第1話 城塞都市ルベール

 俺の作った野菜の評判は良く、厨房では今日も歓迎された。

 この厨房は砦の兵士と役人のまかないを受け持つ。さらに宿泊施設の厨房も兼ねている。多くの従業員が働き活気がある場所だ。


「ハーちゃんいつもありがとうね。コレ食べて」

「ありがとう」


 厨房のスタッフであるリアにサンドイッチを貰った。彼女は何時も何か見繕い俺に振舞ってくれる気のいい女性だ。

 俺はそのサンドイッチをほおばりながら鋼鉄人形の格納庫へ向かった。格納庫と言ってもたいした設備はない。巨大なテントが張ってあるだけで、そのテントも強風や豪雨の時は畳んでしまう粗末な代物だ。

 このゼクローザスは全高約10メートルの鋼鉄人形。いわゆる人型機動ロボット兵器だ。鎧を着た古代の重装兵を思わせる風貌をしている。基本色は銀で黒と黄のラインマークが施してあるが、この黄色は隊長機の印だ。ここに常駐しているのはゼクローザス一機なのだが、これで機動兵器中隊なのだから笑わせてくれる。ちなみにフェオは一人で整備中隊だ。


 そこでは整備士のフェオが首を長くして待っていた。


「少尉殿。お願いします」

「分かった」


 俺とフェオはリフトに乗り、鋼鉄人形の胸部にある操縦席まで上がる。操縦席の扉はすでに開かれていた。俺は操縦席に飛び込んで座る。フェオはリフトに備え付けられているモニターを調整している。俺は操縦席の両脇にあるクリスタルに手を乗せた。このクリスタルを通じて鋼鉄人形に霊力を供給する。操縦もこのクリスタルを通じて行う。鋼鉄人形は霊力を動力源とし意志の力で操るのだ。


 鋼鉄人形は人の霊力で駆動する。それはつまり、人の生命力で動くという事だ。毎日少量の霊力を注ぎ込んで蓄積していき、それを戦闘時に消費する仕組みだ。昔はこの蓄積システムが無かった為、戦闘が長引くと操縦士が霊力を使い果たして死亡する例が多かったと聞く。強大な力を発揮する兵器であるが、操縦士ドールマスターを消耗品としていた為、世の人々から忌み嫌われていた。それを改良し蓄積型の反応炉を開発したのが俺の曾祖父だ。獣人による大きな功績として讃えられていて、帝都でもその偉業は表彰されている。


 鋼鉄人形に霊力をチャージする作業は疲労度が激しい。俺は魂が抜かれるような消耗感を味わう。


「少尉殿、あと5分です。もう少しです」

「ああ」


 めまいがしてかなり気怠くなるのだが仕方がない。自分にしか出来ない仕事だ。フェオはモニターを睨んでいる。


「少尉殿、終了です。お疲れさまでした」


 操縦席を出る際少しふらついてしまう。リフトの脇でフェオが支えてくれた。


「ありがとう」

「いえいえ。ところで少尉殿。これからどうされますか?」

「飯風呂寝るだ」

「じゃあお暇なんですよね。僕と一緒に食事行きませんか?」

「行くと言っても店は二つしかないだろう」

「良いじゃないですか。ね。少尉殿」


 整備士のフェオ上等兵は兎系の獣人だ。三毛猫の様な三色の毛並みはなかなか可愛いらしい。俺は狐系でキツネ色の毛並みをしている。獣人の国と言っても色々なタイプがありその姿は千差万別だ。何故か毛の無いもの、象のような大型やネズミのような小型の獣人はいない。身長や体形は大して人間と変わらず二足歩行している。もちろん、二足歩行しない動物もいるのだがそいつらには知性がなく獣人とは言わない。


 この砦で外食できる店は二つしかない。宿泊施設の一階にある大衆食堂と、いかがわしいダンスなどのショーをやる風紀の悪い店だ。フェオはその風紀の悪い店の方へ行く。俺はこの店の雰囲気が合わずあまり入ったことがない。

 薄暗い店内に入る。まだ時間が早いせいか人の出入りは無い。客は俺たちだけだった。ステージはあるのだが何もやっていない。エプロンドレス姿の白毛兎のウェイトレスに案内され席に着く。メニューを見ながらフェオが恥ずかしそうに笑う。


「あの娘、すごく綺麗でしょ。こんな僻地であんな美女に出会えるなんて奇跡ですよね。少尉殿」

「そうだな。そうかもな」


 フェオは女目当てだった。俺に自慢したいのか、それとも俺を使ってきっかけを作りたいのか。恐らく後者だろう。

 俺はこの砦で唯一のドールマスターなので名は知れているし、皆が一目置いている。フェオが女性に声をかけられないヘタレ男なのは分かっていた。


「ねえ少尉殿。僕、あの娘に惚れちゃったみたいなんですよ。どうしたらいいですかね」

「そんなことは自分で考えろ」

「店に通って顔と名前覚えてもらって、それから何かプレゼントして、告白するって感じかな」

「そうだな。悪くないと思うぞ」

「ですかね。えへへ」


 何を想像しているのだろうか。まさに恋する若者と言った体で上の空のフェオである。視線は宙を泳ぎ、焦点は合っていなかった。

 さっきのウェイトレスが注文を取りに来た。純白の毛並みが美しいスリム美人でフェオよりは年上のようだ。あの脚線美は賞賛していいだろう。

 フェオは途端に俯き恥ずかしそうにする。俺はエビピラフの大盛りとハイボール、フェオはメニューを睨みながらミックスフライとホットドッグを注文する。


「お嬢さん、ここじゃ見かけないね。どこから来たの?」


 ヘタレのフェオに代わりに質問してやる。


「隣町のルボラーナから来ました。今日で3日目です」

「そうなの。で、名前は何て言うの? 俺はドールマスターのハーゲン。こいつは専任整備士のフェオだ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします。私はフラウです。ハーゲン様のお名前は存じておりました。声をかけていただけるなんて光栄です。握手よろしいでしょうか」

「ああ」


 俺は右手を差し出し握手をする。フェオの方に左手を出し促すとフェオにも握手してくれた。


「ありがとうございます!」


 フラウは一礼して厨房へ向かい元気よくオーダーを通す。


「これでいいか」


 フェオは自分の右手の平を見つめながらもう手は洗わないとかブツブツ言っている。


「少尉殿ありがとうございました」

「後は自分で何とかしろ」

「了解であります」


 目を潤ませて敬礼する。

 結果はどうでも良い。恋焦がれて悶々とし、恋破れて涙する。そんな青春の一コマに立ち会っていると思うと、俺も胸が熱くなってきた。

 料理が運ばれてくる。味はまあまあなのだが価格が高めだ。整備士の給料でここに通うのは厳しかろうと思うのだが、フェオはやる気満々だった。

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