第8話


 アメリカは、武器による支配を強めようとしている。今でもそうだ。それに対抗するように、武器を捨てたんだが、その始まりは、中東と呼ばれる地域の小さな国が始めた動きがきっかけだったんだ。その国ではクリスト系の宗教が崇拝されていたんだが、それがまた、さらなる問題の要因になってしまった。クリスト教には、一つの元になる別の宗教が存在していた。ヨーダ教と呼ばれているはずだ。聖話には二種類ないし三種類あるんだ。その最も古い聖話だけを信じているのがヨーダ教だ。二番目も含めて信じているのがクリスト教で、三番目の聖話と古い聖話の二つだけを信じているのが、その中東と呼ばれる地域で信じられているイズラム教だよ。イズラム教では、古くから武器を嫌っている。暴力も基本的には禁止されている。平和主義の筆頭が、あの地域なんだよ。

 中東の小国が始めた武器を捨てる動きは、スティーブを通してあっという間に世界に広まった。この国も同調をし、日本でさえ同調をしたんだ。日本は確か、最後に同調をした国だったよ。あの国はアメリカと一番の仲良しだからな。

 今の世界が戦争を始めたきっかけは、イズラム系の国に、アメリカが国民を使ってけしかけた事件が始まりだった。アメリカっていうのは大きな国だから、世界中の国民が集まって暮らしている。イズラムの人間は、住んでいる国とは別に己の宗教を大事にする。危険なアメリカで暮らしていても、そこを大事にするんだ。当然、武器を捨てたのだが、それゆえ過激な連中の標的にされ、見せしめとして多くのイズラムが殺されたんだ。そこからだよ。黙っているだけでは意味がないと、人々が気づいたんだ。暴力は最低だが、世界を変えるためには、行動をする必要がある。無抵抗の抵抗なんて言葉もあるが、それでは世界は変わらないんだ。以前にもアメリカに不満を持った国の一人が、そんな抵抗をしたが、そのときは確かに効力があったが、彼が死んだらそれでお終いだった。結局は権力や暴力には勝てないのが現実なんだ。だからこそ、行動する勇気が必要なんだよ。暴力は、使いようによっては役に立つ。勘違いはして欲しくない。暴力には色んな種類と使い道があって、間違いを犯さなければ役に立つってことだ。言わば諸刃の剣なんだよ。

 アメリカに暮らすイズラムの人間が、殺された。しかも、一方的に、教会を燃やし、物理的な武器を打ち込んだ。数百人が死んでいるはずだ。それをきっかけに、アメリカ国内外で、暴動が起きたんだ。勘違いするなよ。暴動を起こしたのは、アメリカ人だ。イズラムの人間は、暴力を嫌う。戦いを避けたりはしないが、冷静に立場を重んじるんだ。無闇に復讐するようなバカじゃないんだ。バカはアメリカ人だ。復讐怖さに暴れ出し、やられる前にやってしまえと叫んだんだ。

 アメリカの暴動に、世界が怒りを示した。たった一つの国を除いてな。流石にやり過ぎだ。国民は国の意思だといい、国は国民が勝手にしたことだという。どっちが嘘かは明らかだ。戦争はこうして始まった。アメリカを非難する国へは、無条件で攻撃が行われる。もちろん、予告なんてしない。戦争に興味のない一般市民にも牙は向ける。当然だよな。それが戦争ってもんだと、俺は思っていた。まぁ、誇れるものじゃないが、それが戦争だろ? 戦争ってのは、どんなに綺麗事を並べても、人の命を奪っている以上、醜い争いなんだよ。俺たちは戦争を知らずに生きてきた。ずっとそうだと思っていたよ。戦争がいいとは嘘でも言えないが、これからの俺たちは、戦争の上に生きていくんだ。戦争の時代が始まってまだ三十年だが、世界は確実に動いている。それがいいのか悪いのかの判断は個人ですればいい。平和には遠いかもしれない。だが確実に、自由には近づいている気がしてならない。戦争の被害で死んだ連中は多い。志願した兵士ならまだしも、巻き込まれた人には失礼な言動になるんだろうが、世界の表情は確実に明るくなっている。家族を戦争で無くした奴は大勢知っている。哀しみは背負っていても、みんな以前より確実に活き活きと生きているように思えるんだ。俺だって、戦争によって甥っ子を二人と孫を一人亡くしている。哀しいことだが、受け入れて生きているんだ。

