第8話

 見慣れた部屋は月明かりで周りがよく見える。横では泉が反対側の壁に向いて寝ている。今日は色々あったからかあまり寝付けない。朝から泉と出会い、そのまま実家に彼女として紹介、ばあちゃんらも来て・・・お祭りでは泉のヒールが壊れ、帰りには泉の過去の話。慌ただしい一日だった。もしかしたら今日ほど売り言葉に買い言葉をしたことはないんじゃないかってぐらい言い合ったし。


 泉の方をちらっと見て、寝るために泉とは反対の方を向いた。外からは今日もセミがミンミンと鳴いている。徐々にうとうとし始めたとき、誰かが布団に入って来た。振り返ろうとすると ダメと言われた。


「・・・泉」


「お願いこのままでいさせて」


 掠れるような泉の声を聞いて体を元に戻す。背中にはたしかに泉のいることがわかる。俺の背中に泉の小さい背中が当たっている。


「ゆうはさ、前一緒にいた子のこと好きだよね、だから私に飽きちゃった」


 泉は帰りに言っていたことをまた話出す。その話を終わらそうとすると泉はさらに言葉を続ける。


「でもね、やっぱり知って欲しい。私はまだあなたのことが・・・好き」


 俺は唖然とした。今日一日中口喧嘩ばかりしていた。俺は半ばもうよりは戻せないと覚悟していた。好きなのは俺だけで泉はもう違うんだって・・・。でもそれは俺の勘違いだった。泉は勇気を出して言ってくれた。なら俺も泉に伝えよう。俺が泉に伝えたいことを、全部・・・。俺は体を捻り泉を覆うように抱きしめた。体をビクっと動かしたが抵抗はしてこなかった。


「泉、お前は何を言っても聞いてくれないかもしれないけど、はっきりと言わないといけないことがある。俺は絶対に裏切らないし・・・お前が好きだ。この気持ちは今でも変わらない」


 言い終えると泉は首だけで後ろを向いた。顔は赤く目の周りも赤い。頻繁に大粒の涙も流している。体も少し震えているのがよくわかる。


「本当に・・・好き?」


「ああ、もちろん」


「・・・キス、して」


 要求通り俺は泉の唇に唇を重ねた。何週間ぶりのキスは柔らかく濃厚だった。唇を離そうとすると泉が体をねじって肩に手を回し、より強く押し付けてくる。泉は唇を外すとそのまま俺の胸に顔を埋めた。


「もう絶対に離れたくない、ずっと側にいさせて」


「ああ、もう離すものか」


 俺は心の底から答えた。もう離したくないのは俺も同じだった。ずっと側にいたい、そう強く思わせるような一日になった。




「ただいま〜」


 次の日、友達の家に泊まりに行っていたらしい妹が帰って来た。泉は目を丸くして妹の菜穂を見ていた。それもそうだろう、散々浮気相手だと思い込んでいた人が目の前にいるのだから。泉は戸惑っていたが帰りにはすっかり菜穂と仲良くなっていた。



「ねぇ、ゆう」


「どうした?」


 駅のホーム、帰りの新幹線に乗るため、俺たちは手を繋いで歩いていると少し前に出た泉が上目遣いで俺を見つめる。


「愛しています」


 泉の可愛いさについ照れてしまう。こんな場所なのにと思ったが満面の笑みを浮かべる泉にそんなことは言えなかった。少し照れくさいが俺も同じだ。でもそれを素直に言えなかった。


「俺も・・・」


「まもなく新幹線が到着します・・・」


 駅のアナウンスのあと新幹線がホームに滑り込んで来た。泉は手を離し新幹線のドアに駆け足で近づいた。そして左足を軸にターンした。


「帰ったらデートしようね?」


「どこ行きたい?」


「ゆうと一緒ならどこでも」


 失ったのはたったの二週間の時間だったけど、それ以上のなにかを手に入れることが出来たように思えた。これからもずっと側にいる泉を大切に、そして幸せにしよう、そう思いながら新幹線に乗り込んだ。

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