第6話


 俺たちはなんていうか、近所の知り合いやらそのまた知りやらが集まってバンドを始めたんだ。ミカンは俺の家の向かいに住んでいた。四つばかり年上だが、気持ちの上での上下関係は一切ないな。生まれたときから知っている。家族と言っても間違いはないだろうな。

 ミカンの器用さは周知の通りだ。俺たちの楽器は、例外なくミカンの手作りだ。まぁ、写真からのモノマネだけじゃなく音を聞いてからのモノマネもあるんだけどな。

 楽器に感動をした俺だけど、何故だろな。俺は歌うことに楽しみを覚えてしまった。声だって楽器になる。六弦を弾いていて感じたんだ。その音を口で奏でると、気持ちが弾む。そこに言葉を乗せると、心が跳ねたんだ。だから俺は、歌い手になったってわけだ。楽器も弾くけど、あいつらの奏でる楽器の上で自由に踊るのが俺は好きなんだよ。

 ミカンの知り合いとしてやってきた二人が、ジョニとアンティだ。ミカンの通っていた学校の先輩と後輩だよ。ミカンは結構なエリートでさ、家は金持ちだし、頭もいいし、おまけに色男ときた。正直俺は、ミカンには嫉妬しっ放しだ。ミカンはバンド一のモテ男だからな。

 今の世界では、子供は学校で教育を受けることになっている。俺の時代も同様だ。その学校で基本的なことを学ぶんだ。スティーブについての技術も学ぶ。この世界での文明につても学ぶし、数字や言葉、文字の勉強もする。歴史の勉強もするが、少しばかりの違和感を覚えるのはなぜだ? もちろん、光技術の勉強は欠かせない。この世界、光エネルギーがなければスティーブさえ動かないんだ。

 スニークを動かすにも光エネルギーは必要だ。機械的な動きを自動に変換するのが光エネルギーだよ。転送にも使うんだ。赤ん坊を生むにも、光エネルギーを使っている。

 ジョニとアンティは、六弦を演奏する。二人ともが同じ楽器を選んだとき、俺は正直イラッとした。どうして四弦を触ろうともしない? 二人はそのときは一台しかなかった六弦を奪い合うように何度も交代でその音を試していた。その様子を見て、俺は驚いたよ。同じ楽器なのに、二人はまるで別の音を出すんだ。なんていうかな? 弾き方が違うんだ。リズムの取り方が違う。俺はすぐに、二つの音が重なればと想像した。それって凄いんじゃないかってイメージが湧いたんだよ。

 ミカンはすぐにもう一台の作製を始めたよ。元々そのつもりで材料は揃えていたんだ。俺が見た本の中にも、同じバンド内で二人がそれぞれ別の六弦を演奏している姿が写っていたからな。

 ジョニはミカンの先輩だ。小学校が同じだったようだ。この国では学校が三段階に分かれている。小中大だよ。まぁ、常識だな。生まれてから十年間が小だ。そこから八年間が中で、残りの四年間が大だ。義務教育だから、誰でも平等に通わなければならない。しかし、飛び級制度のおかげで早く教育を終わらせることはできる。まぁ、逆はないんだよな。どんな馬鹿でも、年数をこなせば卒業できてしまう。といっても、そんな馬鹿が生まれないほどに厳しい教育をするんだけどな。俺は幸い、飛び級組だ。十六年で教育を終えたよ。ミカンは二十年かかっている。最後の年で俺と同級になっている。

 ジョニはもっと頭が悪い。二十二年間、フルに教育を受けている。ミカンとは一年間一緒に過ごしたそうだよ。

 アンティは真の天才だな。たった十年で卒業ってのは、ありえないんだよ。アンティの偉業は、世界に発信されてもいる。アンティは俺たちが有名になる前から、一人だけ有名だったんだ。ミカンの後輩ではあるが、ミカンもあっという間に追い抜かれているからな。

 そんなアンティが誘いをかけたのが、サミだ。サミとアンティは同い年だ。親戚だとか言っていたな。家は少し離れているが、スニークを使って三十分ってとこだ。サミは俺と同じで十六年間教育を受けた。まぁ、まともな方だな。普通に通えば、その程度なんだよ。ミカンは勉強好きでね、趣味が多くて時間が足りないって感じだった。頭は悪くはない。どちらかというといい方なんだよ。あいつの二十年間は、誰よりも濃密だったんじゃないかって思うよ。

