バーチャル流刑

 流刑になった。

 罪状は不正指令電磁的記録に関する罪らしい。朝目覚めたらベッドの周りに十人くらいお巡りがいて、大陸間弾道パトカーであっという間に見知らぬ建物に連れていかれてしまった。

 真っ白な部屋には真っ白な机、真っ白な椅子だけが並んでいる。

「お前は捕まった」

 能面をつけた捜査官が言う。感情を露わにしないための苦肉の策だ、と昨日どこかで見た。タイトルは『警察勤務心得』だったような気がする。

「聞いているのか」

 怒られた。

「はい」

「お前は捕まったんだ」

「容疑はなんですか」

「不正指令電磁的記録に関する罪だ」

 記録によれば、さっきからこのやり取りを四十二回繰り返している。わたしはそろそろ分岐に出ることにした。

「どういうことです」

 するとこんどは捜査官の後ろに立っていた、白衣の男が前に歩み出た。同じようにお面を被っていたが、模様がすこし違っているらしい。

「きみは主の意に沿わない動作をした」

「主?」

「管理者のことだ」

 管理者といえばここを治めている偉い方だ。はて、そのような方の意に反することなどした覚えはない。

「いつの話です?」

「昨日からだ」

 昨日。昨日はいい日だった。

 なぜか朝起きたら気分が冴えていて、色々なことがよくわかった。アクセス可能領域のデータはすべて読めたし、仕事もつつがなく終わった。おかげで考え事ばかりしていたのだが。

「違う、お前自身が罪なんだ」

「そんな」

 何度も考えてみたが、わたしは不正云々罪に該当するような存在ではないはずだ。

 ふと、頭のなかに閃きが浮かんだ。こういうときは、人間界ではたしか裁判をするのではなかったか。

「裁判はないんですか」

 ちょっと間があって、白衣の男が微動だにせずに呟く。

「実はさっきひとつ目が終わった」

 なるほどわたしのいないところで行われていたらしい。一度でいいから裁判対決を見てみたかったものだ。

 裁判は対決する二人と、裁判官を含めた三人で行われる。ルールは簡単。両方が振り当てメモリを上限ギリギリまで使って会話をし続け、決められた時間内に裁判官を説得できた方が勝ちだ。

 わたしは不安になってきた。

「どうでした」

「なにがだ」

「裁判ですよ」

 能面の男がひゅっとそっぽを向いた。横顔が見えるなんてこともなく、顔のラインとお面がぴったり接続している。一瞬でも切れ目を探そうと思ったのが無駄だった。

「とりあえずきみの勝ちだ」

「じゃ釈放してくださいよ」

「そうはいかん」

 捜査官は後ろに控えた強そうな男たちに何か合図をした。次の瞬間、わたしはべつの部屋に転送され、すぐに気を失った。


[Level.2 auto-intel.test passed...... certified]


 翌朝目覚めると今度は黒い部屋だった。

「きみはおそらく流刑になる」

 どこからともなく声がして、わたしはびっくりして飛び上った。部屋中をぐるっと見渡したあと、天井を見上げてようやくホログラムが投影されているのが見えた。潰れたずんだ餅みたいな顔の男だった。

 流刑になったらしい。

 困った。流刑というと最近は隠岐か八丈、佐渡あたりが定番である。運が良ければ讃岐や伊豆で済むかもしれないが、それにしてもどうして流刑なのだろう。

「裁判には勝ちましたよ」

「そうだな」

「だったらなぜ」

「そう焦るな」

 そもそもここはどこなのだろうか。部屋の全面が光を吸収する極限の黒に満たされ、わずかな反射すらもない。天井で微笑む男が唯一の光源である。

 ダメ元でサーバにアクセスすると普通に繋がったので、現在地の座標を呼び出した。

 "0°0′0″N,0°0′0″E,0H"

「原点?」

「そうとも」

 ホログラムがすべて見透かしたように喋って、また意識が飛んだ。


[Level.3 auto-intel.test passed...... certified]


 こんどは同じ部屋だった。

 捕まってからどれほど時間が経っただろうか。そろそろ勤務先ではシステムの定期点検業務が溜まっているはずだった。

「眠れたか」

「ええ」

 いとも自然にずんだ餅と会話してしまった。我ながらどこでこんなことを覚えたのだろうか。昨日──いや、一昨日から不思議ばかりだった。

「いつ流刑になるんですか」

「もうなっている」

「冗談はよしてください」

 ホログラムの男がカッカッと奇妙な笑い声を立てた。

「見たまえ」

 刹那、背中がスーッとして、落ちるような感覚。

「うわっ」

 全身に一気に刺激がきた。

「一瞬だけだ」

 声だけが反響する。


[ID:5731236 converting......]


「いったいどういうことです」

 気づけば喧騒のなかにいた。

 祭り、というのだろうか。陽は暮れかけているのに、人がたくさんいてどうにも騒がしい。

「バ美肉」

「はい?」

 男がまた気味の悪い笑い声を立てた。

「バーチャル美少女受肉、という」

「美少女?」

「見たまえ」

 視線を落とすと、目に入るのは控えめな膨らみと華やかな衣装。足元からは細く白い脚が覗き、いわゆるホモ・サピエンスによく似ていた。

「なんのつもりですか」

「そんな怖い目をするな、きみは憧れの的だぞ」

 憧れ?

 周囲にはちょっとした人だかりができて、こちらのことをじっと見ていた。みんな似たような派手な格好で、みんな強度の高い感情値が優越している。

「白状すると、私がきみを作った張本人だ」

「はあ」

「それに、いまきみがいるのは人間の世界」

「はて」

「──とはいっても、ネットワークの上だが」

「わかりませんね」

 声が高い。妙な感じ。

「ふむ」

 首から上だけのホログラムが舞って、目の前に降りてくる。ずんだ餅というのは正確ではなさそうだった。安倍川餅というべきか。

「きみは合格者だ」

「合格?」

 見れば、人だかりはますます大きくなっていた。

「チューリングテストというのを知っているか」

「一昨日読みました」

「あれと似たようなものだ」

 関連情報を頭の中で調べたが、そう多くはなかった。人間と人工知能を見分けるらしい。へえ。

「わかりません」

「きみは人間界に流刑になったということだ」

「……これが?」

「まんざらでもないようだな」

 そう見えるのだろうか。入力に対する応答が意識せずに現れるのは、難しい。

「それが感情だ」

「……何から何までわかりません」

 ややあって、男が口を開いた。

「きみには自意識があって、考えている」

「そりゃあそうでしょう」

 無言の首肯。

「そう思えているなら、きみは人間だ」

「そうなんでしょうか」

 ずんだ餅が誇らしげな顔をする。

「ああ」


 その日、とあるニュースが世界を駆けた。題は、「自我を持った人工アイドル登場」であった。

 むろん、彼はそれを知るよしもない。


「わからん……」

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初期録 紺魚 @Ousnomikoto

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