後日談 ~ルイス・アロンドラの場合~


――人生は楽しいほうが良い。


――仕事は愉快なほうが良い。


みんなもそう思うだろう?

おや、違う?結構、結構!

安心したまえ。例え君が違う考えを持っていようと、我らが公国において君の人権は保障されるとも!

――君が、公国を害する者でなければ、ね。


そんな主義主張はともかくだ。先日、私のもとに面倒愉快な仕事の依頼が入った。

なんでも新型術式のテスト運用をしろ、とのことだ。

嗚呼!なんて面倒愉快なんだ!しかもその術式の考案者は私自身なのだから逃れられぬではないか!

こんなつらい任務には、親友を巻き込むに限るだろう。ついでに任務成功を賭けたささやかな賭博お遊びもセッティングしておこう。

これにて舞台は完璧だ!私の役どころは、さながら恋のキューピット――なんと素晴らしい!全くもって名誉である!

この舞台を全力で盛り上げねば、漢ルイス・アロンドラの名が廃る!



――結果として、舞台は大成功であった。

親友殿わが友は無事想い人と結ばれ、私は無事新型術式の運用許可と“資金”を得たのであった。

これで我らが公国の戦乱に乗じて塒を築かんとするハイエナ共の駆逐が捗る――実に愉快だ。

ああそういえば、上演後、親友殿が怒り心頭で乗り込んできたね!ありがとう友よ、君の尊い犠牲は忘れないよ――いや、でも良いじゃないか!君だって初恋の人と結ばれたんだからさあ、むしろ感謝されるべきだよね私は!!

ちなみに一番の見どころは――そうだな、二日目の朝、リディちゃんがエドに可愛いモーニングコールをしに来たとき、エドのやつが「なんで……!?」と小さく泣きそうな声で呟いていた場面だったかなあ。まあ、リディ嬢には聞こえていなかっただろうけどね!良かったね、親友殿!


しかし、エドウィンも変わったな。昔はしょっちゅう泣いてばかりで――彼の母上がからはショックで殆どの魔術を行使できなくなってしまったというのに――今では、すっかりあの調子だ。このまま行けば、彼の家系に代々伝わる大規模魔術も使えるようになるだろうね。幼馴染としては嬉しい限りだよ。ただ、あのエセ高慢ちきな態度は何なんだ?なんの影響だ?いつから変わった?彼が輸送部隊長になったときあたりかな?

そういえば、あの頃――


*  *  *


「やあ、エド!君の活躍は聞いているよ、それから部隊長就任おめでとう!これは祝いのワインだ。ランベルグの10年物だよ!」

「ああ……ルイス、ありがとう」

「おや、新任部隊長殿は何やら元気がないね。一体どうしたんだい?」

「ルイス、同じ軍人として、折り入って君に相談がある」

「なんだい急に改まって」

「………」

「……仕方がないなあ。エド坊ちゃんの為にこのルイスめがひと肌脱いであげましょう!」

「その呼び方はやめろ!というか君のほうが家の格は上――」

「…その話はナシだ、エドウィン。で、相談の内容は?」

「……すまない。その、私は――どう、部下と接するべきだと思う?」

「………はあ?君、士官学校出身だろう?そんなの散々教育されてきただろうに」

「だから!恥を承知で君に相談しているんだ!私は――私は今まで――」

「わかったわかった、そう悲壮感溢れる顔をするなよ。せっかくのワインがしけちまうじゃないか。君が君の価値観を変えたのはよく知っているよ。本当に底抜けの善人だよねえ、君はさ」

「私は善人ではない」

「……ふうん、どうだか。まあそうだね、私が君に言えることは――」


――堂々と、部下が誇りを感じられるような態度をしていればいいんじゃない?



*  *  *


………もしかして、私のせいかな?


ま、いいか!アレはアレで面白いし、なんだかんだ言って部下にも慕われているみたいだし?

結果良ければ全て良し!私ってば良い仕事をしたね!!

部下に慕われ成果を上げ、更にはリディちゃんという素晴らしいカノジョまで出来て、最高のハッピーエンドだ!