 俺たちの世界の学校では、単純に勉強だけをする奴と、専門的な勉強を進んで選ぶ奴とがいる。俺は前者だが、ミカンは後者だ。言っておくが、ほとんどの奴が前者になる。専門的な勉強を選ぶのは、ごく一部だよ。まぁ、アンティもそうなんだけどな。あの二人は頭がいい。俺はあの二人のおかげでわがまま放題を許されているんだよ。

 サミは四弦を演奏する。サミは特別上手ってわけじゃない。だがな、あいつの音は最高なんだよ。柔らかいっていうか、胸に響くんだよな。そのフレーズも独特だ。誰もサミを真似できない。いまだにな。ノーウェアマンのそいつを真似する奴は多いよ。まぁ、そいつはサミと違って歌いながらベースを弾くんだけどな。今いるバンドのほとんどが、そいつのベースを真似している。リズムが身体に染み込むラインを弾くんだよ。

 俺たちライクアローリングストーンでは、アンティの六弦がその役割を担っている。もちろん、ミカンの打楽器もだ。その二人で俺たちの音楽を支えている。まぁ、二人ともときには自由にはしゃぎまくるんだけどな。俺たちは、全員が自由な音楽を楽しむんだ。

 ジョニの六弦は、サミとは違った色のフレーズを奏でる。しかも、これまた独創的だ。なんていうかな? 転がる石のように不特定なんだよ。俺はジョニの六弦を、トンボの散歩と呼んでいるよ。サミの四弦は女神の気紛れだな。

 俺の歌は、まぁ下手くそだよ。今となっては、俺のように歌う奴は一人もいない。というか、俺以外が俺のように歌えば、それは下手くその証拠になっている。正直言うけど、俺の歌がこんなにも受け入れられたのは、俺たちがただ単にオリジナルだったからに過ぎない。

 俺たちは、爺さんの地下室に集まっては試行錯誤の繰り返しだった。楽器の弾き方なんて誰も知らないしな。俺は形のある本を誰にも見せなかった。ミカンには絵を描いて伝えたんだ。その立ち位置や楽器の構えなんかは、俺は少しも指示を出さない。それぞれが思いのままに手に取った楽器で音を出していた。俺は当初、もう一本六弦を作ってもらい、それを弾きながら歌っていたんだ。まぁ、今でもたまに弾くんだけどな。家でこっそりとだよ。

 俺はミカンに、小さめのサイズにしてくれと注文をした。身体はまん丸で、首は細く、弦も細く、軽くて身体が宙に浮かぶような音を出したいと言ったんだ。そいつはまさに大正解だったな。ちっちゃな六弦のおかげで、俺たちは楽しい音を生み出せたんだ。

 しかしまぁ、結局はその楽器を表に出したことはない。理由はいくつかあるが、第一に、俺が演奏するのを拒否したからだ。あの楽器を手に持っていると、踊りが地味になっちまうんだよ。だから、音源を録るときはいいが、ライヴ向きじゃないんだよ。それからもう一つ、ジョニが奏でる音は、俺の六弦の雰囲気を完全にカバーするんだ。ジョニは凄いんだ。自分の音に俺の音を重ねてしまうんだからな。今はそれがジョニのスタイルにもなっている。

 俺たち五人は当初、地下室で個人的に音楽を楽しんでいただけだ。当時はそれで世界を変えようなんて考えは少しもなかった。っていうか、そんなんで世界が変わるっていう想像すらなかったんだよ。けど、あいつがこのままでいいのかって言い出したんだ。楽しい時間は世界と共有するべきだってね。

 あいつっていうのは、スティーブのことだ。スティーブには人格があるからな、ときには余計はちょっかいを出してくる。まぁ、スティーブのちょっかいがなければ俺たちは今でも爺さんの地下室で満足していたはずだ。

