故郷への想い

 私はコロッケが嫌いだ。その油の香りを匂うと泣いてしまうから。その湯気を見ると、その向こうに家族を見てしまうから。


 実家を出て、もう10年になる。自分はこのような小さな町でおさまる人間ではない、大都会で一旗揚げるといって家を出た。両親とは大げんかしたからか、気恥ずかしくて一度も帰っていない。それでも自分は十分だと思っていた。


 しかし、暮らしていたあの家が取り壊されると聞いたときは、さすがに取り乱した。理由は老朽化だとか、両親の老人ホームのために土地を売ったためだとか、いろいろあるようだが、生まれ育った家がなくなることには寂しさを感じざる負えない。


 それでも、私は故郷くにに帰らなかった。いや、帰れなかった。それにもいろいろと理由があるが、口ではそのような事で仕事を休めるかといった。本当は違う。それに至るまでにあったであろう数々の大事な場面に、自分が立ち合えなかったことが悔しかったのだ。


 どうせ、古い家だ。無くなったぐらいで、何かが変わるわけでもない。そう自分に言い聞かせる日々が続いた。


 だが、働き始めてわかることもある。家を買うということがどれだけ大変か、家族を養うためにどれだけ働かなければならないのか、それらを初めて知った。それを考えると、家を手放した両親の想いが胸を駆け巡る。


 最近、夢を見る。あの柱で背を比べた日々を、押し入れを秘密基地だと言い張った日々を、あの喧嘩も、あの涙も、今思うとすべて故郷が受け止めてくれた。だけど、もう帰ることはできない。もうあそこはないのだ。


 母はよくお祝いごとで、コロッケをあげてくれた。その油のにおいが嫌だった。何だか庶民臭い気がした。周りの友達はもっといい物を食べているのにと母を責めたこともあった。けれど、今思えば揚げ物をつくることがどれだけ大変なのかがわかる。そして、そう言って駄々をこねる私を見て、母が困った顔をしていたのを思い出す。


 両親も年を取った。自分もあの頃の両親と同じ年になった。そうなると、彼らがどれだけ頑張ってきたか、そして自分はそれに答えていたかを考えてしまう。


 私はコロッケが好きだ。その油の香りを匂うと家族の笑顔が浮かぶから。その湯気を見ると、その向こうにあの頃の家族を見てしまうから。


 コロッケを食べるとき、私は心の中で、故郷に、あの家に帰るのだった。

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