第2話「八尺様、ノルマは達成済ですか?」
「なにはともあれこの世は実践が物を言います。折角ですし、現場に本日は行ってみましょう。」
「はい。」
御霊が怨陽師を車に乗せて何時間かが経った。
ビルが並び聳える都心から、緑溢れる田や畑と窓から見えるようにななった頃、もう、そろそろですよと運転に集中していた御霊が口を開いた。
「この先、砂利道になっているので少しガタツキますがお気をつけて。」
「はい。」
「さて、目的地に着く前におさらいでもしておきましょうか。」
「おさらい、ですか?」
「えぇ。本日会う、怪奇現象の根源、八尺様の事を。」
これは昔のお話です。
ある男の子が田舎の祖父母の家に遊びにきていた時の事。
ふと男の子の耳に奇妙な音が聞こえてきました。
ぽ、ぽぽ、ぽぽぽ。
一体何の音だろうと辺りを見回した男の子が縁側へと足を進めた。
するとなんという事だろうか。驚くべきことに男の子は目を見開きました。
祖父母の家を囲む生垣の向こうにそれはそれは綺麗な女性が歩いていた。
ぽ、ぽぽぽと口ずさむ女性に男の子は目を離せなかった。
ただの生垣だったら男の子もそんなに驚く事も無かったでしょう。
しかし、祖父母の家を囲む生垣は2mを超える高くそびえている物。
やたら背の高い女性に呆気にとられていた男の子はいつの間にか女性が消えていたのに気づいたのは少しあとの事だった。
その夜、男の子は祖父母に綺麗な女の人がいたと祖父母に話した。
そうかそうかと祖父母はどんな人だったのかと男の子に聞いてみた。
白いワンピースを着て、長い黒髪の帽子を被った女の人だと男の子は話した。
そこまでは祖父母も笑顔で聞いていたのだが、男の子が次の言葉を発した瞬間、形相を変えた。
家を囲む生垣を遥か超える背丈でぽぽぽと呟いていたと。
血相を変えたお爺さんはどこかに電話を掛け始めた。
顔を青くしたお婆さんは男の子を抱きしめながら神様お助け下さいと繰り返した。
後に男の子が聞いた話。
男の子が見た女性は八尺様と呼ばれる怪異だと。
気に入った男の前に現れ、魅入った人間を数日の間に憑り殺してしまうそれはそれは恐ろしい存在。
二度と祖父母の家に訪れることなくなった男のが、いつしか誰かに話したそんなお話。
「これが世間に伝わる八尺様のお話です。」
「随分と初っ端から物騒な人に会いに行くんですね。」
「初めに慣れておけば後は怖くありませんから。と言って差し上げたいところですが、まぁこれはあくまで世間に伝わっている八尺様のお話ですから。」
「と、いうと。」
「行ってみれば分かりますよ。さぁもうすぐですよ。」
長い長い砂利道を超えた先、さびれたお堂が見えてきた。近くに車を止めた御霊がここですよと怨陽師に声をかける。
怨陽師が車から降り、目の前に建つ、お堂を静かに見上げた。
「ここ、ですか。」
「はい。今は廃堂となっているのを少しだけ改装した私たちのいわゆる子会社みたいなところでしょうか。さ、行きますよ。」
鼻唄混じりにお堂へと進んで行く御霊だが、今一度、怨陽師はお堂を見上げた。朽ちて今にも崩れるのではないかと古くなったお堂に誰が好き好んで入るのだろうか。精々、肝試しと称して若者が集まりそうだが、
「生きていたら絶対ごめんだな…。」
「怨陽師さーん。早く来なさーい。」
「はーい。」
死んだ今となっては特に恐怖など感じることもないのかと冷静になった怨陽師だった。
「遠い所からお疲れ様~。御霊ちゃん。」
「お元気そうで何よりです、八尺様。」
ここは一体どこなんだろうかと怨陽師は先ほどのお堂の風景と、自分がいま座っている和室を脳内で比べていた。
朽ち果てたお堂とは比べ物にならないくらい天井の高い高級感あふれる和室に案内された怨陽師は、この綺麗さに自分が浄化されてしまうのではないかと変な不安さえ感じていた。
案内されたお堂の中はそれはそれは目も当てられないような荒れっぷりだったが、こっちですよと御霊が一部の床をべりっとめくり上げ始めた時は、そっち?と首をかしげた。
