もふもふと鋼鉄人形[改稿版二]

暗黒星雲

序 夢と現実

 俺は今、愛しい女性と抱き合っている。

 彼女の匂いを感じ、唇を重ねる。

 柔らかい肌を感じ、彼女の胸に顔を埋める。


 ああ、そうだった。この豊かな胸はネーゼだ。

 銀色の髪、銀色の目をしたネーゼ。


 俺は再び彼女と唇を合わせる。

 こんな幸福感を味わうのは何年ぶりだろうか。


 しかし、至福の時は長く続かない。

 ネーゼは俺の前から突然消えた。


 俺は暗闇に包まれた。

 

 誰かが話し合っている。


『あのような獣人との交際など認められませぬ』

『田舎の下級貴族などもっての外でございます』

『皇女殿下。貴方様は将来皇帝となるべきお方。交際相手は慎重にお選びください』

『家柄もですが、皇帝の婿がキツネ風情であるなど、諸外国への恥さらしでありますぞ』

『これは差別ではありませぬ。格式の問題であるのです』

『神は認めても人は認めぬ。そんな事があってはならないのです』


 繰り返し非難を受けるネーゼ。

 アルマ帝国の次期皇帝となる女性だ。


 非難されるべきは俺の方だろう。


 しかし、俺はその場にいなかった。

 もちろん、俺の身分でそんな場所に入れるわけがない。


 俺の脳裏でこのやり取りは何度も繰り返される。

 その度に俺の胸が痛む。


 俺が獣人である事。そして、俺の身分が彼女と釣り合わない事。それが彼女に苦痛を与えた。個人の恋心など大義の前では木の葉よりも軽いのだと思い知らされた。


 彼女は今どうしているのだろうか。


 今も俺の事を思っているのだろうか。

 それとも、誰か他の男と恋仲になっているのだろうか。


 分からない。


 別れてからもう5年になる。


 俺は辺境で暢気に暮らしている。

 忘れようとしても忘れられない彼女の事を想いながら……。




「少尉殿。少尉殿」


 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 夢だったのか。


 俺は眠っていたようだ。


「こんな場所で寝ちゃって。熱中症になっても知りませんよ。ハーゲン少尉」


 俺は目を開いた。

 目の前には整備士のフェオがいた。


「少尉殿。準備は済んでますよ。本日分のチャージをお願いします」

「済まない。迎えに来てくれたのか」

「ええ。そうしないと残業になっちゃいますからね」

「そうだな」

「じゃあトラックに乗ってください。野菜や果物はありますか?」

「ああ、そこのかごに入っている」

「荷台に積みますね」

「ありがとう」


 農作業の合間に寝入ってしまったようだ。

 木陰で昼寝ができるのはここが平和な証拠だろう。


 俺はトラックの助手席へ乗り込む。

 フェオは野菜の入ったかごを荷台に乗せ運転席へと座った。


「じゃあ砦に戻りますよ」

「ああ」


 フェオが運転するトラックは砦へと向かう。

 

 小規模な城塞都市ルベール。

 俺達はそこを砦と呼んでいる。

 

 駐屯している兵士を含めても2000人程度しか住んでいない小さな砦。

 ここは獣人の国であるラメル王国東の果て。アルマ帝国直轄領との境目になる。


 古来、この地は帝国とラメル王国を結ぶ陸路の要衝であった。しかし、現代においては飛行艇が普及している為、陸路で砂漠を越える酔狂な者は少数だ。帝国とラメルの関係は良好であり、国境地帯であっても紛争など起きたためしがない。ラメルは帝国の保護国となっており、帝国は寛容な政策を実施している。ラメル国民はこの関係に満足しており、帝国からの離反を唱える者はいない。


 この平和な国境地帯に何故か一機だけ決戦兵器が配備されている。それは鋼鉄人形ゼクローザスだ。俺はその鋼鉄人形の操縦士ドールマスターであり、フェオは専任の整備士なのだ。

 平和な国境地帯の守備隊に配備された過剰な戦力。

 過剰であるが故、出番は全くない。


 実際、何もすることがない日常だ。仕方がないので砦付近の荒れ地を耕し水をやり、野菜や果物を育てるのが俺の日課となっている。


 程なく砦に到着した。トラックは徐行し門をくぐる。

 トラックを降りた俺は野菜の入ったかごを持ち厨房へと向かう。

 今日採れた野菜を届ける為だ。

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