第1話「伝説はいつだって語り継がれていくもの」


「では改めてようこそ株式会社「霊魂」へ。怨陽師霊子君。皆さんに挨拶をして。」

「新人怨霊の怨陽師霊子です。まだ怨霊になって日が浅いのですがよろしくお願いします。」

「皆さん仲良くしてあげてください。霊子君の教育は私、御霊が致します。」


よろしくと伸ばされた手をおずおずと握り返すと、なんともひんやりとした手だろうか。しかし、そんな事より私は、久々に他者に触れることのできる感覚に胸を撃たれているのに必死だった。




私は数か月前に死んだらしい。

気づいた時には、ぼぅっとひしゃげた電柱の横に立っていて、あれ?と違和感をすぐに覚えた。道行く人にぶつかりそうになる度、危ないと避けようとするのだが、すかっとその人は私自身を通り抜けて素知らぬ顔で歩いていく。


思わず叫んだ。


しかし、叫んだところで振り返る者、私を怪しげに見る者なんて人はいず、ただただ私の手が行き場を失い宙に浮いただけだった。


何日感、そこに立っていたかの記憶がない。そして電柱のすぐ足元にはいくつもの花束が置かれており、中には少し枯れかけている物もあった。

じっと自分の手を見つめると、私は何時の間にこんな青白い手をしていたのだろうかと思ったが、すぐに察した。あぁ、私はここで事故に遭って死んでしまったのだろうと。事故当時に着ていたのか、白いワンピースは所々、いや面積のほぼ赤黒く染まっていた。



「(死んだら天国か地獄に行くものだと思っていたけど、私はどっちにも行けなかったのだろうか。)」



善人でも、悪人でもなかったのだろうか。どっちつかずの人とはよく言われていた気がするけど、まさか死んでも尚とは救いようがない事。

あぁ、それとも、地縛霊という奴だろうか。生前、ちょっと聞いた、この世に未練を残して死んだ魂が残り続けるという、あれ。



「(でも私、何かやり残したことなんてあったっけ。)」



特に夢もない、しがない OL 。

思い当たる未練なんてないはずなのだが、あぁ、少し自分で考えていて悲しくなってきた。すると、青白かった手に黒い靄のようなものが纏わりつき、驚く間もなく、それは全身を包んだ。



「何、これ…。」



全身に纏わりつく黒い靄を手で払おうとするも意味がなかった。それ所か、次第に気持ちがどんどんその靄の色そのもの、黒い、嫌な風に沈んでいくのが分かる。

身体が重く、自由が利かない。あぁ、何か色々と考えるのも面倒くさい。

もう、なんでもい、



「ほう、これはまた嫌な気を纏っている怨霊で。」

「…だ、」

「おや。まだ意識がありましたか。」



靄の隙間から、誰か目の前に立っている…?誰が?知らない。なら、いいか。別に。この人に見えているというなら、別に、



祟っちゃってもいいかな。



「素質があるようですね君は。」



ぱぁんと乾いた音が響いてしだいに頬に痛みが広がった。

いっと悲鳴に近い声が漏れ、頬を押さえる。

え、私、今、見ず知らずの人に頬を叩かれた…?何故?しかし今の今まで私に纏っていた黒い靄はきれいさっぱりなくなっていた。



「たった一発で自我が戻るとはやはり素質がありますね君。」



素晴らしいと拍手を送るのは、顔を布で隠した男の人…。え、ますます誰ですかこの人。黒いスーツに白い手袋を付け、顔を黒い布で隠した男の人は私のそんな思いを知るかと一刀両断するように目の前に一枚の紙を渡してきた。



「いきなりご婦人の頬を叩いて申し訳ない。私、株式会社「霊魂」の代表。御霊と云う者です。」

「かい…霊魂?」

「道端に悪霊がいるとは思いましたが頬を叩いただけで元に戻るあなたの素質を見込んで、ぜひ我が社にスカウトしたく。」

「はい?」



その時はあれよあれよと話が進んで行き、私がこのいかにも怪しげな会社に入社する決め手になったのが、寮完備ということ。

だって、今この時点で住めるところなんてないんだし。背に腹は代えられない。



「あの、御霊さん。」

「はい、なんでしょう。」

「一度、頭の中を整理したくて。もう一度この会社の業務を確認しておきたくて。」

「あぁ、そうですね。この間は良いお返事をすぐにいただけた物ですから。私も改めてご説明しようと思っていたんです。」



都市伝説って聞いたことあります?

一概には根拠が曖昧だが、口承として今なおこの世に残る話の事。


この世の物とは思えない恐ろしいものから、少し不思議な事まで幅広くある話。


その話に出てくる、幽霊等達。所詮都市伝説とは思ってはいけない。

言葉というのは偉大な物で、都市伝説、おとぎ話程度にしか思われていない人ならぬモノたちは今なおこの世にひっそりと蔓延っているものである。

しかし伝説というのはいつだって誰かによって語り継がれていくもの。語り継ぐ者がいなくなってしまえば、その伝説というのもいずれ消え去ってしまう。伝説が消える=そのモノたちの死を意味する。


そんな絶滅寸前のモノたちを救うべく幽霊である我々がその伝説をこの世に残そうと活動するのが主な業務内容。


都市伝説によっては生きている人間が犠牲になることも少なくはない。

しかし、私たちも生きるために必死なのだからそこはお互い様という事で少々目をつぶってもらおうという訳だ。

何故、私たちがそんな活動をするのかと言えば、まぁ同業のよしみという事にしておきましょう。


「以上で何かご質問は?」

「ないです。」

「物分かりが良くて大変助かります。あぁ、それと、もう一つ、この会社で務めていくうえで大事な事。さぁどうぞ。」

「えっと、決して他人に本名を明かしてはいけない…。」

「正解です。」


言霊。なんて言葉があるぐらいですので、相手に名前を知られるという事は、自分の命を握らされているという事。

商売相手にうまく利用されてしまってはこちらとしても分が悪い。

二度目の死を決して自ら迎えたくはないでしょう。


「だから、私があげたその名以外は決して出さぬ様に。」

「はい、御霊さん。」

「よろしい。では次に当社の案内をしましょう。」


こちらへどうぞ。

その覚悟をもう決められたのですもんね。

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