 スティーブは俺たち人間の思考の全てを把握している。だから厄介なんだよ。心で思っていることまで知られてしまうんだからな。スティーブに隠し事は難しい。色々と裏技があると言ってもな、特に思考の漏洩を抑えるには長い時間の訓練が必要なんだ。当時の俺たちはまだ、その思考がダダ漏れだったんだよ。俺だけじゃない。ライクアローリングストーンのメンバー全員の思考がスティーブには見えていたんだ。っていうか、本当のことを言って仕舞えば、世界中の思考が、なんだけどな。

 俺たちが理屈抜きに楽しんでいるのを、スティーブは気に入ったんだろうな。世界中のみんなが楽しくなれる。そんなことを言い出したよ。結果としては確かにそうなったんだけど、俺たちとしては馬鹿げた話にしか感じられなかった。音楽っていう概念がそもそもなかったんだ。楽しむのは、個人的な趣味でしかないと感じるのが当然だったんだよ。周りを楽しませるって発想は湧いてこなかったよ。

 今思えばだけど、俺たちはスティーブに利用されていたんだよ。前にも言ったろ? この世界はスティーブに支配されているかもってな。スティーブは、ノーウェアマンの動きも当然把握していたはずだからな。世界の果てと果てで動き出した新しい文化だ。世界を変えようとしていたスティーブにとっては、好都合だったんじゃないかな? なんて、俺の考えすぎだな。

 しかし、当時の世界が荒れ果てていたのは確かだ。長い歴史の中で、世界中が不満でいっぱいだった。特に争いはなく、表面上は平和だったよ。戦争なんて生誕以前の記憶だったしな。しかし、なにもかもがシステマチックだった。俺たちは、生まれたその瞬間から、ある程度の人生が決められてしまう。そして誰もが、平然とそれに従っていたんだ。しかしそれもまた、表面上はだよ。

 世界に闇があるってことは、不満があるってこととイコールなんだ。スティーブは、いくら制御をかけようとも、結局は全てを知っている。俺がこうして物語っていることも、今はまだ制御しているが、いずれは知られてしまうんだ。俺や世界中のみんなが隠れてしていた悪さも、スティーブは全て把握済みってことだ。

 当時の世界の荒れ具合は、今とはまるで違う。暗い世界で、万引きや引っ手繰り、強盗事件が横行していた。世界中で貧富の差が問題になるのはどんな時代でも当然のことだが、当時はそこに、なんの楽しみも逃げ道もなかったんだ。世界ができてからの約二千年間、俺たち人間は、ただ生きるためだけに生きてきた。それが悪いことだなんて思わない。っていうか、それが自然だって、俺は今でも考えている。

 そんな世界が荒れ果てたのは、俺が生まれる百年ほど前からだな。歴史で勉強しただろ? 生まれたときから人生が決まっているってことは、どこの家族に生まれるかが問題ってことだ。まぁ、大抵はそんなことに不満なんて抱かないんだ。親が百姓なら百姓になるのは当然だ。親が王様なら将来は王様だ。それが当たり前だと育っていくものなんだよ。それが崩れたのは、権力者の馬鹿どもが調子に乗ったことと、金はあるが権力のない家に生まれた奴らが反旗を翻したからだ。と言っても、戦争にはならなかった。小さな抵抗の積み重ねで、闇が広がり、治安が悪化した程度だよ。まぁ、当時はとにかく暗い世界だったんだ。俺が若いときが、一番酷かったよ。俺はまぁ、そこそこの生まれだから問題はなかったけれどな。俺の親は先生だったんだ。俺も先生になるはずだったんだよ。信じられないだろ? 実際に数ヶ月は先生として教壇に立ったんだからな。

 俺たちの世界ではさ、二十五までは基本仕事はしないんだ。まぁ、家が農家だったりすれば、子供のときから手伝いをするから、いつから就職なんて決まりはないし、実際に若くから働き始めるもんなんだよ。就職活動が始まるのが、二十五からってことなんだ。学校を卒業してからは、二十五まではやりたいことを自由にやれる時間ってわけだな。さらに勉強する奴もいる。自分で会社を作る奴もいる。ただ遊ぶだけの奴もいるな。卒業してからのその期間は、国から少しばかりの援助がもらえるからな。まぁ、小遣い程度だけど、ありがたいものだよ。確か今は、廃止になったんだっけ?

