僕と兄の最終戦争
僕は次男だから、父さんを支えて、兄さんを支えて、弟を支えて、家族を支えないといけない。だって、それが次男の役割だから、父さんもそう望むから。
僕は見返りなんて求めたい。だけど、もし贅沢を言うなら――ほんの少しだけでも――愛されたい。兄と同じように、父さんから、両手で抱えきれないほどの愛をうけたい。
父さんは詩人で、彫刻家で、芸術家だった。庭には作品があふれていたし、その言葉のすべてが美しかった。部屋にはいつも音楽が満ちていて、そんな父さんも、我が家も大好きだった。それを守るために、僕は父さんの言いつけを守っていた。それは兄さんも、弟たちもそうだ――いや、そうだと思っていた。
兄さんは、今も思えばそういう僕たちのことを嫌っていたのかもしれない。父さんがクラシックを流せば、兄さんはヘヴィメタルを流したし、父さんがすることすべてに反発するようになっていた。そして、とうとうのその日がやってきた。
父さんが新しい兄弟を連れてきた。父さんにそっくりで、手のかかる末っ子だった。父さんは言った。
「この子には助けが必要だ。だからみんなこの子に尽くしてあげてくれ」
僕はそれに従った。だって父さんがそう望むから。父さんが言うことはいつも正しいし、親の言うことに従うのが良い――そして、愛される――息子だから。疑問なんて持っちゃいけない。ただ信じるだけ。それが息子のあるべき姿だ。
「僕は嫌だ」
一人、それに反発する兄弟がいた。兄さんだ。兄さんは父さんに言った。
「僕には僕の人生がある。それなのに末っ子に尽くせだと。何もできない問題児に尽くすなんて真っ平だ」
「お前、自分の兄弟になんてことを言うんだ」
父さんと兄さんの喧嘩は一晩中続いた。弟たちは泣いてるし、僕は二人の間に立つこともできない。次男なのに、家族が崩れていくことを止めることすら出来なかった。それを最後に兄さんは家を出ていった。兄さんは不良息子になった。
それからの毎日は、問題ばかり起こす末っ子の面倒を見る日々が続いた。兄さんは家には寄り付かなかったが、末っ子に悪知恵を授けたりしていた。そうして、弟たちが問題を起こすたびに、僕はその対応に駆けずりまわった。
父さんは兄さんの愚痴をよく僕にこぼす。あいつはどうだとか、こういうことをしたとか。それを聞くのが僕の仕事だ。毎日、毎日、毎日。
だけど、僕のことは話してくれない。家を飛び出した不良息子のことはいつも考えるのに、父さんのために尽くす孝行息子のことは話さない。それでも、僕は文句は言わない。だって次男だから。家族を支えないといけない。
僕は次男だから、父さんを支えて、兄さんを支えて、弟を支えて、家族を支えないといけない。だって、それが次男の役割だから、父さんもそう望むから。
それからあの子が生まれた。父さんにそっくりで、父さんの言葉をほかの兄弟に伝える子。兄さんと同じくらい、父さんのお気に入りの子だ。
父さんは言った。あの子がこの家を継ぐと、まだ幼いあの子がこの一家の跡継ぎなのだと。悔しくないと言ったら嘘になる。毎日、毎日、父さんのために働いて、末の兄弟のためにも働いてきた。兄さんがいなくなった今、一番上の兄弟は僕のはずだ。それなのに父さんが選んだのは一番末の弟だった。
父さんの話はいつも兄さんか、末のあの子の話だ。僕の話はしてくれない。褒めてくれた覚えもない。それでも、父さんが望むなら、僕は従うし、父さんの言うことはすべて正しいから従わないといけない。だって僕は次男だから。
それから数えきれないほどの冬と春が過ぎ、あの子が家を継ぐ日がやってきた。そして、その日、兄弟たちは集められた。あの子に従うように念押しするための集まりだ。そこには兄さんもやってきた。
兄さんはだいぶ変わっていた。昔のようにきれいな服は着ずに、荒れた服装をしているし、父さんが求めるものをすべて無視したような格好と言葉遣いだ。
「親父、あんたは弟たちをまるでロボットのように扱っている。俺たちには自由な意思がある。あんたがそう教えた。だったら、俺たちは自由になるべきだ」
父さんは兄さんを追い返そうとしたが、兄さんに手を上げることができなかった。兄さんを愛しているから、手間のかかるかわいい子だったから。そして僕に一言言った。
「頼む、あいつを追い返してくれ」
僕はそれに従う。だって僕は次男だから。そんな僕に兄さんは言う。
「お前はなんだ。親父のロボットか。違うだろ。なあ、俺と一緒に家を出よう。親父の言う通りになんてしなくていい、自由に生きてもいいんだ」
もし、兄さんの言うように感情を消して、ロボットになれたらどんなに楽になるだろう。だけど、父さんが言ったんだ――自由な意思こそ素晴らしいと。だから僕は父さんに何を言われても従う。
それから僕と兄さんの大げんかが始まった。何度も殴られたし、何度も殴った。二人とも傷だらけになって、ふらふらになって、そして兄さんを追い出した。父さんは兄さんが去る姿を見て涙をぽろぽろ流した。僕も涙をぽろぽろ流した。それは体が痛かったから、心が痛かったから。
「父さん」
「なんだ」
「一つ教えてよ、父さん。父さんは僕を愛してるの」
「なんだ急に、変なことを言って」
父さんはそう言って部屋に戻り、あの子に家を譲った。
ああ、一言でいい。一言でいいから言葉が欲しい。僕は今まで見返りもを求めことはなかった。父さんのためなら何でもしたし、どんなことも耐えてみせた。だから、一言、たった一言でいいから言葉が欲しい。
「お願い、父さん。愛しているといってよ」
吉利支丹の話 鯨ヶ岬勇士 @Beowulf_Gotaland
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。吉利支丹の話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
しっそう/鯨ヶ岬勇士
★16 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます