砂漠の磯撫で

 砂漠に恵みをもたらす偉大な大河。その河には一頭の大きなワニがいた。その名はスコスといい、大変凶暴な大ワニであった。

 

 その凶暴さは、例え同種であっても自分よりも小さなワニだったならば、一口で丸のみしてしまうほどであった。足には鋭い爪が生え、その間には厚い水掻きが張っている。一掻きで水面に大波を起こし、それが人間に振るわれたら最後、哀れな人間は真っ二つに引き裂かれた。


 スコスには自慢にしているものがあった。それは鱗で、如何なる矢や槍もはじくほど分厚く、それに覆われた体は刺々しい凶悪な姿であり、尾は棘付きの棍棒と見紛うばかりだった。


 近くに船が通れば、釣り針のようなその鱗をひっかけて川底深くに引きずりこみ、船頭ともどもかじりついてしまう。どんなに大きい船だろうと筋骨隆々な船乗りだろうと、その口に並ぶ尖った牙の前では、皆粉々に砕かれた。


 この大河は綺麗な水と丸々と太った魚があふれる豊かな川だったがそのワニを恐れて誰も近寄ろうとはしなかった。それはワニたちも同じで、全身に刺々しい鱗を纏い、牙をむき出し、爪に血を滴らせて吠える姿に皆が怯えていた。このワニはそれに気をよくして、大河の中州にある大岩の上で、まるでこの世の王のように振る舞っていた。


「スコスの前にワニは無く、スコスの後にワニは無し。」


そういって、スコスは喉の奥で低く唸るように笑うのであった。その傲慢さに皆うんざりしていたが、彼の牙を恐れて誰も注意することはできない。そうすると彼はさらに増長して、また雄弁に自慢をするのであった。


 ある日、スコスに一人の男が近づいてきた。その男は笑ったどくろに薄く肉付けをしたような顔で、常に厭味ったらしい笑みを浮かべているのだった。竹節虫ななふしの様に細くて長い手足に、真っ黒な燕尾服、日焼けか汚れかわからないようなくすんだ肌にぎょろっとした黄色の濁った目をしていた。砂漠が如く不毛な地となった頭の上には、不相応なほど高い山高帽が乗っており、その手には象牙で飾られた杖を持っている。


「やあ、やあ、スコス様。偉大なる大河の支配者、怪魚の王、水運の守護者よ。」


 彼の纏う雰囲気を言うなれば、胡散臭い商人といった様相であった。彼は話す際に両手の指を虫がもがくが如くくねくねと動かす癖があり、それは彼の胡散臭さ、そして気味悪さを増さしていた。


「おべっかはいい。お前は誰だ。」


「私はこういうものでございます。」


 そういって彼は名刺を手渡した。手渡したと言ってワニの手では受け取ることができないので、彼は爪の間にそっと差し込んだ。


『なんでも鑑定いたします!お宝を見つけた際にはご一報を!フリーのビジネスマン、ミスター・ヘレモード!』


 彼はワニに鱗を金貨と取り替えないかと持ち掛けた。最初こそスコスは断って男を食べてしまおうと思っていたが、その金貨の輝きに心を囚われ、承諾した。鱗を引き抜くと痛みが走り、血が少し流れたが、スコスは一枚ぐらいいいだろうと思い男に快く手渡した。男は一言礼を言って帰り、スコスは金貨を赤ん坊か何かかのように優しくなでたりした。


 次の日も、その次の日も男はやって来て、スコスにまた取引を持ち掛けた。スコスにはもう躊躇はなく、鱗を抜いて渡した。最初は引き抜くときに痛みで顔をしかめたが、1枚2枚と抜いてくうちに痛みもほとんど感じなくなくなっていた。

 

 気が付けばワニの体は薄っすらと血管が透ける桃色の皮膚が露わとなり、その姿にかつて凶悪さはなく、まるで太った大山椒魚か赤ん坊、羽根の毟られた七面鳥であった。自慢の棍棒のような尻尾は鰻の尾にそっくりなつるりとしたものになり、あの恐ろしさはどこかにいってしまったようだった。しかし、当のワニは鱗と引き換えにできた金貨の山の上で自慢げに寝転がっていた。


 それからほどなくして、またあの男が訪ねてきた。その手には金貨ではなく、空っぽの麻袋と一本の銛が携えられており、ワニがその間の抜けた姿で偉そうに何様かと尋ねると男はその銛でワニの心臓を一突きした。そこからは大河の如く血がこぼれ、川と交じり、水を赤く濁らせた。

 

 ワニは最初こそ震えてもがき苦しんだが、すぐに動かなくなった。男はワニの死体を金貨の山から落とすと、その金貨を麻袋に詰めていった。こうして男はワニの鱗と金貨をすべて自分の物としたが、そのワニの亡骸は川底に沈み、誰にも知られることなく埋もれていった。

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