 その中でも一番多いのは、結婚をして子供を育てることだな。まぁ、俺たちは特別だったから、誰一人としてその時代に結婚はしなかったけれどな。俺の兄貴は、学校を卒業すると同時に結婚してたよ。祝い金みたいなのが貰えるんだったよな。羨ましいことだよ。今ではそんな制度も廃止だけどな。

 この世界では、まぁ基本的にはどの国でも同じ法律だよ。今はまぁ、少しばかり具合が違うんだけどな。それはみんなもご承知だよな。世界は今、変化の最中だからな。こんな時代を生きていることに、少しの誇りを感じている。俺が作り出した音楽は、そのきっかけでもあるんだから尚更だよな。

 スティーブに唆されずとも、俺たちはきっと、音源を発表しようと考えたはずだよ。みんなで楽しむって発想は、ごく自然なんだよな。五人で楽しんでいただけだったけれど、誰からともなく友達を誘ったりして、気がついたときには地下室は満杯になっていたよ。こんなに楽しいんだから、他のみんなにも聞かせようって話はすぐに生まれたよ。そのアイディアは、スティーブが先だけど、俺たちを決意させたのは、観客の力だよ。いつの間にか全く知らない客が混じっていたんだからな。

 それから俺は、スティーブを使っての録音を開始した。スティーブは本当に便利だよ。生の録音には最適だし、編集にも苦労をしない。しかし、スティーブだけだと、音源を配るのが難しかった。転送すればいいんだが、特定多数に対しては難しいんだよ。不特定多数なら簡単なんだけどな。だから俺は、ミカンと一緒に考えたんだ。個別に音源を渡すにはどうすればいいかってね。

 その結果が今のタブレットだよ。これはまさに革命的な発明だな。こいつのおかげで、世界は変わったんだ。それは音楽が与えた影響よりも、ずっと濃いものだった。

 俺とミカンは、ただ単純に音楽のことだけを考えていた。こんな結果になるとは思わなかったよ。まぁ、半分はいいことだ。

 タブレットの作成には、あいつが役だったんだ。ピートのことはみんなも知っているだろ? そりゃそうだよな。ライクアローリングストーンのサポートメンバーでもあるし、タブレット開発の中心はピートだからな。世界中のタブレットは、ピートの会社

で販売しているんだ。

 ピートは音楽を、食べてみようと言い出したんだ。馬鹿げた発想だが、面白いよな。飯は食ったら腹の中だ。音楽だって、腹で鳴るんだよ。腹の底にしまい込まれた感情を爆発させるのが音楽だ。なんてピートは言っていたよ。腹に納めるってのは無理があるが、食べるって発想は最高に的を得ていると思ったんだ。俺たちの頭にはスティーブがいる。そこへ音源を記憶させればいいんだ。身体に影響がないタブレットに音源そのものだけを埋め込めれば、そしてその音源だけをスティーブに送り込めればそれで解決だ。まぁ、口で言うほど簡単じゃなかったけれどな。

 ピートはそっちの専門だった。家は食事屋だし、学校ではスティーブについての研究をしていた。俺より年上だけど、最後の年の同級生だ。俺も少しばかり、スティーブの勉強をしたんだよ。

 ピートはバカじゃない。自らの意思で学校に残り、研究を続けていたんだ。俺が卒業してからも、数年間通っていたな。二十二年間丸々、受けられる教育をフルに活用したってわけだ。俺の知る限り、そんな奴は他にはいないよ。

 タブレットは、情報を光の粒に変換したものをラムネ菓子の中に入れ、固めたもののことだ。それを食べると、ラムネは栄養になり、光の粒だけがスティーブに届く。それを情報として、スティーブが読み込むってわけだ。よく考えたもんだよ。スティーブの通信媒体は光だからな。まぁ、それを粒にするってのは大変な作業だったよ。俺も手伝ったんだが、光ってのは四方八方に飛び跳ねるからな。まずは制御して、それから固めるんだ。光ってのは、言うことを聞かない赤ん坊のようなもんだよ。コツさえつかめば、後は愛情次第だな。

