第3話「八尺様、ノルマは達成済ですか?」

虫取り網を構えた少年が木の幹に向かって勢いよく振り下ろす。しかし狙いが外れてしまい捕まえようとした虫が逃げてしまい肩を落とした。

視線を下ろすとこんな山奥だというのに、黒いパンプスを履いた足が男児の視界に入る。視線を上げると、そこにはやけに顔色が青白い女性が立っていた。彼女はスカートから伸びるすらりとした足を一歩前に踏み出し、じっとこちらを見つめている。

彼女の長い髪が顔の前まで垂れており、風に吹かれてさらりと揺れた。その光景を見て、一瞬だけ不気味さを感じた。


「ねぇ君、今一人?」


彼女の問いかけに少年は頷く。普段母親からあんなに知らない人とは話してはいけませんと言われているのに、何故だか無視をすることが出来なかった。彼女はにぃと歪ませた笑みを浮かべ、少年と視線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「虫取りよりもっと面白いことを教えてあげようか?」

「虫取りより?」


思わず少年も繰り返す。すると彼女は少し考える素振りをして立ち上がった。そしてゆっくりと歩き始めた。


「おいで。ふふ・・・そうこっちよ。」


そう言って彼女が歩き出した方向には先程まで自分が虫を取り逃がしてしまった木がある。彼女は迷うことなくそちらへ進んでいくため少年には慌ててその後を追った。数分後、目的の場所に着いたのか立ち止まった彼女の横に並んだ。


「ほら、これ見てごらん。」


そう言われて指差された方を見ると、なんと大きなカブトムシがいたのだ。しかもそれだけではない。他の木々にも何匹もカブトムシがいるではないか。


「すごいや!僕、こんなに大きなカブトムシ見たことないよ!」


はしゃぐ少年に彼女はでも、と声を掛ける。振り向いた少年に彼女は先程浮かべた笑顔を再び見せた。


「これよりも、もっと面白いもの。見たくはなあい?」

「え!カブトムシよりも面白いの!」


少年はいよいよ目を輝かせた。既に興奮状態の少年に向かって彼女は指を指し示す。少年も指先に釣られ後ろを振り返る。木々を超えた向こうにぽつんと一軒家があった。石垣に囲まれている古い家だった。


今は誰も使っていない空き家。あそこの縁側に座ってじっと待ってみなさい。すると面白いものが見れるわよ。そう言った彼女は少年にいってらっしゃいというように背中をぽんっと押した。


一体何が見えるのと少年が訪ねようとすると彼女の姿がこつ然と消えた。驚いた少年が辺りを見回すが誰もいなかった。しかし、彼女が消えたことよりも、少年の中ではそこで見れる面白いものはなんだろうという好奇心のほうが勝ってしまい、空き家へと向かい駆け出した。


雑草を踏み分けながら、庭を通り抜け、玄関へと向かう。錆び付いた扉は鍵など掛かっておらず簡単に開いた。中は薄暗く、埃っぽかった。恐る恐る廊下を進み、突き当たりの部屋を開ける。そこは畳張りの和室であったが、中央にはテーブルが置かれていた。もう長く誰も住んでいないのだろう。

部屋の向こう、縁側へと繋がる戸を開けようとする。長く閉ざされていたせいか立て付けが悪く、開けるのが困難だった。ガタガタと音を立ててようやく開くことができた。

外に出ると同時に眩しい日差しが入り込み、目が痛む。しかし、そんなことも気にせず、少年は言われた通り、縁側に腰をかける。

腰をかけると少年の背丈では足が地につかずぷらぷらと足を遊ばせていた。一体何が見れるんだろう。あの大量のカブトムシ以上に面白いものが見れるなんてと心躍っていた。

しかし、少年の期待とは裏腹に待てども待てども少年が望んでいるような面白いものは一向に見えなかった。退屈し始め帰ろうとしたとき、少年の耳にある声が聞こえた。


ぽぽ、ぽ


石垣の向こうで声がする。一体なんだろうと少年が石垣の向こうと見た。そこにはさっきまでは確かにいなかったはずの人のようなものがいた。


とても綺麗な女性だった。白い帽子に白いワンピースを身に纏い、長く真っすぐ伸びた黒髪で表情はよく見えない。しかし歩く度に揺れる髪の隙間から見えた口元は綺麗な赤色が惹かれていた。そして少年とその女性の視線が交わった。慌てて顔をそらした。あんなに綺麗な人は見たことない。変にドキドキとする心臓を抑え、少年は再び顔を上げる。しかしそこには女性の姿はなく、少年は慌てて縁側を飛び出し、空き家を出る。息を整え辺りを見回すが先程の綺麗な女性はどこにもいなかった。


探そうにも日がかなり傾き始めた。そろそろ帰らないと母親に叱られてしまうと少年は自宅へと駆け出した。

家に帰宅すると母親がほこりまみれの少年を見て顔をしかめる。


「なんだい?そのほこりまみれの姿は早くお風呂に入りなさい!」


母親の言うことを素直に聞き浴室へ向かう。しかし、少年が母親の隣を通り過ぎた瞬間、母親は突如叫び始めた。なんだと驚いた少年は足を止め、家の中から家族の皆が慌てて出てきた。父親が真っ先に声をあげる。


「おい!お前背中に何かついてるぞ!!」


えっと驚きながら少年は急いで洗面台に向かい鏡を見る。

そこに映る自分の背中には赤い手形がはっきりとついていた。

ぎょっとした少年に次いで父親と祖父がやってきて何があったと少年に尋ねる。少年は家に帰宅するまでに起きたことを正直に話した。それは父親たちの顔色がさっと青くなるのも構わず。




「お憑かれ様でした。」

「お憑かれ様でした。」


砂利道の上は行きのように走る車の中に御霊と怨陽師がいた。


「初めてにしてはとてもうまくいきましたね。八尺様もとても喜んでいらっしゃいましたよ。」

「ならよかったです・・・。ちなみに、あの男の子は。」

「さぁ。今頃ですときっとご家族から部屋から出るなと言われている頃ですかねぇ。」

「そうですか。」


怨陽師は窓の外を眺めた。暗くなってしまった窓には自身がぼんやりと歪んでいるように映る。先程の少年は八尺様の糧となるのかとどこか心のなかで考えていた。


「後悔でも?」


御霊の問かけに怨陽師はいえと視線は外へ向けたまま答える。


「我々のような存在が生き続けるためには、犠牲はつきものですから。」


本日も本日とて皆様、お憑かれ様でございました。

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都市伝説の皆さん、ノルマは達成済で? 叶望 @kanon52514

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