 アメリカを支持している国は、日本だ。俺はあの国が大好きだが、あの国の政治家たちは好きになれない。不思議な国でな、国民と政府が全く相入れていない国なんだ。あれでよく暴動が起きないもんだと思うよ。まぁ、あの国の連中は、色々と忙しいんだろうな。俺にはわからないだけで、政治家たちにも裏があるのかも知れない。とにかくまぁ、なにを考えているのか不思議な国なんだよ。国全体で文明以前の文化を守っているのは確かだしな。

 この戦争は、わかりやすく言えばアメリカとそれ以外の戦いだな。押しつけられていた自由からの脱却をしているってわけだ。アメリカ人は世界中にいるからな、あちこちで戦いが止まないんだ。今ではだいぶ減ったが、世界中の国に少なくとも一つはアメリカの自治体が存在していたんだ。日本じゃ確か、全ての街にあったって聞いたことがあるよ。この国じゃ、主要な都市だけだったがな。スコットランドには今、一つも存在していないよ。カッコつけで言うんじゃないが、俺が潰したようなもんだ。事実は受け入れた俺だが、報復は忘れなかった。俺個人にはなんの力もないが、俺には音楽があるんだ。俺はアメリカのやり方に感じている疑問を吐き出した。世界中を回って、俺と同じ考えの同士を生んだんだ。もちろん、アメリカでも同じことをしたよ。勘違いするなよ。俺はなにも演説して回ったわけじゃない。いつものように、歌っただけだ。それだけで十分だったんだよ。言葉は力だ。音楽だって力だ。音楽に乗せた言葉は、それは物凄い力になるんだよ。俺は思うね。音楽があれば、心の壁だけじゃなく、実際の壁だっていつかは破壊できるってね。実際に今、そうなろうとしている。アメリカが作った壁が、崩壊しそうなんだよ。戦争が表面化するとすぐ、自分の国を壁で囲んだ。それは、自治体の土地についても同じだった。普通の壁じゃないのはわかるだろ? 高さは四メートルもある。スティーブによる監視だけじゃなく、物理的な武器を持った兵士も一定間隔に配置していたな。まぁ、今じゃ兵士の数はどこも減っている。だがしかし、あの壁だけは壊せないんだよな。スコットランドにもまだ壁だけが残されている。中は広場だけどな。

 俺の言葉によって、スコットランドは立ち上がったんだ。その他の国でも、本気でアメリカを追い出そうとの動きが活発化した。まぁ、今の所はまだ、それに成功したのはこの国だけだがな。と言っても、アメリカ人が一人もいないってわけじゃない。なんて言うかな、この国が一番、自由に近づいたってことだ。この国のアメリカ人は、俺たちと同じでバカじゃない。自分たちが一番だなんておごりもなく、アメリカ人であることをある意味恥じている。まぁ、嫌な奴じゃないアメリカ人も実は多いんだよ。だからこそだな。あの国だけが、他国との戦争以外に、内戦が止まないんだ。

 アメリカの悪口が増えたように感じるかも知れないが、それは違うんだ。俺はこれでも、案外影響を受けている。まぁ、今の音楽は、アメリカのものはつまらな過ぎる。文明以前がどうとかっていう問題は抜きにしてだ。しかし、映画についてはちょっと話が変わるんだ。まぁ、これもまた文明以前の話に逆戻りしたりはするんだがな。俺は映画に関する形のある本をあの国で手に入れたんだ。あの国にだって当然闇はある。しかも、相当深いんだ。俺はその深部で、それを手に入れた。

表には大きくMovieの文字が書かれていたが、中身は文字よりも写真が多かった。俺はそれをノーウェアマンのショウに見せたんだ。あいつにしては珍しく、こんな写真は見たことがないと言ったよ。その文字も読めないと言ったんだ。