 結局のところ、光を制御する方法は、ピートしか知らないんだ。俺もミカンも頑張ったが、無理なもんは無理だった。ピートはその方法を言葉では教えてくれるが、真似をしても上手くいかない。なんて言うか、あいつの指捌きが大事ってことだよ。いまだに後継ぎがいないと、嘆いている。まぁ、あいつはその方法を機械化することに成功しているから、今更あの指捌きは必要じゃないんだけどな。機械には任せられない特別な仕事も存在するようで、やっぱり全てを機械任せにはできないとかも言っていたな。俺は一度後継ぎに立候補したんだが、断られたよ。その理由が不味かったんだな。音楽をやめてもいいとまで言ったんだが、まぁ、俺がピートの立場なら受け入れらるはずもない。俺ならその場でぶん殴ったはずだ。実際にそうしたことも一度はあるしな。だがピートはそうはしなかった。勘弁してくれよなと、俺の両肩を掴み、項垂れて泣き出したんだ。俺はピートを抱き締め、すまなかったと、謝った。

 俺がなにをしたかは知っているだろ? そこそこなニュースになったからな。まぁ、結果としてはピートの望み通りになっちまった。そのことについては、俺は今でも、少しの後悔をしているんだ。

 俺はピートの娘に恋をしたんだ。年齢が離れていようが、自分の娘と同い年だろうが、そんなことはどうでもよかった。本当に愛していると、感じたんだから仕方がない。当時はまだ三番目の妻とも別れてはいなかったが、誰かを愛するのに未婚とか既婚とか、世間体なんてどうでもいいんだよ。気持ちがそっちに向かえば、それに従うしかないってことだ。まぁしかし、俺は振られたんだ。確かにそこには愛があったはずだが、まぁ仕方がなかったんだ。俺と父親のどっちを選ぶかで悩み、最終的には父親を選んだってわけだ。俺は彼女が苦しまなくてもいいようにと、覚悟を決めていた。音楽を捨て、ピートの後継ぎとして、彼女と一緒に生きていこうと考えたんだよ。

 俺は本気だった。彼女もまた本気でいたはずだ。ああいった形で死んでしまったことは、とても辛いよ。ピートと俺は親子にさえならなかったが、家族であることに疑いはない。彼女の死は、世間が思っているのとは大きく違っている。彼女は自殺未遂なんてしていないし、薬の過剰投与で死んだってのも嘘だ。俺との破局が、死へと繋がったってのは、全くのデタラメなんだよ。

 ピートがいくら項垂れたからといっても、悪かったなの言葉は出ても、それで彼女との関係が終わるわけではないんだよ。まぁ、彼女はその日、結婚は諦めようと言ったんだけどな。実はその言葉には、別の意味が隠されていたんだ。俺はなにも聞いていなかった。親であるピートでさえ知らなかったらしい。

 彼女は身体に爆弾を抱えていたんだ。血液が脳の近くで固まり、いつ爆発するかわからない状態だったらしい。定期的に病院で、その塊から血液を抜いていたようだが、それが結構な身体への負担だったんだな。外から刺して血を抜くわけにはいかない。そんな方法もあるにはあるが、彼女は週に一度は抜かなくては死んでしまう。身体が耐えられるはずもないんだ。内側から血を抜くために、ちょっとした薬を飲んでいたんだが、その薬の副作用がまた、強いんだ。その薬を作ったのが誰だがは知らないが、薬を入れるタブレットを開発したのはピートだ。ピートは悔やんでいたよ。自分が直接開発に関わっていたなら、副作用を抑制できるタブレットを開発したはずだとな。娘がその薬を服用していることさえ知らなかったんだ。無理な話だよな。しかしピートは凄いよ。その後ちゃんと、副作用抑制のタブレットを開発したんだからな。

 別れようと言われたとき、当然俺は断った。彼女は結局、死ぬまで事情を話さなかった。俺にも、ピートにも。

 彼女が死んでから、俺は一時的にだけど、音楽を辞めた。それはみんなも知っているだろ? 哀しみは、人生を狂わせる。しかし、友情は、人生を建て直すんだ。

 彼女の死で、俺は生きる意味を失った。だってそうだ。本気で心の底から無条件に愛したのは彼女だけだ。俺はどうすればいのかわからなくなっていた。死を選ぶ余裕すらなかった。