――リディア・イーリス、彼女は魔法大学の後輩である。

長引く戦乱に心を痛め、自ら軍に志願した高潔な精神を持つ女性(ひと)だ。勿論優しさも――そして、着目すべきは彼女の潜在魔力の高さだ。恐らくあれは私やエドゥインよりも上だ。まだ、彼女は自覚していないようだけれど。

きっと彼女であれば、エドウィンと共にこの国の未来へ貢献してくれることだろう。

ちなみに、学生時代彼女に惹かれる男はそれなりにいた。学問に打ち込みすぎていた彼女には気づく余地もなかったようだが。


彼女は光の中に生きるひとだ。その暖かな光は、様々な人間を引き付ける――たとえ、闇の中に生きる人間であっても。

……そんな彼女を仕留めるなんて、エド、君はなんて罪な男なんだろうねえ!


…………………

……………


「で?そんな幸せ絶頂で光属性の君が私に何か用かい?」


なんの因果か、情けない顔をした親友殿が再び私室に襲来した。


――これはアレだな、『わりとどうでもいい』相談事がある顔だ。


「そんなとはどういう文脈だ。というかルイス……お前最近私に対する態度がきつくないか?」

「よく言うよ~散々私のことを悪魔呼ばわりしていたくせにねえ」

「それは!お前が悪いだろうが!!!」

「ええ~?君的には大勝利だったでしょ?」

「くっ、何故お前はそう……ま、まさか、お前もリディアを!?」

「そうだけど?」

「な………!」


案の定椅子から飛び上がって硬直した。面白すぎる。


「嫌だなあ、冗談だよ~!」

「……はあ、そうか」


そう言ってのけると、親友殿の身体が再び椅子に深く沈む。

しかし少し疑念の色を残した瞳がこちらへ向けられる。


「安心しなよ、わが友よ。相思相愛の君たちを引き裂いたりはしないって!それともこの私が信用できないって言うのかい?長い付き合いだというのに」

「それは……ないな。お前はそういう奴じゃない」


だろう?親友殿。私は光の中に生きる者へは手出ししない主義でね。

ただし――


「ただし、君がリディちゃんを泣かせるような真似をしたら――彼女を攫ってしまおうかねえ?」

「は!?私はそんなこと絶対にしないぞ!!」

「見事な宣誓だ!これはリディちゃんも安心だね!というか君、最近随分と面白い立ち振る舞いをしているそうだね?――メイルード侯の夜会を欠席したそうじゃないか」


そう言うや否や、エドウィンが身を乗り出した。


「……相変わらず耳が早いな」

「まあね。メイルード候は君の嫁に娘のナタリア嬢を推していたからねえ。彼としては今の状況は面白くないだろうし。君に反感すら持っているかもしれないものね?要するにリトマス紙ってやつだろう。君に反感を抱いている貴族の筆頭である彼の夜会を欠席することによって、その他がどう出るか――」

「そうだな。それにメイルードはもう既に動き始めている」

「――ああ、前に君が潰した暗殺組織の件だろう?リディちゃんには?」

「先日包み隠さず話した。防護結界と護衛の件は了承してくれたよ」

「まあ、彼女は軍人だからね。輸送部隊と言えど現場を知っているし、戦闘経験もある。聡いから無茶な動きもしないだろうし、そう簡単にはやられないだろうよ」

「そうだな。ただ、私としては彼女に危害が及ぶ前に片を付けたい」


彼の真剣な顔が此方へ向けられる。

うーん、思っていたよりも『どうでもいい』相談事ではなさそうだ。


「はあ、いいけど。君って彼女のことになると容赦ないよねえ~」

「当たり前だろう。もう、二度と大切な人と記憶を失うのはごめんだ」

「……母君のことかい?」

「そうだったな、我が母は

「……疑っているのか」

「…………。ほとんど、母の記憶はないがな」


事実、エドウィンの母君の公式的な死因である病死――には不可解な点があるのは確かだ。

ただ、私ですら未だその真相に辿り着けていない。


「そうか……君が躍起になるのは理解できるけれど。急いては事を仕損じるよ、エドウィン」

「ルイス、」

「いいか、最後まで私の話を聞くんだ、エドウィン。君が今すべきことはなんだ?母君とリディア嬢を重ねて追い縋ることか?――違うだろう。まず、君が成すべきことは、リディア嬢を守る事だろう。焦るなよ、エドウィン。勿論私は力を貸そう。ただし、共同戦線における作戦は『慎重に』だ。大胆すぎる動きは相手に隙を与えることになる」

