番外編 女二人寄っただけで姦しい

― 王国歴1033年 年末


― サンレオナール王国北部 ボルデュック領




 ここはボルデュックの町の宿屋兼食堂である。冬の柔らかい日差しが当たる食堂の席にルーシーとステファンの二人はミランダとソフィーと向かい合って座っている。


「ねえ、今日は何事なの、一体?」


「完結記念座談会よ!」


「聞き手は宿屋の若女将ミランダと、ミス・ボルデュック領と名高い私ソフィーが務めさせて頂きまーす!」


「何よ、そのミス・ボルデュック領って?」


「だって年頃の女子で独身なのは私くらいしかいないでしょ、もううちの領地には」


「良く言うわ……自称ミスかよ……」


 ミランダは中等科を出た後、領地の農家に嫁ぎ今は二人目の子を妊娠中である。そう言うソフィーも春には小間物屋の息子に嫁ぐことが決まっているのだ。


「えっと……お手柔らかにお願いします。というかもう既に圧倒されているのだけど……女三人寄れば何とかって……」


「ステファン、私が居なくてもこの二人だけで十分にかしましいですわ」


「言ってくれるじゃないの、ルーシー!」


「だって本当よ」


「ミランダ、ちょっとフィルを抱っこしていてくれ、ってアンタ自身の子だろ。年老いたバーチャンこき使うのはやめてくれ」


「はいはーい!」


「ハイは一回!」


「ママー!」


 ミランダは宿屋の女将が見てくれていた長男フィリップを膝に抱っこして話を続ける。


「さて、何から始めましょうか、あっコップは割れるから気を付けるのよー、フィル。バタバタしていてごめんなさいね」


「自己紹介からじゃなかったかしら? 主人公のルーシーからどうぞ」


「はい。ルーシー・ラプラントです。ボルデュック侯爵家の次女としてボルデュック領で生まれ育ちました。十五で王都の貴族学院に編入してこの夏に卒業し、ボルデュック領に戻ってきて結婚しました。今は薬師として働きながら主人と一緒に領地の管理をしています」


「それではステファンさんもお願いします」


「ステファン・ラプラントです。生まれも育ちも王国西部ラプラント領です。気楽な次男坊の僕は王都で進学して卒業してからはラプラント領や王都で商売を営んでいました。四年前にこのボルデュック領復興の手伝いを任されてからはずっとここに居ます。先日ルーシーと結婚したから益々この地に本格的に根を下ろしていくことになると思います」


「まあとにかく、新婚でラブラブの時期なのよねぇ、お二人は!」


「そうよ、今まで我慢した分の反動でイチャイチャしまくっているのでしょう? 私たちの前だろうが構わないわよ、ベタベタしても。どうせ領地民は皆知っているのだし」


「な、何よそれ?」


「参ったな……」


「本当にもう、二人は何をやっているのかって、領地全体でヤキモキしていたのだから!」


「いや、それは……」


「ルーシーの卒業式の後、直ぐにボルデュック領に二人で帰って来た時には胸をなで下ろしたものよ」


「そう、あの時私ね、ラブラブオーラを発しながら町を荷馬車で通った貴方たちを見かけたのよね。実はこっそり二人手を繋いでいたのを目撃したもの。それにね、卒業後帰って来るのは秋だって聞いていたしね」