 ピートは本当に偉いよな。自分のことをさておいて、俺の心配をしてくれるんだ。娘が亡くなったショックを隠し、俺の哀しみを癒してくれた。ピートは俺のために、曲を書いてくれた。それはまさに、俺の感情そのものだったんだ。それの意味はわかるよな? ピートも俺と同じ哀しみを抱いていたってことだ。なんて言うと、大袈裟だよな。いくら俺が哀しんでも、ピートの哀しみには到底及ばない。しかし、ピートが俺の感情を認めてくれたことが嬉しかったんだ。

 俺は、ピートの曲に言葉を乗せた。嬉しいんだか恥ずかしいんだかわからないが、世界中で受け入れられている。

 ピートは最初、ただの友達だった。曲を配信するための協力者に過ぎなかった。しかし、ノーウェアマンとの出会いで、状況が変わった。そいつが色々教えてくれたからな。俺はもろに影響を受けた。まぁ、自分たちのスタイルを崩すつもりはなかったけれどな。実際、崩れてはいないだろ?

 ピートはライクアローリングストーンの六人目のメンバーだ。担当は鍵盤だ。ピートの鍵盤は、激しくも繊細で、俺たちの音楽を暖かく包み込むんだ。今でもピートは、俺たちをサポートしてくれている。鍵盤っていうのは、そいつが言うところのピアノと同じだよ。まぁ、この楽器もミカンが作成したオリジナルで、本来のピアノとは構造が違っているんだけどな。奏でる音も当然違う。オルガンって楽器があるだろ? その二つを掛け合わせたような音色って言えばいいのか? まぁ、俺はピートが奏でる鍵盤が大好きなんだよ。

 ピートを正式メンバーにしようって話は幾度もあったよ。それでもならなかったのは、会社の方針だな。なんていうか、ピートは顔が俺たちにはまらなかったんだ。一度一緒に写真を撮ったんだけど、ピートだけが、借りてきた猫のようだったんだよ。

 まぁ、気持ち的には正式メンバーなんだし、金銭で揉めたこともないから、これでいいってことだな。

 なんだか話が行ったり来たりで分かり辛いか? まぁ勘弁してくれ。俺たちの曲もそうだが、これが俺のカラーなんだよ。今更変えるのは無理ってもんだ。

 そいつは恵まれていたんだよ。俺たちとはまるで違うアプローチで音楽を世界に送り出した。まぁ、そいつらの国は特別なんだ。音楽の文化を受け入れる体制が整っていたからな。あの国は本当に不思議なんだ。この世界の伝説は、全てがあの国からだって噂もあるくらいだ。魅力的だが、俺はああいう形で世に出るのは好きじゃない。自分たちじゃなくてよかったと思っているよ。

 そいつからの連絡があったときはまだ、お互いにデビューしたてで、それほどの注目は浴びていなかった。しかし、翌月には、ノーウェアマンは世界中の人気者になっていたよ。まぁ、そいつらがああしてくれたおかげで、俺たちも有名になり、世界が少し、楽しくなったんだけどな。

 ノーウェアマンは、俺たちとはまるで違う方法で音源を発表した。と言ってもまぁ、手段が違うってだけで、結局はスティーブで聞くことになるんだけどな。

 奴らは路上で行ったライヴを録音し、その映像を街中にバラまいたんだ。スティーブってのは、頭の中は勿論だが、世界中の至る所に埋め込まれている。

 しかしまぁ、その程度の発想は俺にだってあったよ。そいつが凄いのは、そのやり方だな。悪く言えば商売人だ。楽曲を売るっていう点では俺たちと同じだが、俺たちはタブレットだ。それを欲しいと思う奴が、個人で買うだけ。しかしあいつらは、映像を企業に売ったんだ。スティーブを通して街中に流す際、企業の宣伝を同時に流す。その分のお金を企業からもらうんだ。スティーブは、建物の壁や道路からも、空からも映像を流す。ノーウェアマンの映像には、企業広告とロゴが映し出される。何秒でいくらとか、そんな取り決めをしたそうだ。