「――わかったよ、ルイス。恩に着る」

「少しは頭が冷えたかい?」

「ああ」

「本当に君は良い親友を持ったものだね~神に感謝して欲しいくらいだよ!」


彼の殺気立った気配が消えたのを確認していつもの調子に戻ると、大きなため息をつかれた。


「相変わらずだなお前は」

「まあね~で、どうせまだ何かあるんだろう?」

「は!?い、いや…こちらは私のごく個人的な問題で……」


虚を突かれて焦った様子の親友殿に、忍び笑いをしながら語り掛ける。


「どうせだから言っちゃいなよ~!我々は今共同戦線を張っているんだからさあ」

「うっ……笑うなよ?」

「保証は出来かねますね」

「ええい!この正直者め!!!ならば笑うが良いさ!そ、その――リディへのホワイトデーの贈り物の件なんだが」


うん。やっぱり『どうでもいい』相談事だった。


「…あのさあ、君ねえ。それ、独身彼女ナシの私に訊く話なの?笑えすらしないんだけど」

「……すまない。だが、相談相手がお前しか思いつかなかったんだ。お前ならば諜報活動で人の歓心を得るのに長けているだろうし」

「私の仕事に関する評価はありがたいけどねえ。ちなみに、今のところ贈り物の候補はあるのかい?」

「候補?」

「そうだよ、君の案を聞かせてくれよ」

「………ひゃ、100本の、薔薇とか」

「ぶはっ!!」


100本の、薔薇!!あのエドウィンが、100本の…薔薇!!!

こんなの吹き出さずにいられるだろうか?いや、無理だこれは不可抗力だ。

想像しなくても笑うしかないだろう。


「お前……やはり笑ったではないか…!」

「くっ……ま、まあロマンティックで良いんじゃない?ぶふっ……君ってロマンティックな男だったんだねえ!」

「うるさい黙れ!絶対に馬鹿にしているだろう!」

「そうだ!どうせなら108本にすれば?」

「108…?何か意味があるのか?」

「うーんとね。確か極東の国の話なんだけど、108は煩悩を表す数らしいよ」

「ぼ、煩悩…!?」

「そう!所説あるらしいけどね~そして年の瀬に鐘を108回ぶち鳴らすことによって煩悩を打ち払うらしいよ。どうせ君のことだから、彼女と碌に恋人らしいこともできていないんだろう。丁度いい機会だから彼女に煩悩をぶちまけてしまえばいいじゃないか!やれ!エド!今こそ君の煩悩をぶちまけろ!!」

「はあ!?そんなことできるか!!!やはりお前に相談すべきではなかった!!」

「ほんとだよ~勘弁してくれよ!そのくらい自分で考えなよ!……だって君が一番理解しているんだろう?」



――何をすれば、彼女が一番笑顔になるのかを、さ。



*  *  *


あのアドバイス?の後、『我が意を得たり』という顔をして親友殿は去っていったが――はてさて彼らはどうなったのだろうか?

うーん、何か仕込んでおくべきだったかな。まあいいか、彼らのことだ。きっとうまくいくさ!


――どうか二人とも、光の中で、幸せに生きておくれよ。

二人の為ならば、私はきっと協力を惜しまないだろう。そしてエドウィン――実は私が、次期大公の座を君に押し付けようと思っていると言ったら――君は、怒るかい?怒るんだろうなあ、きっと。この公国は、これから光の未来を歩むべきだ。公国を光へ導くには――私は少々手を汚しすぎた。


っていうか、私はもともとそういう器じゃないしね!これからの公国には、君のような指導者が必要なのさ。

さてと、今のうちに未来の指導者である君のご機嫌取りでもしておこうか!手始めに――人の恋路、もとい、公国の未来に害成す者を――潰していくとしようか。

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こちら、アイスベルグ公国鉄道警備隊!~彼と私の三日間~ 星月 香凜 @hoshikarin

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