 俺がその形のある本を手に入れたのは、あの事件の直後のことだった。アメリカのなんて街だったかは覚えていないが、陽気な街だったのは覚えている。そこの闇は、見つけるのが異常に難しかった。にも関わらず、俺はなにかに導かれるようにいとも容易くそこへと辿り着いたんだ。まぁ、当時の俺には難しいなんて感覚はなかったけれどな。後日もう一度訪ねたときが大変だったんだ。ショウを連れて行ったんだが、俺一人じゃ辿り着かなかったはずだよ。

 あの日の俺は、事件のショックがまだ心の奥には届いていない状態だった。興奮状態とも違う、なんていうか、浮遊状態だったのかも知れないな。頭が空っぽで、無意識に足の動くままに街を徘徊していたんだ。そして一つの店に出会った。

 そこはあの国じゃ珍しいスコッチの飲めるバーだったんだ。俺はやっぱり、酒はスコッチと決めている。まぁ、日本のも美味しかったりはするんだけどな。当然、アイルランドも美味しいしな。カナダだってなかなかだ。残念なことにアメリカ産も美味いんだよな。最近じゃフランスもオーストラリアもスウェーデンもインドだって負けてはいないよ。ドイツ産ってのもあったな。とにかく、ウィスキーは美味いってことだ。

 俺は宣伝なんて一切ない地下への階段を降り、ごく普通のドアを開けると、そこにはスコットランドにあるようなバーが存在していたんだ。俺は嬉しくって、インチガワーをストレートで注文した。俺はやっぱり、モルトが好きなんだよ。まぁ、スコッチってのは世界中で愛されているからな。あの国でも愛されているんだよ。と言ってもさ、あの国にはあの国のウィスキーが存在している。バーボンって名前だ。俺は案外バーボンも好きだよ。けれどまぁ、俺にとってのウィスキーは、モルトのスコッチなんだよな。もちろん、ブレンドだって最高に美味いんだがな。

 ウィスキーってのは、いつの時代に作られたのか、謎なんだよ。文明以前にもあったて噂もあるが、定かではない。しかしまぁ、世界にある全ての工場は、とても古い建物で、古い製法を守っている。文明以前からって噂も納得できる話ではあるな。俺はそんな工場を見て回るのが趣味でね、昔はよくツアーの合間に立ち寄ったもんだよ。樽から直の原種は、そりゃあ素晴らしよ。俺だけのボトルも、何本か頂いているんだ。

 さっきもちょこっと話したが、基本的にウィスキーってのは五つの国で作られているんだ。それぞれの作り方にはちょっとした違いがあるんだが、まぁそれは飲んで確かめることが一番のお勧めだ。スコットランド、アメリカ、アイルランドにカナダ、それから日本だ。俺はいずれウィスキー工場を作るのが夢なんだ。しかしまぁ、その製法が現代的じゃなくてな、秘密主義ってこともあり、誰に相談をしても難しいと言われている。工場を買い取ろうかとも思ったが、金で掴んだ夢は案外脆いものだよ。そんなウィスキー工場をいくつか知っているが、どれもが味を落とし、結局は潰れている。

 俺はまた、一冊の形のある本を手に入れている。それはまぁ、今話そうとしているのとは別物なんだが、少し関係もあるな。ウィスキーについての形のある本だと思うんだが、まぁ定かではない。写真は表紙だけで、文字は全く読めないんだからな。表紙の写真が、ウィスキーの蒸留場のように見えるんだよな。グラスに注がれた液体も、琥珀色のいかにもって感じがする。まぁ、もしもそうだとするなら、ウィスキー文化は文明以前から続いているってことになるな。ともすれば、酒全体がそうなのかも知れない。これは物凄い発見になるんだ。俺たちは、文明以前からの味を楽しんでいるってことだからな。それだけじゃない。歴史が変わるほどの大発見でもある。もしかしたら、俺たちのこの世界は、文明以前と繋がっているのかも知れないってことなんだよ。

