第2話 辺境の酒場にて

 フラウが料理を運んできた。フェオの目は彼女の細い足にくぎ付けになっている。

 フェオの好みが何となく想像できた。

 恐らく俺の好みとは真逆なのだろう。


 俺たちが食事を始めた頃、店の中へ二人の女性が入って来た。

 マントを羽織っていてフードを被っているのだが、二人共毛のない人間のようだ。一人は子供で背が低い。

 フラウが席へと案内する。毛のない人間が珍しいのだろうか、二人の様子を細かく観察しているようだった。

 続いて大柄な猿人が数人入ってきた。乱暴者として有名なサレストラ系の猿人だった。こいつらは毛の無い人間の女が大好きで、あちこちで暴行事件を起こしている鼻つまみ者だ。

 店内は騒然とし支配人らしき男が出てきて様子をうかがう。俺は飯を食いながらフラウを呼んだ。


「守備隊を呼べ。俺の名前を出せばすぐに駆けつけてくる。それから木刀かこん棒はないか、なければモップでいい。その辺に出しておいてくれ。騒ぎになったら俺が何とかする」


 フラウは頷き奥に入ってモップを2本持って帰って来た。それを隅に立てかけた。支配人らしき男に一声かけてまた裏へ行く。裏口から出て守備隊を呼びに行ったのだろう。

 猿人達はその女性二人を取り囲みマントを引きはがした。その二人の顔を見て俺は唖然とした。褐色の肌と黒い髪、金色の瞳の少女はアルマ帝国第二皇女のマユ様。もう一人第四皇女のララ様だった。ララ様は白い肌と青い瞳、金髪をツインテールにしている小柄な少女だ。二人とも目立たないよう粗末な旅用の服を着ているのだが、俺が間違えるはずがなかった。

 俺は先月、皇帝陛下の御前試合で、そこにいるララ皇女と対戦し完敗した。あのような幼い外見だが圧倒的な力の差があった。ララ皇女は、霊力を使って肉体を強化する格闘術が特に優れていた。俺は敗退したにもかかわらず敢闘賞なる賞を貰ったのだが、その贈呈者がマユ皇女だった。その時の鮮烈な記憶は今も脳裏に焼き付いている。


 猿人達はその美しい二人の少女に対し酌をしろだの夜伽よとぎをしろだの、極めて無礼な振る舞いをしている。その中の一人がマユ皇女に抱きついて頬ずりを始めたところで支配人が声をかけた。


「お客様。他のお客様のご迷惑となりますのでそのような行為はお控えください」

「うるせえ。黙ってろ!」


 猿人に殴られた支配人は吹き飛んだ。

 店のボディーガードらしい黒服の犬系獣人三人ほど出てくるが、力ではかなわず投げ飛ばされる。俺は料理を平らげハイボールを飲み干し一息つく。フェオはガタガタ震えてほとんど食べていない。


「フェオ。立てるか」

「はい」


 フェオは震えながら返事をする。


「今から言う事をよく聞け。お前は外に出て駆けつけてくる守備隊を店に入れるな。止めておけ」

「え? 何でですか?」

「俺が何とかする。理由は後で話す。いいな、絶対に店の中へ入れるなよ」

「了解しました」


 フェオの尻を叩き外へ出す。俺はモップを掴み猿人に向かう。


「おいサル助。そのお嬢さんに手を出すな!」


 最初の一突きで一人の喉を突く。そいつはくぐもった声でうめきながら倒れた。次の奴は脛を引っぱたく。脚を折られた猿人は床を転げまわる。


 奇襲が効いたのはここまでで、その後は3対1の攻防となった。一人脳天を打ち据えてやり気絶させてやったがモップは折れてしまった。素手では分が悪い。にらみ合いで膠着した状態になったところでララ皇女が気だるげにしゃべり始めた。


「お前たちは飯を食わせる気がないのか」

「とりあえず注文を取りに来ていただけませんか?」


 マユ皇女も続ける。大した度胸だ。


 二人して鷹揚なものだ。

 実際、ララ皇女の実力ならばこのサル助など問題ではなかろう。あの小柄な体で俺の数倍は強い。また、マユ皇女は上級の法術士だと聞いている。法術、すなわち霊力を力に変える術だ。マユ皇女が本気で法術を使えばこの店を丸ごと吹き飛ばすことができるだろう。しかし俺も軍人だ。意地でもこの高貴な女性の手を汚す訳にはいかない。

 俺はローキックで右側の猿人の脛を蹴り足を踏み替え左側の猿人にハイキックをお見舞いする。しかし、動きが読まれたのか足を掴まれてしまう。間髪入れず右足でそいつの鼻先を蹴り飛ばし宙返りして着地する。猿人二人はたいして堪えていないようでじりじりと俺に迫ってくる。先刻ゼクローザスに霊力をチャージしたお陰で力が出ない。これは予想外に苦戦しそうだ。奥の手を使うかどうするか少し悩んでしまったその時だった。


 しびれを切らしたのかララ皇女が背後から猿人の股間を蹴り飛ばした。掴みかかろうとするもう一人の猿人の股間を蹴り飛ばす。この二人は泡を吹きながら痙攣し動かなくなった。股間を狙ったのは体格の差があり過ぎて脚がそこにしか届かないからだろうが、同じ男としてアレだけは避けたいと心底願う。ララ皇女はフェオが手を付けていなかったホットドッグをつまむとパクリと口に入れ美味しそうに咀嚼し飲み込んだ。


「マユ姉様も食べますか?」

「じゃあいただこうかしら」


 マユ皇女も半分残ったホットドックを美味しそうに食べる。

 皇室の方がこんなものに手を出すのは信じられないのだが、俺は気になっていたことを小声で話す。


「ララ様とマユ様ですね。私は国境守備隊のハーゲン少尉です。このような場所にお供を連れずに来られたのは何か理由があっての事だと思います。もうすぐ守備隊が到着します。事が公になってもよろしければこのままここでお待ちください。もしお困りなら私がご案内いたします」

「おお、思い出した。貴様この前試合で対戦したな。このもふもふの狐顔は忘れられん」


 ララ皇女は俺の顔に思いっきり抱きつき頬ずりをする。そういえば試合後の懇親会でもあちこち撫でられっぱなしだった。


「ハーゲン少尉。公になるのは困ります。直ぐに砦を出たいのですが、ご協力いただけますか?」


 俺は素直に頷いた。

 マユ皇女は迷惑料だと言い、支配人に金貨三枚を手渡した。

 そのまま俺達は裏口から外へ出た。

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