1
その医師は、
「いやあ、何度検査してみても、やっぱり不思議なものだね。きみ、死んでるよ。間違いなく死んでる。脈は止まってるし、心臓も動いてない。生体反応なし。完膚なきまでに死んでる。きみ、どうなってんの? どんな原理で動いてるの?」
「……自分の身体のことなんて、自分でもわかりませんよ」
寝台に横たわった病葉の身体には、べたべたと検査用の医療器具がつけられ、針が刺され、いたるところからケーブルがのびており、さながら蜘蛛の巣にかかった蛾のようだった。
「きみの瞳孔、動いてるよね? 外界みえてるの? 脳のシナプスどうなってんの? いやあ、笑えるわ。笑えないやつの方が多いみたいだけど。屍体が甦るっていうんで、廃業しちゃった医者や科学者いっぱいいたわけだし。この世の関節が外れてしまった、ってなもんだよね。幽霊見たくらいでびびるハムレットとおんなじだ」
ケーブルのつながった先のモニターを見ながら、
「きみってさ、こころとかはどうなってんの? 生きてる人間と同じなわけ? まあ、生きてる人間のこころだって、ボクはあるんだかないんだかよくわかんないけど。哲学的ゾンビなんて話もあるけど、きみは肉体的にもゾンビなわけだ。同じゾンビをぶち殺した時に、どんなことを感じるのかな?」
「それなりの物思いはありますよ」
「そりゃそうだわな。ゴキブリ殺した時だって、物思いくらいはあるわけだし。きみさ、行く先々で人に不快感あたえてるでしょ? いや、別にきみの性格が悪いとかそういう話ではないよ。屍体って、普通の人は目を背けたがるものだから。誰もが死なんて知りませんって顔でせっかく日常を送ってるのに、死臭ぷんぷんで歩いてくるから、きみは日常の裂け目を感じさせちゃうわけ。だからきみって、TPO的に言えば、基本どこに行ってもアウトだよ。日陰者だね。ご愁傷さま」
さらさらとカルテにペンで書き込み、御厨医師は満足げに検査を終えた。
「いやあ、相変わらずさっぱりわかんないわ。こんなに意味不明な存在があるって、世の中捨てたもんじゃないね」
「“ホレイショー、この天地のあいだには、おまえの哲学では夢にもおよばないことが数多くあるのだ”」
病葉の抑揚のない棒読みに、御厨医師はきょとんとした。
「……なんだい、それ?」
「ハムレットの台詞ですよ」
「あ、そうなの。ボク、あれ読んだことないんだよね。面白いの? 面白いって言われても、読む気ないけど。幽霊が出る話って個人的に嫌いなんだよね。未練がましいのって、理解できないから。さあ、メンテナンスは終わったよ、ゾンビは行った行った。早いところ寝台を空かしてくださいね」
医務室から出てきた病葉の足音で、廊下のベンチでまどろんでいた真司ははっとして頭を振り、立ち上がった。
「終わったか。またあのおっさんのおしゃべりに付き合わされたのか?」
「向こうが勝手に話しているだけですよ」
「聞いててうんざりしないのか? あのおっさん、人を人とも思ってないし、それを隠す気もないからな。まして屍者なんて、珍獣としか思ってなさそうだ」
「御厨医師は優秀ですよ。仕事を早く済ませてくれますから。手と一緒に口が動くというだけです。それに、人に対しても屍者に対してもあの人は平等ですよ。どれだけ自分を楽しませてくれるか、その一点でしか他者に関心を持っていませんから」
「それもどうなのかね……。ちょっと壊れてるというか、欠落している感じがするな」
「それは彼に限ったことではありません」
「……ま、そうかもな。この仕事やってると、ざらにあることだな」
二人は駐車場へと向かうため、署の階段を下りた。
骸捜査官と屍犯罪者 koumoto @koumoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。骸捜査官と屍犯罪者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます