第3話 解放すべき理由

 店の裏口から外へ出た俺たちは裏の路地を進む。砦の通用門から外に出るように案内するのだが、ララ皇女は承諾してくれなかった。


「貴様はドールマスターであろう。鋼鉄人形は配備してあるな」

「はい」

「何日動ける」

「戦闘行動二週間分のチャージが完了しております」

「よし、人形を出せ」

「アレは非常に目立ちますがよろしいのですか」

「時間が惜しい。私達が乗ってきた車は先ほど故障してしまった。目的地まで徒歩なら一週間はかかる。鋼鉄人形なら一日かからない」

「私も随行しますか?」

「当たり前だ。私達に人形は動かせん。早くしろ」

「承知しました」


 俺は水と糧食を用意し格納庫へ向かう。先にお二人を操縦席に乗せ『夜間演習』という適当な理由で門を開けさせた。ゼクローザスの操縦席に座るのだが一人乗りの操縦席に3人乗っているのはかなり窮屈だ。


「構わん。このまま出せ! 進路は西だ!!」


 操縦席の扉を閉めると同時にモニターが点灯する。三面あるモニターに外の景色が映し出される。

 俺はララ皇女の命に従いゼクローザスを発進させた。

 もうすっかり暗くなり空には数多くの星が瞬いていた。暗闇の中、ゼクローザスをひたすら前進させる。この辺りは砂漠地帯であり、概ね平坦なので歩かせやすい。

 ララ皇女はシートの後ろの狭い空間に立ち俺の頭に抱きついて俺の毛並みを撫でまわしている。マユ皇女は俺の膝の上に座って前を向いているのだが、時折、ララ皇女に注意をしている。


「ララさん。少尉の気が散ります。撫で回すのはお止めなさい」

「姉さま。こんな極上のもふもふは帝国広しと言えども他にはありません」

「ララさん。我がままを言わないでください。少尉もお困りですよ」

「んんんん。じゃあ、あと五分だけ。お願いします。少尉殿♥チュッ♥」


 ララ皇女が突然俺の左頬にキスをしてきた。

 驚いた俺は砂に脚を取られ機体をぐらつかせてしまう。

 マユ皇女は悲鳴を上げ、俺にしがみついて来た。


「申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

「後ろ頭を打った。たんこぶができたかもしれん」

「大丈夫ですか?」

「ちと痛いが問題ない。ところでマユ姉さま。何時まで抱きついているつもりでしょうか」

「あらごめんなさい。少尉殿♥チュッ♥」


 今度は右頬にマユ皇女がキスをした。


「姉さまも大概にしてください。誘惑しているのですか」

「少し位いいじゃない。チュッ♥」


 今度は鼻先にキスされた。

 

「姉さま。それ以上は見逃せませんよ」

「ごめんなさいね。少尉殿」

「いえ。どうという事はありません」


 極めて平静を装って入るが、さすがに胸の鼓動は激しくなる。皇女様方のいたずらも困りものだ。

 マユ様は笑いながら前を向いてくれた。


 それから数時間歩いたところで、オアシスの町ルボラーナが見えてきた。


「今夜はどうされますか。そこのオアシスの町で休まれますか?」

「いや、時間がもったいない。このまま行ってくれ。貴様、へこたれても休むなよ」

「了解。ところで、行先はどちらでしょうか? それによって若干ペースを調整いたします。少しは休憩しないと皇女様方もお疲れではないでしょうか」


 鋼鉄人形は人型機動兵器である。歩行するたびに上下に揺らされるので素人では辛いはずだ。訓練した者でも丸一日歩行するのが限界だ。


「行先はオクスだ」


 オクス。

 砂漠地帯の西端にある険しい山岳地帯だが、立ち入り禁止区域の設定がある場所だ。


「本気で?」

「ああ本気だ」

「あの立ち入り禁止区域へ行くのでしょうか」

「そうだ」

「その立ち入り禁止区域に何があるのでしょうか」


 この質問にはマユ皇女が答えてくれた。

 

「あそこに500年間女神様が幽閉されているの。クレド様の件。あなたもご存知でしょう?」

「ええ。その話は聞いておりますが、それがオクスなのですか?」

「ええそうです」

「そこへ行って何をされるのですか」

「クレド様を解放します」

「許可は?」

「陛下の指示です」

「なるほど。しかし、議会の承認は得ていないと」

「ええそうです」

「星間連合に対する裏切り行為になりますね」

「そうです」

「それでもやるんですか?」

「もちろんです」

「どうして性急になさるのですか?」

「これは皇帝陛下のご決断なのです。幽閉されたクレド様の御心が闇に覆われつつあります。今解放して差し上げないとクレド様の御心は闇に閉ざされてしまいます」

「心が闇に閉ざされる……」

「一刻を争う事態です」


 マユ皇女の悲痛な声色が伝わってくる。


「私やララさんも尽力したのですが、解決方法はクレド様の解放しかないと判断いたしました。皇帝陛下は悔いておられます。星間連合の圧力に屈する形でクレド様を封印した事に対して罪悪感すらお持ちです。早く解放して差し上げろと、クレド様に対する償いはそれしかないと仰せです」


 クレド様の御心が闇に閉ざされる。

 それがどういう状況なのか、俺には判断できなかった。


 しかし、それが人であるならどうだろう。

 閉じ込めた者への怨嗟で発狂してもおかしくはない。

 

 帝国において信仰を集めている女神クレド。

 特に、獣人の国ラメルでの信仰は篤い。


「わかりました。私も全力でクレド様の解放に尽力します」

「ありがとう。少尉」


 マユ皇女の言葉が胸にしみる。

 そして心の中に熱い衝動が湧き上がってくるのを感じる。


 自分たちラメルの獣人にとって、クレド様の解放は悲願であったからだ。たとえ星間連合との戦争になったとしても、全ての国民は剣を持って立ち上がるだろう。


 皇帝陛下の勅命を受けてここにきているという皇女二名。俺は彼女たちと運命を共にすると心に誓った。

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