠るように、手を伸ばして死んでいたのを、戦いが終わった後に見つけたのだ。

 最後は、人間らしく……オストローデ王国の郊外の森に埋めて墓を造り、オーディン博士とワルキューレさんのお墓も隣に建てた。これなら、寂しくないだろう。

 

「行けばわかるさ」

「…………」


 俺が指定したポイントに飛行中、ジークルーネは気付いた。

 マップを見ながら俺に質問する。


「センセイ、この位置……まさか、遺産の」

「そうだ。七つの『戦乙女の遺産』の中心地。そこに最後の遺産がある」


 この世界に存在した『戦乙女の遺産』が眠る遺跡。その全ての中心地に、最後の遺産が眠っている。

 それは、オストローデ王国の郊外にある森。

 遺跡なんてない。本当にただの森だ。戦争時も普通にあった森で、誰も気に留めない森の中の森である。

 そこに飛空艇を着陸させ、全員で歩くこと数分……。


「ここだ……」

「こ、ここ?」


 アルヴィートが困惑するが、周囲には何もない。獣道の中心としか言いようがない。

 戦乙女たちはセンサーで周囲を検索するが、何も反応がないようだった。

 俺はしゃがみ、地面に手を触れ『修理』と『接続』を使った。


「─────来た」


 地面が振動し、亀裂が入り、白い鉄の扉が現れた。

 『接続』を使うと、扉はシュインと開き、真っ白なライトが通路を照らす。

 

「この扉、最初からわざと壊れていたんだ。他のアンドロイドに探知されないように、誰かが『修理』しないと開かないようにな」

「マジかよ……」

「すごいですわ、センセイ……」

「さ、行こう」


 俺は先頭を歩き、乙女たちが続く。

 真っ白な通路を歩き、最奥には扉があった。この先に、最後の遺産がある。

 俺は、全員に言った。


「みんな、これまでよく頑張ってくれた……本当に、感謝してる」


 俺は、ジークルーネを見た。


「……センセイ? どうしたの?」

「ジークルーネ……お前は、戦いこそ苦手だったけど、お前がいなかったら怪我も病気も治療できなかった。本当にありがとう」


 そして、アルヴィート。


「アルヴィート……最初は敵だったけど、お前は自分の意志でオストローデ王国の呪縛を断ち切った。お前の心に、仲間を想う気持ちが芽生えたことは本当に嬉しい」

「……う、うん」


 そして、オルトリンデとヴァルトラウテ。


「お前は強かった。ヴァルトラウテとのコンビは最強だと思う。ヴァルトラウテはお姉さんっぽく、姉妹を支えてくれたな……感謝する」

「お、おう」

「は、はい」


 そして、レギンレイブ。


「空の旅は楽しかったな。というか、空戦型なのに最初の実戦が海底とか……ごめん、ちょっと笑えるな」

「なんかウチだけ違くないっスか!?」

「冗談だって。それより、ありがとな」

「むぅ……」


 そして、シグルドリーヴァ。


「お前は……」

「止めろ。何を言ってるのかわからんが……今生の別れのようなセリフはいらん。ここに連れてきた理由をさっさと答えろ」

「……相変わらずだな。まぁいいや、ありがとな」


 そして、ブリュンヒルデ。


「ブリュンヒルデ。お前との出会いが、お前がいたからこの世界で生きていけた。守ってもらって、戦って、一緒に旅して……俺は、本当に感謝している」

『…………』

「お前も、この場にいるみんなも。アンドロイドの身体を持つ人間だ。ヴァルキリーハーツはお前たちの立派な『ココロ』だ。だから、これから……」


 俺は、白い扉を開ける。

 そこに眠る最後の遺産を、全員に見せつけるように。


「選んでほしい」

「……な」

「う、そだろ……」

「えぇっ!?」

『…………』

「これは、想定外っス……」

「うそ……」

「え、え? なにこれ?」


 その部屋にあったのは─────七つの生体ポッド。

 その中には、特殊な樹脂で固められた、七人の少女が眠っていた。




「これが最後の遺産……お前たちの、人間としての肉体・・・・・・・だ」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 オーディン博士はきっと、最初から彼女たちを人間に戻すことを考えていた。

 元は人間の少女だという戦乙女型。元の身体の遺伝子を培養し、クローン人間を作り上げ、来たるべき日に元に戻そうと計画していたんだ。

 人間の身体は、戦乙女の容姿と同じく製造され、年齢も今の躯体と同じだ。

 あとは、ヴァルキリーハーツの『意志』を、人間の脳に移せばいい。その実験はすでにcode00ワルキューレで終わっている。

 調整に調整を重ね、オーディン博士はこの施設を残した。

 アンドロイドとして生きるか、人間として生きるかを選択させるために。


「これは、みんなの人間としての身体だ。ヴァルキリーハーツの意識を人間の脳に移せば、お前たちは人として生きていける。恋をしたり、結婚したり……子供を産むことだってできる。好きなことをして生きていける」


 これが、俺の最後の役目だ。

 彼女たちを自由にして、未来へ進ませること。

 もちろん、アンドロイドとして生きるのも一つの道だ。その選択は……彼女たちに委ねる。




「みんな、人間かアンドロイドか……選んでほしい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る