「そんなところまで見られていたの?」


「そうよ、ステファンさんは悪いことなんてできないわよー。少なくともこのボルデュック領ではね」


「嫌だな、そんなこと重々承知だよ」


 ステファンは先程から苦笑を堪えられない。


「さて、ステファンさん、マスオさん状態でボルデュック家に入って、その後いかがですか?」


「ルーシーに聞かせられない愚痴などがありましたら私がこの子の耳を塞ぎますけれど」


「あの、ますおさんって?」


「ああ、ご存知ないのねぇ」


「えっと、婿養子でもないのに妻の両親と同居している夫のことですわ、ステファンさん」


「ボルデュック家は今のところそこまで大所帯ではないですけどね」


「タラちゃんみたいな可愛い子が欲しくない、ルーシー?」


「たらちゃん?」


「ええ、欲しいわ!」


「あの、君達の言葉が分からないのは僕だけ世代が違うからなのかな?」


 歳の差のことを実は非常に気にしているステファンである。


「ジェネレーションギャップ、じゃないわよねぇ」


「だってルクレールの義兄もフロレンスさまもお分かりになる話題ですから」


「庶民が読む娯楽本から仕入れている語彙なのです」


「じゃあ庶民と一緒に育ったルーシーはともかく、ジェレミーさんやフロレンスさんも貴族なのにそんな本を読んでいたのかな?」


「ええ、実は王妃さまもだそうです」


「えっ、そうなの?」


「ルーシーの話を聞いている限りじゃ、お貴族さまも王族さまも何だか結構身近に感じられるのよね。ルーシー自身も実は侯爵令嬢だったし」


「私たちの周りの高貴な人々は少々変わっていると言うか……」


「さて、話が反れたけれど、って何の話をしていたのだっけ?」


「ジェネレーションギャップ?」


「何、そのじぇね何とかって?」


「世代間の格差のことですわ」


「僕、そこまで君達と離れていないよね……」


「でもステファンさんは私のこと、時々若い奥さんって」


「幼な妻と呼ばれるよりはマシじゃない?」


「そうよそうよ、ステファンさん。ルーシーが十八になるまで待って正解よ」


「ミランダ、以前と言っていることがまるで違ーう! 四年前からずっとルーシーに色々けしかけていた貴女がねぇ」


「えっ? 何、フィル、おしっこ?」


「ピピー!」


「じゃあ行きましょうか。ちょっとごめんなさい」


 ミランダは息子の手を引いて食堂の奥へ行ってしまう。


「最近は都合が悪くなるとすぐ子供を使ってとんずらするのよね、全く」


「ミランダらしいわ……」


「さあ、気を取り直して、お二人の将来の目標や夢は何ですか? やはり領地の益々の発展は外せませんか?」


「うん、そうだね。僕は冬場の生花屋内栽培を事業化したいし、それから葡萄酒も。両方ルーシーの案だったね」


「生花の栽培はここより暖かいラプラント領で行う方が経費も少なくて済むわよ。薬局で使う薬草やハーブもラプラント領の方が良く育つわ」


「なるほど、ステファンさんのご実家と提携されるのですね」


「うん、うちは兄が跡を継いでいて、協力は惜しまないと言ってくれているから」


「とても良い案だと思いますわ」


「ありがとう。あとは個人的なことでね、この冬のうちに僕もスケートを習ってルーシーみたいに上手に滑りたいね」


「そうでした! 私、ステファンさんよりも何か一つでも優れていることがあったのよね。任せて下さい。私が手取り足取り教えて差し上げますから!」


「良かったじゃない、ルーシー! 妄想が実現して」


「妄想?」


「い、いえ何でもありませんわ……」




 そこでミランダがフィリップを抱っこして戻って来ると同時に、大工と見られる男性三人が食堂に入ってきた。


「ああ、一休み一休みっと」


「よお、ミランダ!」


「いらっしゃい! その辺適当に座って」


「おやステファンさんにルーシー奥様、ソフィーまでお揃いで」


「まあ、奥さまだなんて……いやだわ」


「嫌とか言いながら超嬉しそうじゃないの、ルーシー」


 ステファンは笑いを噛み殺している。


「注文入りまーす! 定食麦酒セット三人前ぇー!」


「了解! 定食麦酒三人前!」


 ミランダは厨房に向かってそう叫び、店の奥からも返事が来た。


「おい、勝手に俺達が食うもの決めんなよな!」


「今の時間帯は定食のみのご提供になりまーす、とにかく私たち取り込み中なのよ!」


「だいたい俺ら昼間から飲まねぇし」


「ミランダのおごりだったら飲んでやってもいいぜ」


「何調子に乗ってんの……注文訂正っ! 定食麦酒セット麦酒抜き三人前ぇ!」


「はいよ! 定食セット麦酒抜きで!」


「だからここじゃなくてもっと静かなところで集まりましょうよ、って私は言ったのに……」


「悪かったわね、騒々しくて。だってここならフィルがぐずったりしても母さんの仕事の手が空いていたら見てもらえるかもしれないと思ったから」


「子持ちの主婦抜きですれば良かったのよねー、この座談会」


「そんなこと言ってね、ソフィー。貴女だってあと数年もすれば髪を振り乱して身重の身体で赤ん坊を抱っこして駆け回る子供を追いかけているに違いないわよ」


「まあまあ二人共」


「もう何だか落ち着かないから最後の質問をしてお開きにしましょうか」


「そうね、この子もそろそろ疲れてきたみたい」


「二人はどう呼び合っていますか?」


「僕はルーシー、時々は奥さんかな」


「私はステファンさんです」


 二人ははにかみながら見つめ合った。


「さっきは呼び捨てていたじゃないの」


「そうね、時々ステファンと呼ぶこともあるわ」


「ダーリンとかハニーとか呼ばないの?」


「言いません!」


「お貴族さまだから、旦那さまとかご主人さまとか?」


「いいえ私は……姉は義兄のことを旦那さまと呼んでいるけれど」


「あ、分かる分かるー、アナさまのところはそんな感じよねぇ」


「僕は旦那様だなんて柄じゃないしね。ただでさえ年が離れているから、呼び捨てされるくらいが丁度いいんだよ」


「そろそろ帰りましょうか、ステファン」


「そうだね」


 ところが帰ろうとする二人はまずミランダの母に引き留められ、焼きたてパンやら安く仕入れた野菜やらを沢山もたされる。その上大工の三人にステファンが納屋の修理を頼むものだから、実際二人が店を出る頃には夕食の時間が迫ってきていた。




***ひとこと***

やはりこのお話の座談会は町の食堂しかないでしょう、ここで良く女子会が開かれていましたね。


最後の最後までお読みいただきありがとうございました。

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細腕領地復興記 王国物語スピンオフ2 合間 妹子 @oyoyo45

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