貝殻の騎士
東の果て、黄金色の砂漠に囲まれた小さな王国に一人の騎士がいた。彼は蛋白石か、それとも貝を磨いたような真っ白で美しい鎧に金の筋の入った赤いマントを羽織、絹のような毛並みの白馬に跨っていた。騎士は父から与えられた立派な名前を持っていたが、その鎧から『貝殻の騎士』と呼ばれていた。
貝殻の騎士は十二人の家臣を連れており、その家臣たちはみな騎士であった。彼らは生まれこそ違えど自らの君主とその父に忠誠を誓っていた。彼らと貝殻の騎士は王国の民のために身を粉にして働いた。飢える者あれば魚とパンを持っていき、病に苦しむ者あれば薬草を持って癒した。王国の神聖な地を踏む敵である『蠅の騎士団』なる者が現れたなら、彼は十二人の家臣と父の僕を連れて追い払った。下々の民は彼らに感謝と尊敬を持って接し、無償の愛を捧げた。
彼らの栄光は永遠に続くと思われた。しかし、どのようなものにも必ず終わりが来るものだ。十二人の家臣の一人、十二人目の『黄色宝の騎士』が敵に君主であったはずの貝殻の騎士を売り渡した。民からも愛された彼を敵の国々は王位を狙っているのではと恐れていたので、これを好機とばかり貝殻の騎士の身柄をこちらに渡すか、それとも王国に攻め入られたいかと脅した。
黄色宝の騎士に他の十一人は怒り、彼を地の果てへと追いやったがそれでも問題は解決しない。十一人の家臣とその君主はこれからのことについて話し合うことにした。彼らは円卓を囲み、各々の意見を言い合った。
「相手がその気ならこちらにも考えがある。我々も迎え撃つべきだ。」
口火を切ったのは漁師出身の騎士で、貝殻の騎士の最初の家臣であり、最年長である『牡蠣の騎士』であった。彼は岩肌のような鎧に海の怪獣にも似た凸凹の兜を着た騎士で、その年齢故か頑固なところがあった。
「そうだ。奴らの町を天から火を降らし焼き払ってしまおう。」
その考えに同調したのは兄妹の騎士であった『帆立の騎士』と『桜貝の騎士』であった。彼らは牡蠣の騎士と同じく漁師出身で、さらには血気盛んなところも同じであった。また、そのような性格から『雷の子』とも呼ばれていた。
三人が怒りを露わにすると他の騎士たちもその雰囲気に飲み込まれて、家臣たちはいつ剣を抜いてもおかしくない状態だった。しかし、彼らの君主たる貝殻の騎士は黙ってうつむくばかりだ。彼は家臣に父を訪ねると言って席を外した。
「わが父、わが父、なぜ私をお見捨てになったのですか。」
彼の父はすばらしい詩人であり、芸術家であり、世界の王とも言える存在であったが、この時には沈黙するだけだった。貝殻の騎士は最初こそ悲しんだが、少しすると考えを決め、家臣たちの下へ戻った。
十一人の家臣はどのようにして攻め込むかを話していたが、そこに戻った貝殻の騎士は敵に自分の身柄を引き渡すように言った。騎士たちは慌てて君主を止めたが、彼の意志は固く揺るがない。
牡蠣の騎士が尋ねる。
「敵の下に行けばどのような目にかわかりません。主よ、あなたはどうなさるおつもりですか。」
貝殻の騎士は家臣たちの顔を一人一人見つめる。
「戦になれば、私たちの民は傷つくことでしょう。あなた方が私の民を見捨てるのならば私は磔になりに行きましょう。」
その日のうちに貝殻の騎士は自分の身柄を渡すと敵のもとに伝令を出した。それを聞いた敵たちは歓喜し、彼のもとに騎士団を送った。その騎士団は貝殻の騎士の率いるものたちよりも遙かに巨大、武器も鎧も強大だ。それを見た騎士たちは慌てふためき、桜貝の騎士を除いて逃げ出してしまった。
貝殻の騎士は敵の国に連れていかれ、そこの『どくろの丘』という場所で磔にされることになった。敵によって鎧もマントも馬も奪われ、代わりに醜いブリキの鎧とボロ布、みすぼらしい仔ロバに乗せられて運ばれた。その姿を見て民たちは噂と違い醜い騎士だと彼を罵り、桜貝の騎士は美しい顔を歪ませて泣いた。
しかし、彼はそれを気にしなかった。何故なら彼の美しさに鎧は関係なく、彼は磔になる間際までその心は貝殻の騎士であった。
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