剣を打ち直せ

 黒い海と灰色の岩山、これらを隠す白い雪。土地は痩せ、人々は略奪を生業としている。そのような僻地に一つの王国があった。民の多くは戦士か海賊で、子供は鍬よりも剣を振るうことを先に覚えるほど荒々しく、信仰も荒々しい古代の神々である戦士の国だった。

 

 しかし、今の王である『青衣王』が南の砂漠より伝わった慈愛の神へと改宗したことで変化が表れ始めた。彼は慈愛の神に熱狂し、世俗のことを一切忘れて陶酔していった。改宗する前は英雄的な導き手とされ、血を流さず王国を統一した王だったが、慈愛の神への帰依を願うようになってからは民だけではなく、騎士にも王国の法より慈愛の神の戒律を強制していった。


 ある日、騎士たちが王によって集められた。騎士たちは王国の守りを任された貴族や戦士で、彼らは3人以上集まるとすぐに自分の剣の自慢話ばかりしていた。


「私の剣を見よ。剣から波のぶつかる岬がごとき楯で身を守るなど臆病者の所業。真の騎士ならば剣は大剣で受け、大剣で返す。それこそが誇り高き剣士の姿よ」


 そういうのは鉄腕公と呼ばれた騎士で、彼は自らの巨体とそれに見合う大剣を持っていた。


「私の剣を見よ。美しい淑女のような細い刃、これで仇の首を突けば血を一滴も流さずに結着がつくことでしょう。」


 針のような剣を抜いて見せたのは串刺し公。彼は美しさを何よりも重んじており、剣も相応しく装飾に満ちていた。


 それから何人もの騎士たちが剣を見せ合い、それをまるで神話の遺物であるかのように語り合う。これからもわかるように騎士にとって剣は単なる武器ではなく、王への忠誠や騎士の誇りを意味する大事なものだった。


 しかし、王は違っていた。王にとって大事なのは慣習でも誇りでもない。慈愛の神への忠誠なのだ。彼は集めた騎士たちに慈愛の神の戒律により剣と槍は禁じられていると言い、捨てるようにと指示した。


 そのお達しに騎士たちは大慌てだ。王に直談判しようとするもの騎士や領地を捨てて隣国に鞍替えする騎士が現れ、たった数日で王国内は混迷を極めた。それでも王は慈愛の神に尽くしているという陶酔感によって意に介してはいない。


 そこに現れた遅参公と呼ばれた騎士だった。彼は戦のたびに遅れてきていいところだけかすめ取る誇りのない男だったが、彼はこの度の法令に満足していた。前述の通り、彼は誇りなんて持っていない。そのため早々と剣を捨て、その部下たちも剣を『戦槌』や『明けの明星』に持ち替えた。


 彼は自信満々で言う。


「王が愛してやまない慈愛なる神は剣や槍は否定した。しかし、『戦槌』や『明けの明星』は否定してはいない。それにこの武器は歯を研ぐ必要もないし、手入れは錆びないように汚れをふき取るだけで事足りる。」


 彼の真似をするのは誇りを捨てるようでいい気分ではなかったが、領地を守るためには剣に代わる武器が必要なのも事実。そのため彼の後に続けと他の騎士たちも剣から鈍器へと持ち替えていった。


 それにより騎士たちのために剣を鍛えていた鍛冶たちは職を失ったが、代わりに律法学者や法律学者が大儲けした。それもそのはず、この世界に完璧なルールは存在しない。だから法律は常に変わり続けないといけない。しかし、いつの時代もそのルールの穴を見つけて儲ける人間はいるのだろう。慈愛の神も人間の悪知恵には敵わなかった。


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