 まぁ、言うのは簡単だけど、現実はそんな簡単なもんじゃないよな。ノーウェアマンは、自分たちを広告塔として売り出したんだよ。けれど、それはその利用価値があってこそだ。そいつは、ライヴ活動を頻繁に行い、その評判を高めていった。あの国じゃ、そういう場所がいっぱい用意されていたからな。闇にある酒を飲む場所では、ノーウェアマン以前に音楽を奏でる奴らはいなかったが、なんだかよくわからないショウをする奴は大勢いた。そいつはそこでのショウをするために、楽器を集め、仲間を集めた。

 そいつの名前は、ショウだ。だからショウが好きなんだな。ノーウェアマンは、俺たちとは違う形のライヴをする。当時からな。まぁ、あっという間に人気者になったよ。俺も何度かショウに呼ばれているが、俺たちには真似ができない。なんていうか、祭りのようなんだよな。たった三人だけなのに、その音もまた分厚くてな、使う楽器の数は俺たちの倍はある。全てを三人だけで鳴らすんだ。それなのに、音に違和感がない。どう頑張っても、俺たちにはあんなショウはできないよ。

 ショウは闇で様々な楽器を手に入れていった。手当たり次第っていうのか? 全ての金を注ぎ込んだそうだ。ショウは、初めて手にした楽器の鳴らした音が忘れられず、何度もその店に来てはこっそり弾いていた。店の人間も、最初こそ迷惑がっていたが、次第にショウの音を楽しむようになっていった。ショウはベース弾きだ。あいつのベースは凄すぎるよ。なんていうか、身体が弾むんだよな。まぁ、当然心も弾むがな。それにピアノも最高だ。なんだかよくわからない弦楽器も得意のようだな。ショウはまさに、音楽家って感じだ。俺とは違うんだよ。俺はまぁ、よく言えば芸術家だが、ただの自由人だ。わがまま放題好き勝手に生きているだけだからな。こうして世界中から名を知られているのは、運が良かったに過ぎないんだよ。

 ノーウェアマンの他のメンバーは、ギターのジョージとドラムのチャコだ。といってもそいつらはみんな、様々な楽器を弾くからな。全てをここにあげるのは面倒だ。文明以前の楽器をスティーブで検索すればいい。そのほとんどの楽器をノーウェアマンは持っているはずだからな。

 そいつらは三人とも、同じ年に、同じ病院で生まれたそうだ。日にちは一日ずつずれているとか言っていたな。まぁ、どうでもいい情報だよ。つまりはあの三人は生まれる前から出会っていたってことなんだよ。三人の母親は、病院で何度も顔を合わせていたようだからな。

 ショウは迷いもせず、二人を誘った。一番近い存在があの二人だったってだけのことだが、あの二人がいるからこそのノーウェアマンなんだよな。それはそいつもご承知だったはずだ。

 そいつとの出会いから、俺の音楽は少し変化した。文明以前の本物の楽器の音を聞かされたんだ。世界観が変わるのは当然だよな。ピアノを真似した鍵盤を取り入れたのは、ノーウェアマンの影響だしな。

 俺たちがいまだにオリジナルでいられるわけの一つは、そういうことだ。ミカンの作る楽器は販売していない。真似をして作るって奴は、今のところ一人もいないな。俺たちの楽器は特殊だからな。作りも弾き方も、真似をするのが難しい。

 チャップマンスティックって知ってるか? ノーウェアマンのジョージがたまに弾いているやつだ。ベースとギターがくっついたような個性的な楽器なんだよ。弾き方も個性的だしな。弾くっていうより、叩くって感じだな。ノーウェアマンが使う楽器にしては珍しく、ジョージじゃなくちゃ弾きこなせない楽器だよ。まるでジョージのために作った楽器なんだよ。俺は初め、オリジナルの楽器だと思っていた。まさかあれも文明以前の楽器だったとは驚きだよ。まぁ、他にも個性的な楽器はいっぱいなんだけどな。

 文明以前の世界でもきっと、俺たちのように新しい楽器をいくつも生み出していたんだと思うよ。あの楽器を見ると、そう感じるんだ。人間ってやつは、いつの時代でも似たようなことを考える奴がいる。

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