 不思議だが、誰もこんなにも魅力的な謎を解こうとしていない。俺は知りたいって思うよ。過去との繋がりは、きっとあるんだ。その証拠を掴みたい。まぁ、後何百年か後には、俺たちがそんな繋がりを作ったとか言われているのかも知れないがな。

 俺は思うんだ。誰も謎を解こうとしないんじゃない。解こうとすれば、なにかしらの圧力がかかり、最終的には消されてしまうんだよ。まぁ、そんな噂があるのは事実だ。俺もこれからは命を狙われるのかも知れないな。こんな文章を発表しているんだから。なんて、今は少し時代が変わっている。文明以前の世界をもっと本気で知るべきだとの声は高まっているんだ。俺の話を元に、歴史がまた動けばとは考えているよ。

 俺はスコッチの飲めるバーで、映画についての形のある本を手に入れた。ウィスキーについての形のある本は、残念なことに別の場所なんだ。まぁそっちの話はまた今度だな。ウィスキー話は、もっと色気のある物語に相応しいんだよ。

 俺は二杯目にグレンアラヒーを注文した。そして、バーテンに声をかけたんだ。ここは面白い店だな。ってな。そしたらそのバーテン、もっと面白いのがありますよなんて言いやがるんだ。この国でさえ珍しいウィスキーを出す店だ。俺は大いに興味を注がされたよ。見てみたいなって言うと、そのバーテンは、それではこちらに、なんてかしこまった声で言うんだよ。俺の期待は膨らんだよ。相当珍しいウィスキーが眠っているんだと思ったよ。ポートエレンか軽井沢なんかを想像したな。どっちも閉鎖されちまった蒸留場のウィスキーだよ。俺がウィスキーを飲むようになった頃にはもう、幻と言われる酒だった。いつか飲みたいと思っていて、ついに飲めるのかなんて期待をしたんだ。まぁしかし、期待ってのはある意味ではいつだって裏切りが常套だからな。少しはショックだったが、それ以上に興奮が優ったよ。裏切りってのは、案外嬉しかったりするもんだ。このときはまさにそんな感じだったよ。

 俺はカウンターの奥にある部屋に連れていかれたんだ。小さな部屋だったな。倉庫でもなく、雑務をこなす部屋のように感じられた。机と椅子以外にはなにもないが、スティーブを使い、机に画面を投影して売上計算とかをしているんだろうと想像したよ。俺はドアに背をもたれていた。そうする以外に立っていられるスペースがなかったからだ。そのバーテンは、壁際の机の下から椅子を引き出し、腰をかけた。そして机の引き出しを開け、中から一冊の実体のある本を取り出したんだ。

 Movieの文字は読めなくても、その表紙は魅力的だったよ。いくつもの小さな写真が縦横斜めに張り巡らされていた。写真の上下には黒と透明の小さな四角が交互に並んでいる。一つ一つの写真が、俺にはなんだか物語のように見えたんだ。どれもが違う物語を写していて、俺はそれを眺めるだけで楽しい気分になったよ。

 貸してくれないか? 俺がそう言うと、そのバーテンは笑顔でその形のある本を俺に差し出した。なんて言うかな、形のある本を目にしたことがある奴ならわかると思うんだが、その緊張感とたるや尋常じゃないんだよ。俺はそのバーテンが取り出したその形のある本を、少し距離を置いて眺めていただけだった。貸してくれって言うのは、その場で触らしてくれって言う意味だったんだ。しかしそのバーテンは、その形のある本を俺に譲ると言い出したんだ。これはきっと、貴方のような方に読まれるべき本なんですよ。ぜひとも大事に扱って下さい。そんなことを言いやがった。俺は一瞬戸惑ったが、手を伸ばし、その形のある本を受け取った。有り難く頂くよ。そう言って部屋を後にし、カウンター席に指紋を一つ置いていった。スティーブでの支払いにはいくつかの方法があり、一番簡単なのが指紋認証だ。決められた場所に指紋をつければいいだけだ。他の方法も便利ではあるが、一番楽でいいのが指紋だな。指一本で事足りる。おでこをくっつけたり、息を吹きかけたり、網膜をスキャンしたり、オナラを吹きかけるって方法もあるんだが、指紋はどの指でもいいし、掌でもいいんだ。なんなら足でもいい。便利なもんだよ。

 俺はその形のある本を、家に戻るまで開かなかった。当時はまだ今のようにどこででも転送はできなかったから、俺は装置のある場所まで形のある本を懐に隠して歩いていった。ちょっとした恐怖だったな。俺のスティーブにはバレなくても、街中のスティーブにバレたらお終いだからな。特別に形のある本を所持することが禁止されているわけではないが、あの国では手にしているだけで犯罪者扱いだったんだ。表沙汰にはならないが、形のある本を所持していた人間が殺されたって噂はよく聞くよ。後から知ったんだが、あのバーには更に地下への階段があり、そこには転送装置が据えつけてあったんだ。俺が姿を消したことに、そのバーテンは驚きに顔を蒼くさせたって言うよ。後日ショウを連れて行ったときに聞いた話だけどな。

 俺はショウに、実際に会って形のある本を見せたんだ。もちろん、俺が熟読した後にだ。ショウにしては珍しく、こんなものは見たことがないと興奮していた。写真は、白黒とカラーとが混じっていた。魅力を感じないものは一つもなかったよ。俺は今でも、その全ての写真が脳裏に焼きついているからな。

 ショウは、Movieの文字すら見たことがないと言ったよ。まぁ、似たような文字列には心当たりがあるが意味まではわからないとも言っていたがな。

 俺はそのバーへの道なんて記憶してはいなかった。転送装置の記録とスティーブの記憶を元に大体の場所は見当がついたが、その後が大変だったよ。俺はライヴ後に直接会場の裏口からふらふらと歩いて行ったんだが、途中でトヨタにでも乗ったのかもっていうほどに離れた場所にその店はあったんだよ。その店から転送装置のある場所も、それなりに離れていたしな、その日の俺がどんな状態だったのか、正直知るのが恐ろしいと感じたよ。

 俺が曖昧な記憶を頼りに歩いていると、ショウは的確に俺の言葉を読み取り、時折スティーブで調べごとをしながら、その店を見つけ出したんだ。散々歩き回って苦労はしたが、見つけてしまえばなんてことはなかったよ。看板もなにもないが、その辺りで地下へと通じる階段はそこにしかなかったんだ。まぁ、その入り口が分かりにくくはあるが、それはそこにあることを知らないからであって、知ってしまえば簡単に見つけることができるんだ。地下への階段が、あまりにも地上に溶け込んでいたと言えば分かるか? たまにあるだろ? ずっと近所にあったお地蔵さんに気づかないでいたとかさ。目の前を毎日通っているのにも関わらずにだ。

 お地蔵さんってのは知っているか? こいつは俺の故郷だけに伝わる信仰でな。マルコメ頭の五歳児くらいの石像のことだよ。赤い前掛けをしているのが特徴だな。オデコにはちょっと大きめのイボみたいなのがついている。いつの時代から作られているのかは知らないが、街のあらゆる場所に置いてあるんだ。小屋の中に丁寧に置かれているものもあれば、木陰に置かれていたり、建物と建物の間にはまっていたり、なにもない野原にポツンんと置かれているものまで様々だ。雨曝しになったお地蔵さんに、傘をさしてあげている女性を見たことがあるよ。俺はそんな優しさに恋をした。つまりはまぁ、初恋の相手だってことだ。

 そんなお地蔵さんが、日本にもいるって噂を聞いたときは驚いたよ。まぁ、それもまたごく狭い地域での話ではあったが、俺の故郷とは違い、いくつかの町に点在しているそうだよ。俺も実際に、何体かを確認している。区別がつかないほど良く似ていたよ。だがしかし、俺の故郷と同じで、その発祥理由がわからないんだ。文明以前からって噂もあるが、確かめる術は今の所一つもない。まぁ、人間が考えることなんて似たようなもんだからさ、本当の偶然かも知れないしな。

 そんな町に溶け込んだお地蔵さんのように、地下への階段もまた、その場所に溶け込んでいたんだ。俺とショウは、何度もその前を通り過ぎていた。まぁ結局、最後に発見したのはショウだったんだけどな。俺はショウに言われるまで、言われてからもしばらくはそこにある階段に気づかなかったよ。

 階段に一歩を踏み出した瞬間に、あの日の光景が蘇ったよ。ここで間違いはない。後の案内は俺がしたんだ。

 中に入ると、バーテンに声をかけられた。心配してたんですよと、弾んだ涙声がそう言った。

 形のある本のことを知りたいんだと切り出したのは俺じゃない。ショウは、俺の家から勝手に持ち出していた形のある本を懐から取り出したんだ。丁寧にも布で包んでいたよ。まぁそれは、形のある本を守るっていうよりも、スティーブから身を隠すための布だったんだけどな。ちょいとばかり特殊な布だ。中に包めばスティーブには感知されないんだよ。まぁ、俺は普段着にもそんな布を仕込んでいるんだけどな。だからこそ、懐にしまっただけでも問題なく帰り着いたってわけだよ。

 これは一体なんなんだ? ショウはとても興奮していたよ。ただの写真集には感じられなかったからな。まるで統一性がなかったんだ。けれど、不思議と違和感は覚えなかった。よく分からないというそのバーテンの言葉に、ショウはしつこく問いただしていた。なんでもいいから教えて欲しい。これはなんなんだ? こんなにも魅力的な写真は初めて見たとまで言っていたよ。

 だったら先先代に会ってみますか? そのバーテンはそう言ったよ。ショウは驚きに目を丸くしていたな。どういうことだ? っていう言葉が表には出て来ず、頭の天辺に浮かんでいたよ。俺が代わりに尋ねた。あんたはなにも知らないってことか? なにも知らずにこの形のある本を俺に渡したのか? 当然の疑問だよな。

 それについての説明は、俺だからってことで片付けられたよ。俺になら手渡してもいいと思ったそうだ。その形のある本は、そのバーに代々受け継がれていたらしい。一言の条件と共にな。それは、その形のある本に見合う誰かを探せってだけだ。つまりは、その形のある本が俺を求めていたってことだな。

 俺とショウは、更なる地下へと降り、転送装置で先先代に会いに行った。ちなみに先代はバーの片隅でいつもウィスキーを楽しんでいたな。俺はずっと常連だと思っていたから、死んだときにその事実を知らされて驚いたよ。何度か言葉を交わし、お勧めをいただいたりもしていたんだ。アメリカ人で唯一の、モルト好き仲間だったんだよ。まぁ当然、美味いバーボンも紹介されたけれどな。

 先先代の家は、荒野のど真ん中にあった。牛を放し飼いにしている牧場の牧場主をしていたんだよ。まぁ、と言っても家族が経営していたってだけで、先先代はなにもしていない。親から受け継いだ財産でバーを作り、弟に牧場を任していたんだとよ。優雅な人生だよな。幼い頃から金には困ったことがなく、その家にも地下があり、転送装置が据え付けてあったくらいだからな。

 興味はあっても知識が足りない。わしはもう歳だ。あんたが本気なら、少しは教えてもいいが、それには条件がある。会ってすぐに、挨拶も交わさずにそう言われたよ。背の高い白髪混じりの痩せた爺さんだった。俺のイメージとは違っていたな。牧場主で酒好き、禿げ上がった小太り爺さんを想像していたからな。

 こいつはな、エイガの本だよ。エイガってわかるか? 写真ならわかるよな? 写真でさえも、正確には今のものとは大きく違うんだけどな。この本からだけじゃそこまでは分からないだろ? そんな先先代の言葉こそがまるで分からなかった。当時の俺たちの世界での写真っていうのは、スティーブが記録した映像の切り取りに過ぎなかったからな。形のある本の中の写真も、そんな感覚で眺めていたんだ。まぁ、それは正解でもあり、間違いでもあった。だからなんだろうな。あの写真の不思議な魅力の正体はそこにあったんだよ。

 エイガの言葉に、ショウが反応を示した。そんな言葉は聞いたことがない。どういう意味なんだ?

 先先代は笑ったよ。それはわしにも分からないと言いながらな。その言葉は、昔からその形のある本と共に伝わっている言葉だそうだ。意味はわからないが、映画がどんなものなのかの説明はしてくれたよ。そしてその条件もな。

 エイガっていうのは、写真の連続だっていう。まぁつまりは映像のことだよ。スティーブが映し出す現実世界のようなものってことだ。だがしかし、それを物語として編集してあるのが映画なんだ。つまりは偽物の映像ってことだ。写真についても同じだな。あれは全て、偽物なんだ。その瞬間を、主観的に、ときには客観的に切り取っているだけに過ぎない。まぁ、だからこその魅力に溢れているんだけどな。

 先先代は、そんなエイガを俺に作れと言い出したんだ。再現はできなくとも、想像すればいいんだなんて言うんだ。あんたは音楽を想像しただろ? なんて言われて引っ込むほど俺は真面目じゃなかった。やってやろうじゃないかと思ったよ。まぁ、先先代がなにも言わなくても、俺は興味津々で、きっとなにかのきっかけで映画作りにはまっていたはずだよ。

 映画作りには特殊な機械が必要だと言われたよ。スティーブでなんて撮ってはダメだと言うんだ。そしてちょっと待ってろと言い、別の部屋に消えていき、大きな箱を二つ抱えて戻ってきたよ。中には映像を撮るための機械と、撮った映像を映し出す機械が入っていたんだ。と言っても、動かすことはできず、どうやって使用するのかもわからなかった。ついでに先先代は、首から写真を撮るための機械も首にぶら下げていたよ。当然、使用はできなかったけれどな。

 先先代の説明は、さっぱり意味が分からなかった。実際に手に取っても、使い方も構造も、俺には意味不明だった。しかしショウは、少しは理解していたようで、先先代にちょこちょこと質問をしていたよ。そして突然、オォ! なんて声を出し、興奮のあまりその場で踊り出した。

 どうしたんだ? って視線を俺と先先代から浴びたショウは、これってもしかして、活動写真のことなのか? なんて小声で言ったが、俺も先先代も、ただきょとんとするばかりだった。

 ショウは俺だけじゃなく、先先代さえ知らない情報を知っていた。俺は噂でしか聞いていないが、きっとそれがエイガのことだと思うな。なんて話を始めた。写真の連続なんだろ? 一秒間に三十コマくらいの写真を連続して流すんだよな? スティーブだって似たようなもんだよ。映像を分析すると、結局は写真の連続になっている。スティーブでは、一秒間に二百五十コマだったはずだよ。

 ショウはその後も活動写真の説明を続けていたよ。けれど俺には、疑問が一つ残っていた。この機械を使って、どうやって映像を保存するんだ? 先先代が持ってきたのは、ただの機械で、箱だけだった。撮った映像を保存するなにかが足りないと感じたんだ。すると先先代が、その本にヒントがあるだろ? と言ったんだ。今度はショウだけがきょとんとした。俺はハッとして、そうか! と納得をしたよ。

 形のある本の中には、先先代が持ってきた機械にそっくりな物が写っていたんだ。それを使って映像を投影しているような写真の中に、連続した写真が並んだ細長い紙のようなものが、先先代が持ってきた機械に設置されている様子が写っていたんだ。そういうことかって思ったよ。そして、すぐに考えたんだ。ミカンに相談をしようってな。

 俺は先先代に約束をした。絶対にエイガを作るってな。だからこいつを譲ってくれと言ったんだ。先先代は、そのつもりだと笑ったよ。俺とショウは、二つの箱を持って、地下の転送装置で家に帰った。俺はすぐにミカンに連絡をした。ショウはその頃住んでいた家に帰っていった。機械が動いたら連絡してくれと言い残してな。

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