雪と蒼炎

愛澤あそび

第1話

 二十歳から五年間占い師なんて職業をやってきたが、いわゆる幽霊が見える体質からか「面倒ごと」と言うものも持ち込まれることも珍しくはなかった。

 幽霊関係の相談を一度受けてしまったら噂が広まり「面倒ごと」の依頼が急増してしまい、どっちが本業かわからないくらいにまでなっている。


 目の前にいる事務所のドアを開けずにすり抜けて入ってきたこの紳士も、明らかに占い希望ではないことは明白である。

 というかかなり位の高い存在に見える。そう神様クラスのような。


「 あなたの評判を聞いて相談に来ました」

 上下ダークグレーの高級そうなスーツを身につけた紳士の姿をしている。寄れたTシャツの俺が罰当たりな気がしてきた。

「あなたのような高位な存在の相談なんて……私に解決できるでしょうか?」

 お茶を彼の前に置き、一息ついて訪ねた。飲まないとは思うが、こういうのは形が重要なのだ。

「難しいことでは無いのです、ただ道を尋ねたいだけなんです。わたしには行きたい場所があるのです」

 神社か何処かだろうか、今はインターネットで目的地を入れれば、行き方だけでなく、どのくらいの時間がかかるのかまで分かるものだ。さっさと調べて案内してしまおう。神よこれが現代の技術なのだ。

 だいたい神クラスなんて関わるどころか見ることすら本来まずいわけで、早期解決早期お引き取りを願いたい。

「その目的地はどこでしょうか?責任持ってお調べしましょう」

「おぉ、助かります。それは……大地に青い炎が燃え盛り、空からは雪が降っている、それはとても見事な風景でした」

 責任を持って調べるなんて大見栄を張ったことを俺は後悔したのだった。


 インドネシアのイジェン火山。

 ジャワ島の東、バリ島に近いところに位置しているらしい。

 インターネットで調べたところ自然の中において青い炎が見られるのはここ以外には見つからなかった。

 しかし、インドネシアに雪が降ったという話は、いくら探しても見つからない情報だった。

 ちなみに申し遅れて申し訳ないが俺の名前は、終々原円奴ししはらえんど

このエンド占星館の館長で占い師と除霊を担当している。

そしてもう一人の社員でそろそろ出社してくる彼はーー

「よぉ円奴。相変わらず暇そうだな」

ガチャリと扉が開き彼はソファへどしっと腰掛けた。いやそこ…神様が。

「竜胆。今お客様がいらしてるんだ」

「え?あぁゴースト系の依頼ね。で、どこにいるの?」

「そのソファ。お前半分重なってるぞ」

 なんてバチ当たりなやつだ。

 坂巻竜胆さかまきりんどう、俺と同じ二十五歳、全く霊感のない男、俺の助手、自称エンド占星館の頭脳担当、自称メンタリスト、自称手品師、その他自称多数。

 こんなやつではあるが、貴重な人材であり彼が解決に導いた「面倒ごと」も少なくはない。

 今回も彼に頼りそうな問題ではあった。

 ということで彼を座り直させ、改めて現在までの経緯を説明し、話を進めることにした。

「インターネットで調べればなんでも解決できるわけじゃないんだぜ円奴。頭を使えよ、頭でキーボードを打てってことじゃないぜ、頭で考えろってことだよ」

「くそっ、言いたい放題だな。だったら、お前わかったのかよ」

「まだ半分ってところかな。俺の質問をその神様にしてくれよ」

 その言い草でわかってねえのかよ。ともかく、さぁここから質問タイムだ。



「その風景を見たときのことを詳しく教えてください」基本的な質問だ。

「私は、眠りにつく前に世界中を旅していました。そこで目にした中で、最も印象に残った景色が雪の降る中、青い炎が燃え上がるあの光景だったのです。私はどのくらい眠っていたのかわかりませんが、眼を覚ますと周りはとても変わっていた。少し探しては見たもののそれらしい風景は見つかりませんでした」