外の廃堂はあくまでダミー。会社はこっちですよとどんどん地下へと進んで行く御霊にただただ着いて行ってみたらこれだ。
やけに明るい和の空間。生きていた時だっておそらくこんな綺麗な所に来たことはないだろうと、今はおぼろげな記憶を辿る。
そしてそんな二人を出迎えたのが、
「驚いたわ~。御霊ちゃんが可愛い女の子を連れてくるんだもの~。」
「新人研修も兼ねて折角ですしここがどういう会社なのか知ってもらおうと連れて来ただけですよ、八尺様。」
自分の上司をちゃん付けで呼ぶ、髪の長い和服を着こなした女性。彼女が先程、御霊が話した八尺様そのもの。とても人に憑りつき殺すような女性には見えなかった。どちらかというと、
「何もない所だけどゆっくりしていって~怨陽師ちゃん。」
「あ、りがとうございます。」
人当たりの良い友人の母親のような人だ。それが怨陽師が八尺様に対する第一印象だった。御霊が車の中で行ってみれば分かるという言葉を思いだし、確かにまさかこんなに明るく優しそうな人が怪異だなんて誰が思うだろうか。しかし、
「本当にかわいい子…。」
ごきっと嫌な音が鈍く響いた。
目の前にいた八尺様の顔色がどんどん暗くなっていき、嫌な音はそれに伴い大きくなっていった。
「こ~んなにかわいい子…女の子なのが惜しいわァ…。」
鈍い音が部屋を覆いつくし、目の前の和服美人だったものがはるかかなた天井に届きそうなぐらいにいつしか背丈が伸びていた。黒くて長い髪。その髪を守るかのように被られた白い帽子。紫の和服がいつしか白いワンピースへと変り果て、白く伸びた腕が怨陽師の首へと伸びた。
「おいしそぉぉぉぉ…。」
ぎりぎりと首に巻きついている手に力がはいってきたのが分かる。冷たい冷たい手が気道をきゅっと締め始めた頃、
「やめなさい。」
怨陽師の首へと伸びた白い腕を問答無用で叩き落とす御霊。いった~いを顔に影を作っていた八尺様が先程のテンションへと戻り御霊ちゃん酷いと涙目に睨みつけた。狭くなっていた気道が戻ってけほっと小さく咳払いをした。
「見境なく襲わない。」
「だって~、怨陽師ちゃん女の子の癖して美味しそうだったんだもの。」
「彼女は新人と紹介したでしょう。」
顔を覆い隠す布の奥から少し怒気を含んだ声が漏れる。しゅんとなった八尺様が怨陽師ちゃんごめんなさいねぇと声をかける。
こくりこくりと首を振ってやり過ごした。
「しかし、今の様子から見ると八尺様、ノルマ、まだ達成していませんね。」
「…。」
「無言は肯定と見なします。」
「はぁ。隠したって無駄ね。御霊ちゃんの言う通り、最後に動いてから随分と経ったかしら。お陰でお腹がすいちゃったわ。」
「困りますよ。八尺様が業務を怠ると、貴女の都市伝説は消え去る。それは即ち、あなた自身の死を迎えることになります。」
しんと静まり返り、部屋が一気に寒くなったような感覚に怨陽師は軽く身震いをした。もう死んだはずの身体なのに、冷気は感じることが出来るのだなと。
「致し方ありません。この近くで適当な男児を見繕っておきますので、明日、よろしくお願いいたしますよ。八尺様。」
「はぁ~い。」
間が伸びた返事をした八尺様は、では今日はゆっくりなさってねと御霊と怨陽師を部屋に残し、出て行った。
部屋に残された二人、御霊はさてと体勢を変えてお疲れ様ですと怨陽師に向かって言う。
「なかなかですよ。八尺様の気迫にも平然となさっていましたし。流石見込んだだけあります。」
「ありがとうございます?」
「死した状態で、恐怖の感情が薄くなっている影響かもしれませんが、堂々としていればあなた自身に影響は及ばないでしょう。」
さぁ、明日の為にもう一仕事をしますよと立ち上がった御霊に怨陽師ははいと彼の後に続いた。
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