年の瀬に、一人

モノ柿

独り言つ。

 私の乗る中央線の各駅停車の電車が自宅の最寄りの駅に滑り込んだ。

 新宿から数駅のベッドタウン。

 人の波に乗って電車を降りると、疲れのたまった足に苛立ちを感じながらホームを歩き、階段を下りる。低いヒールの履きつぶしたパンプスは、違和感なく私の足を包むのに、なぜか履き心地が悪い。

 改札を抜けて、帰ってきた自分の住む町になんの感慨も抱かない心にも、そろそろ慣れてきた。

 就職して二年目の冬。

 マフラーに顔をうずめながら体が寒さで震えるのを抑えると、夕飯は何にしようかと、冷蔵庫の中を思い出す。

 日ごろから料理をしない私の部屋の冷蔵庫には、食材はあっても調味料がなかった。

「はぁ……」

 ため息とも深呼吸ともとれる呼気が漏れ、白くなって空に消える。

 少し、視界が潤む。

 鞄を持つ手を強くし、そのままの足取りでスーパーへ向かった。


 買い物を終えるとアパートへと帰路につく。

 就職が決まると同時に借りた、家賃の安い女性専用のアパート。

 安全性も高く、大家さんも女性ということで即決したそのアパートは、今では寝てご飯を食べるためだけの場所で、家という感覚はない。

 実家のある地元の大学に進学し、実家から大学に通っていた私にとって、一人暮らしは未知の存在だった。一人で自由に暮らす生活にあこがれていた時期が、私にも確かにあったし、今でも、一人暮らしの楽さに甘えているところはある。

(好きな人との二人暮らしで、毎日お惣菜はさすがに無理だもんね……)

 袋に収められたパックの中身に思いを馳せ、少し落ち込む。

 自分の好きなものを好きな時に作って食べる。そんな理想の一人暮らしは、しかし現状かなっていなかった。

 十二月二十八日。

 今日で仕事納めだった。

 年末と年始の冬休み。上司には、「ゆっくり休んで来年に備えるように」なんて、ホワイト企業ばりばりなことを言われたが、私は仕事をしていたい。

 今の職場はとても良い。人間関係は良好で、上司も同僚もいい人たちだ。

 賃金も正当で、残業の時間は決まっているが、無理強いはないし、仕事量の調節がしっかりしているおかげで無理な労働もない。

 そう。私の働く会社はとてもいい。

 ダメなのは私だ。

 家に帰って、ご飯を食べているときに一人悲しくなる私が。

 寝る前に、布団を掻き抱いてさみしくなる私が。

 こうして歩いている最中に、こんなことを考えている私が。

 上京してすぐ、地元で付き合っていた彼氏にふられた。

 高校の同級生で、大学も同じだった男性だ。彼は地元の企業に就職した。東京の企業に就職する私を応援してくれていたのに、遠距離が確定すると別の女の子に乗り換えて、今は高校の時の同級生と結婚し子供が一人。

 はっきり言って、もうその子とは顔を合わせられない。

 恨んでいない。そういうわけではなくて、ただ、羨ましい。

 彼氏がいることがではなく、結婚がではなく、子供がいることがではなく、心を通わせる他人がいることが羨ましい。

 アパートに到着し、階段を上ってカギを開けると部屋に上がった。

 流れ作業。

 一年以上も同じことをしていれば、家に帰ってする行動に規則性が出る。

 考えることもなくコートをハンガーに掛け、スーツを脱ぐ。ワイシャツのボタンを上から二個はずし洗面所で手洗いうがいを済ませると、そのままメイクを落とす。

 水にぬれた、鏡に映った私の顔は上京前より少しやせた。

 顔を拭いて、部屋着に着替えると、買ってきた惣菜を机に並べる。テレビの電源をつけると、少し遅れてタレントの笑い声が耳に響いた。

 年末スペシャルと書かれたテロップに、仕事納めをしてきたばかりなのにも関わらず、年末であることを突然知らされたような感覚を覚えた。

「年末感ないんだよねぇ」

 すっかり慣れた独り言をこぼし、座布団に座り込むと割り箸を袋から取り出し、お惣菜のふたを開ける。

 サラダと小さめのお弁当は、買い慣れたもので構成された私の中ではある種のコンビみたいなものだ。

 手作りのご飯を食べたのは、いつが最後だったか。

 上京する前の母の料理が最後だっただろうか。

 テレビの中で輝く人たちを見て、眩しく思えてテレビを消した。

 

 食べ終えると、シャワーを浴びて、湯船につかる。一人、だらだらと。

 疲れを取るというよりは、のぼせるくらいまでお風呂に入って、考えたくないことを考えられないようにするという、何だろう、自傷行為に近い気がする。

 一人のむなしさを抱える東京都民がいったい何人いるだろう。

 どうせなら、そういう人たちで集まってシェアハウスでもすればいいんじゃないだろうか。

 考えて。

 それができたら苦労しないか。

 否定した。

 足を延ばして入れるほどの大きさではない湯船で、膝を抱えて丸くなる。

 一人でいることには慣れる。そう言われたことがあった。

 私には無理だった。

 実家に帰りたい。人と話がしたい。愛を囁かれたい。

 会社で以外会話をしていない。仕事関係なく人と接したい。やさしさに、触れたい。

 暴走していた思考が止まり、「眠い」そう思った。

 のぼせた頭をもたげて湯船を出た。

 火照った体に暖房の熱が当たって汗が出た。

 時計は十時過ぎを指している。

 今日はもう寝よう。寝衣を身にまとって、寝支度を整えると、布団にもぐりこんだ。体の熱がまだ止まず、頭はいまだにぼーっとしているけれど、起きたら少しはましな私がいるだろう。

 

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年の瀬に、一人 モノ柿 @0mono0kaki0

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