 紳士は穏やかに語った。そのままを竜胆に伝えると彼は考え込んだように動かなくなった。

 竜胆が固まったままのため、間をつなぐためにインドネシアの話をしてみることにした。

「青い炎が見えるところが、インドネシアにありましてね。そこは雪が降る気候ではないんですが…。今ここが日本ですから海を越えてはるか南ですね」

「彼はなんて?」竜胆が口を開いた。

「青い炎があるなら行ってみたいが、海は越えたことがないから不安だってさ」

竜胆は席を立つとキッチンへ向かった。彼の好物のカフェオレでも入れるのだろう。お湯を注ぎながら彼は最後に二つ質問をしてほしいと言った。

「あなたは何故この場所で眠りについたのですか?」

「あなたは本当に神ですか?」


 さぁ解決編ですよ。彼はそういうとカフェオレの入ったマグを片手に語り出した。

「結論から言うと彼の思い出の地は、ここ日本。それは最後の質問からわかるよな、なぜここで眠りについたのか?それは、この場所が思い出の場所であったから。しかし、青い炎が見られる場所は日本にはない。ではどこかを考えてみると、話の中で引っかかる点がある。

 彼は世界中を旅したと言っていたのにもかかわらず、インドネシアの説明をしたときに海を越えたことがないと言った。

 この島国日本を寝床にしながら海を越えずに世界を旅することなんてあり得るのかと」一息つくと彼は続けた。

「パンゲア大陸。仮説とされている大陸移動説で、現在の諸大陸が分裂する前にひとつであったとされるものだな。

 つまり海を越えずに世界中を旅することができる環境ーーそれは約三億年前、現在の世界の地形が成り立つ前の地球だった」

 スケールの違う話になった。でも彼の仮説はかなり的を得ている、というか正解に限りなく近いだろう。そりゃ三億年も寝てたら周りも変わるだろ。

 つまり、人類が発展していたとかそんな話ではなく、地形そのものが変わっていたんだ。

 そんな昔にも神様はいたのかという疑問は最後の質問「あなたは本当に神様ですか?」これで解決された。

 彼曰く、神様って言った方がわかりやすいかと思った、本当は思念体のようなものであったらしい。

「青い炎は硫黄が燃える事によって見られるものであって、日本も有名な硫黄の産地なんだよね。神奈川県の箱根にある大涌谷おおわくだにとか栃木県の那須にある茶臼岳ちゃうすだけとかね」

「三億年なんて長い時間をかけたなら、きっとどこかでそんな景色が生まれても不思議じゃないってことだな」


静かな大地を闇が包んだ。

冷たい空気に青い炎だけが浮かび上がる。

やがて空から雪が舞い降りる。

炎の光を浴びて白く光る景色を私は知っている。

私だけが知っているこの景色。

私はそろそろ、眠りにつく。

次に目覚めた時、どんなに世界が変わっていても。私は忘れはしないだろう。

微睡みの中で私は考えるのである。


「納得はしたみたいだよ。とりあえずインドネシアに行ってみるってさ」

神様がいなくなったソファに座っている竜胆に声をかけた。

「というかよくパンゲア大陸なんて知ってたな、名推理だったよ」

「あんなの適当なんだけどね。大陸移動説が本当なのか根拠もないし、納得してもらう為の辻褄合わせだったんだけど、案外当たってたっぽくて安心したよ」

 適当だったのかよ。でも確かに当たってはいたのだろう。彼は眠り続けていたのだ、現在、失われた景色を夢に見ながら。

「なぁ、竜胆今回の報告書をまとめるんだけど、そのタイトル。雪と蒼炎なんてどう?」

「ださっ」

 竜胆はソファでカフェオレを啜りながら答えた。

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雪と蒼炎 愛澤あそび @asobizaka

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